6.とある竜の御伽話
それは今より遥か昔の話。あるところに強大な力を持った竜が誕生しました。
今まででは類を見ないほどのその大きな力に他の仲間は恐れ、彼を除け者にしました。
彼を除け者にした理由は力だけではありません。
その姿も、他の竜と比べたら異質だったのです。
大抵は水色や黄緑色など、淡い色をした体色で生まれてきます。そして頭に生える角は二本が普通。
それなのにその竜の体色は黒色で、角は一本。
明らかにおかしいその竜を、仲間たちは幼い頃こそ一応育てててはいましたが、一人前になったと判断した途端、里から追い出してしまったのです。
追い出されてしまった竜は当てもなくその世界を旅していました。
時には自分の噂をどこからか聞きつけた種族が、その力を利用しようと近づいてきたり、あるいは仲間だったものたちと同じく恐れて排除しようとしたり、力を取り合って争いが起きたり。
その度にその竜は適当にやり過ごしてはきましたが、度重なるそう言った出来事にだんだん疲れてきてしまったのです。
いえ、疲れたのではありません。
そのようなことを引き起こしてしまう自分自身が嫌になってしまったのです。
竜は考えました。
自分自身の存在をこの世界から消すにはどうしたら良いのか、と。
きっと自分という存在がなければ争いもなく平和になると、そう信じて。
ですがこの一帯は自分の噂は知れ渡っています。そう簡単な方法で無くすことはできないでしょう。
そこで竜はある方法を思いついてしまったのです。
自分を知るものを全て、滅ぼしてしまえば良いと。
そんなに力が欲しいならその欲しがっていた力で滅ぼしてやる、と。
「───本当に、馬鹿だな」
それは自分の真下で氷漬けになった街を見てだったのか、それともその選択しかできなかった自分自身に向けた言葉だったのか。
その真実を知る人は、きっとこの世界にはいないのでしょう。
そうしてある世界の一角を氷漬けにしてしまったこの出来事はのちにこう呼ばれました。
───『氷結を残す竜の怒り』と。
また、世界の一角を氷漬けにしたという前代未聞のその行いから、その竜の預かり知らぬうちに人々はその竜の事を世界最強であると言い伝えていきました。と同時に絶対に手を出してはならない事も。
今も竜は氷漬けになってしまったその一角の何処かにいると言われています。
自分の力を自分で封印するために。
あの出来事を自分が、二度と起こさないために。
♢♢♢
「だから、ヴェルが森から出たがらないのはそのせい」
俺は森の端、唯一存在する峠でその下を見下ろす。
辺り一面、氷だけの世界。
いっそ洗練されているぐらい美しいその氷たちは確かにヴェルの魔力からできていた。
「……俺が気づかないと思ったのかなぁ」
それに気づかないほど俺は子供じゃない、と言いたいところなのだけれど、多分一生ヴェルの子供扱いは治らない。
さっきの、御伽話は。
俺がもう少し小さかった頃、ヴェルが一回だけ話してくれた。
その時、ヴェルがどんな顔で話してたかなんて覚えていない。
けれどとても、苦しそうだったのは覚えている。
そんなふうに話すぐらいなら話さなきゃ良いのに、と思った。思ったけれど、同時に誰かに知って欲しかったのかも、とも思った。
誰だって苦しみを抱えたいわけじゃないのだから。
「あ、ブドウがなってる。
……持って帰って良いよね?ここヴェルの森だし」
ぷちぷちと両手に抱えられるだけのブドウを収穫する。
俺を拾って、ここまで育ててくれたのは紛れもなくヴェルで。
だからもっと笑ってほしい。幸せになってほしい。
俺もヴェルに親孝行?ってやつをしてあげたい。
「さて、帰ろっと」
俺だって、ヴェルにずっと氷の記憶に囚われていて欲しいわけじゃない。
そのためには俺が楽しい思い出で上書きしてあげないと。
これはとある、竜に育てられた子供の記憶。