66.奪還の日・中
「くそ、聞いてないぞ!こんな奴が加勢に入るなんて!」
「そうか、じゃあサプライズというわけだ。嬉しいじゃないか」
「嫌味だろそれは!」
素早くルクリーヴァと位置を入れ替えて、俺は男の魔剣士を、ルクリーヴァは魔導士の方を相手取る。適材適所というやつだ。
ちなみにグリュンには後方支援を任せている。動きにくい服装というのもあるが、体の全身が痛いと言っていたのに動かすほど、俺は非情じゃない。
「っ『停──」
「『解除』。……停止か、良い選択だな」
「一体…何なんだお前は!?解除の魔法を発動出来る奴なんて、人間には…!」
まぁ人間じゃないしな、とは言えない。ので、ただ曖昧に笑って受け流した。
そして、俺は相手をゆっくりと追い詰めていく。逃げ道を一つ一つ潰して、降参を促すように。
剣の一手先を読んで弾いては、唱えようとした魔法を封じる。この上ない悪夢のようだが──まぁ、憐れむ理由もない。
しかし、しばらくしてその考えが甘かったことに気がつく。
こいつは降参なんてしない。しようともしていない。ここで倒れるなら良いと思う、自己犠牲の精神がある。
なら、俺が止める。抵抗出来ないように、そして自ら死なないように。
「……っ!何を──」
「──『冥縛』」
相手の足元に咲き誇る、淡紫の花々。それは自らの闇を引き出し飲み込む、一種の精神魔法でもあった。
みるみるうちに顔色が悪くなる。手の震えのせいで、剣が音を立てて床に落ちた。その花に、何を見ているのかは俺も知らない。だが、朝の門番とは違って、見せているのは悪夢だということは断言できる。何故ならそういう魔法だからだ。
「ルクリーヴァ!そっちはどうだ?」
「急かさないで頂戴。それに、思ったよりも手練ね。面倒だわ」
「……手伝おうか?」
「いいえ、結構。それよりもグリュンを」
何かに引っ掛かったものの、一旦考えずに俺はグリュンの方へと近付いた。美しく光るそのオッドアイの竜の瞳孔は、あの日から変わっていなくて。
安堵と、心配。他にも様々な感情が混ざって、言いたいことはたくさんある。
だが、まずは──
「おかえり、グリュン」
「……っただいま、ヴェル!」
変わらない言葉を、グリュンに贈る。
♢♢♢
「それで、何でこんな事を仕出かしたのか、聞かせて貰おうかしら」
「…………全部、ユーフェリアが悪いんだ」
「それはさっき聞いたな。別のことを話せ」
俺とルクリーヴァに凄まれているのは、縄で縛られた男二人組。二人ともグリュンと比べると、若干赤色が濃い茶色の髪をしていた。
「……この国は、昔から王となるものは竜化を克服した者だけだった。だからもし、王家から竜化を受け継ぐ者がいなければ、貴族の中から選ばれる」
「──つまり。ユーフェリアさえ帰って来なければ、貴方達の二人のうち、どちらかだった……なのに、後一歩のところで帰って来てしまった。故に始末しようとした。そういう事?」
「そうだ。俺たち二人は炎の元素竜『イグヴァルド』様と適応した。資格はあったんだ」
懐かしい名前に思わず反応する。脳裏に豪快な赤髪が蘇る。元気にしているだろうか。裏表のない性格だったから、俺が気兼ねなく話せる数少ない相手だったのを覚えている。
少しだけ思い出に浸っていると、突然二人が騒ぎ始めた。
「……っそうだよ!まだユーフェリアは竜化を克服していない!まだ条件は満たしていないはずだ!」
「しかも世界最強の闇の元素竜ときた!そもそも無理に決まっている!」
「………あら。じゃあ私は誰か分かるかしら?」
「は…?光の元素竜『ルクリーヴァ』様です」
「じゃあこっちは?」
ルクリーヴァの指先が示したのは俺。それと同時に、二人の視線も突き刺さった。
そして、困惑の色が二人の瞳に映る。まぁ、それはそうだよな。専ら隠居生活だったし、俺自身が世界に出てたのって、もう数千年前だし。
「……ただの強い奴では」
「ふふ、違うわ。じゃあユーフェリア、この人の名前、教えて下さいな」
「……ヴェル。ヴェルノアール、だよ」
「……え、ヴェルノアール、って……」
「闇の元素竜の……?」
ひゅっ、と息を呑む音がする。
その瞬間、二人は大きな音を立てて後ろに倒れてしまった。
「まるで化け物扱いだな」
「あら、良いんじゃなくて?疑われるよりよっぽどマシよ」
「それもそうか」
小さな俺の独白に、ルクリーヴァがそう返す。そんな風に二人で会話をしていると、突然、俺の背中が重くなった。
それに気付いて二人で振り向くと、苦しそうにグリュンが寄りかかっていて。俺は慌ててその体を受け止める。
「……不味いわ。思ったより竜化の進行が早い。ヴェルノアール、約束の品は持ってきたかしら?」
「あぁ、ちゃんと小瓶一本分」
「それをグリュンの手に握らせて。──あぁ大丈夫、飲む訳じゃないから」
それを聞いて安心しつつ、分かった、と返す。
懐から取り出したそれは、昨日と変わらず真っ黒なまま。淡い紫の光を反射するそれは、紛れもない俺の血だった。
力の抜けた右手に、そっと握らせる。俺の手で上から包んで手助けもした。
──すると、その瞬間。
黒曜石を砕いて撒いたような光が、粒子となってグリュンの辺りを舞う。それはどこまでも美しく──それでいて、どこか恐ろしさも秘めていた。
呑み込まれてしまいそうな漆黒。それなのに光を反射して煌めくその様子は、祝福のようにも思えて。
──ふっ、と煌めいていた粒子たちが、グリュンの体に吸い込まれる。
それに応じて開かれた目は、綺麗な人の瞳に戻っていた。
……ただ一つ、紫と黄緑のオッドアイさえ除けば。
「……ありがと、ヴェル。体、もう痛くないよ」
「あ、あぁ……それなら良かった。気分は大丈夫か?」
大丈夫!と元気な返事が聞こえ、肩の荷が降りる。魔力の流れを見ても、異常はない。だから、命に別状はないと思うのだが……。
……。
目の色が気になる。これは竜化の影響じゃなかったのか?それとも、また何か違う影響なのだろうか。
……いや、心当たりがないと言えば嘘になる。だが……。
そう考えていると、突然ルクリーヴァがパン!と手を叩いた。
「───二人とも。色々言いたいことはあるでしょうけど、まずは戴冠式を終わらせましょう?始まるものも始まらないわ」
「う……ごめんなさい」
「…すまなかった」
「謝る必要は無いわ。あぁ、でもそうね、ヴェルノアール。貴方も一緒に行きましょう」
「──はぁ!?」
思わぬ言葉に、思わずそう言ってしまう。
俺は別に良いだろ、何なら表舞台に立ったら駄目な奴だろ。
そう頭の中で混乱していると、ルクリーヴァは白金の髪を靡かせ、今まで見た事のない笑顔で俺にこう言った。
「だって──愛する息子の晴れ舞台よ?間近で見たくないの?」
「確かに」
「ちょ……ヴェル!?」
即答なの!?という声が聞こえたような気もするが、別に嘘は言っていない。立派に成長したグリュンの姿は、親として、何としてでも見たい。
服の端を掴んで揺らされているが、さしたる影響もなく。
ただただ、大きくなったと、成長したと、実感したのだった。




