69.英雄と、人々がそう呼んだだけ
その子は、普通の人間ではなかった。
数多の種族がいる中で、唯一の長命種──エルフだった。
しかしながら、家族はその子を『普通の人間』として育てた。何故ならその子には、エルフ特有の尖った耳がなかったからだ。それにエルフという種族は、見目麗しいが故に、恨まれる事も、誘拐される事もままあった。
そんな理由からその子は、人の里で、人と同じように暮らしていた。
裕福ではないが、貧しくもない、それでいて幸せな暮らし。
それが一変したのは、里の長がヴェルノアールを唆し、富を得ようという計画を立てた事だった。
一部の強欲な人間が、欲を出してしまったのだ。
──その結果、その里はヴェルノアールの力で氷の街とされてしまった。
が、しかし。実は唯一の生き残りが、今もこの世に存在している。
それが──勇者ユグナだった。
たまたまその日、母の手伝いで少し遠くの街に買い物に行っていた。故に、ヴェルノアールの被害に巻き込まれなかったのだ。
彼は、氷漬けになった街の前で。花開くような氷の彫刻の前で。
静かに、それでも確かに、こう誓った。
『必ず皆を、助け出して見せる──』と。
それからユグナは各地を巡り、ヴェルノアールが使用した魔法についての情報を集めた。願うなら、解除の方法を求めて。
……しかし、そんなユグナの願いも虚しく、何年経っても一欠片も知ることは出来なかった。
唯一分かったこととすれば、あれは正規の魔法の発動ではなく、暴走によって発動されたものだという事。古来より、魔力暴走を引き起こしやすい竜だと知っていたとはいえ、実際に見たのと本で知るのとは全く違う。
──あれは厄災だ。
そうしてまた数年。ある日ユグナは、街の露店で不思議な石の台座に刺さった剣を見つけた。行商人に聞いたところ、この剣は『聖剣エルノヴァ』。またの名を──ドラゴンスレイヤー。そう言った。
とは言っても、選ばれたものにしか抜けないのだと、行商人が豪快に笑った、その瞬間──ユグナはその剣を抜いていた。
それもそのはず、その剣が抜ける条件は、いずれかの竜に対して大きな憎悪を抱いている者が対象だったからだ。
「……抜けない、か。……っふふ、抜けてしまったな」
ユグナは笑った。乾いた笑みを溢した。そう、ユグナはもう既に、壊れていた。
剣を抜いた瞬間、気付いてしまったのだ。
魔法が解除出来ないなら、使用者を倒してしまえば良い、と。
それが意味するのはつまり、ヴェルノアールを───
♦︎♦︎♦︎
ユグナは、あっという間に勇者だと持て囃された。
聖剣を所持する者は、世界の平和を保つのだと、人々は勝手に期待した。
大きすぎるほどの期待を、ユグナに着せた。
人々の期待に、一つづつ応えていったユグナは笑った。取り繕ってでも笑った。
それがあの日、自分の理由で抜いてしまった剣への罪滅ぼしだと思って。
それでも、そう──
───心の中は、真っ黒に染まっていた。
「……何故私は、斬ることを選んでしまったのだろうな」
勇者は、その英雄は。
一人孤独に、そう呟いたのだった。




