63.光の糸
「……明日、か」
ついに、戴冠式が明日に迫っている。
クレーエなどに情報収集をさせたところ、戴冠式は王城の玉座の間で行われるらしい。ただ、そこで問題なのは、一般人は立ち入りが禁じられている、ということ。
一部の貴族だけ入る事が許されるらしいが、あいにく俺はそんな立場にない。というか、あったらおかしい。
やはり、潜入しかないのだろう。ただ、間違いなく犯罪者というレッテルは貼られる。
「ここまで何も策が思いつかないとはなぁ……」
思わずそう、ため息をついた。
三日あれば何かしらの策でも方法でも思いつくかと思ったのだが、それは俺の自意識過剰だったらしい。
本格的に大陸の犯罪者になる覚悟を決めていると、こん、と宿の扉がノックされた音がした。来客か、と思い扉を開けようとすると、静止の声がかかった。
───しかしそれは、聞き覚えのありすぎる声で。
「扉は開けなくていいわ。聞くだけ聞いて頂戴」
「……何の用だ、ルクリーヴァ」
「簡潔にその『用』を伝えるわ。明日の戴冠式にてグリュンの竜化を、貴方が治しなさい」
「は……?適性は俺じゃないだろう?」
「それだったら私がここに来てないの。そろそろ自分を選択肢外にするその考え方、止めなさいな」
的確で、それでいて鋭いその言い方に思わず詰まった。
姉とはいえ、生まれてからの差は一ヶ月もない。ただそれでも、埋められない人生の差がある。例えば今のような、無意識下の思考回路。
どう返すべきか考えあぐねていると、ふふ、と小さく笑う声が聞こえた。
「……?」
「いつまで経っても手のかかる子かしら。でも、きっとそれで良いんだわ」
「何を、言って……」
「あら?聞こえてたようね。じゃあヴェルノアール、また明日会いましょう」
「あ、あぁ……」
しゅ、と空気を切る音がする。大方得意な光魔法の『光渡』で移動したのだろう。
あれ良いよな、光が当たっている所ならどこでも移動出来るのだから。俺の『影渡』は影がある所しか動けないから、夜しか活用性がないんだよな。
まぁ、それは一旦置いておいて。
……ルクリーヴァのあの言い方。もしかして俺がグリュンと適性のある竜、と捉えて良いのだろうか。
しかし、闇の適性があるとは思えなかったが……。
───いや、考えるのは止めよう。取り敢えず今は、竜化を治す用の俺の血液を準備する……必要が……
「………あれ、俺の血って、どうやって……」
思い返してみれば俺の血液自体、生まれてこの方見た事ないな。多少の攻撃や魔法は弾くから、よく言って擦り傷までしか出来たことがない。
切る、にしても。半端な刃物だとそよ風だよな。俺の鱗で作った剣ならまだ可能性があるか……?
一応試すために、立て掛けていた剣の鞘から真っ黒すぎる刀身を取り出して、左手の人差し指の指先を少しだけ触れてみた。
「駄目だ、痒くもないな」
無。と表現するのがふさわしいほど何も感じなかった。
思い出せ、擦り傷を与えてきた攻撃は何だった?というか、そもそもいつだった?
頭を捻らせる。僅かな記憶の糸を手繰り寄せて、ふと引っ掛かるものがあった。
あれは確か、勇者が狩りに来た時。確か真夜中に俺の住処に来て、取り巻きと一緒に何かを大声で言いながらこちらに走ってきたから、竜形態の片手で払ったのだったか。
あの時、やっとグリュンが寝たんだよな。なのにうるさくされたから、ちょっと頭にきて手加減しなかった気がする。流石に殺しはしていない。ただ、世界の果てまで吹っ飛んだ可能性はある。
「あの時確か……勇者の剣だけ落ちてたんだったな」
それを無造作に拾って倉庫に投げておこうと思った時、うっかり指先を切った気がする。人で言うなら紙で切ったぐらいの感覚だろうか。
「……光を纏わせたら、可能性があるのか?」
勇者の剣は、光属性が付与されていた特別製だった。ならば俺も、この剣に光魔法で纏わせたらいけるのでは、と考えて、もう一つの壁が出現した。
そう言えば、光魔法はあまり使えなかったな、と。
完全に使えない、訳ではないのだが。でも、三回に一回は魔力爆発が起こる。ちなみに俺の爆発は、グリュンほど可愛いものじゃない。国一つは焦土になる。
「しかし……一か八か、か」
もし、成功したなら。間違いなくグリュンは救える。
もし、失敗したなら、まぁ……目撃者がいない完全犯罪になるかもしれない。いや、それだけは絶対駄目だ。
そう考えて、俺は爆発しない事を祈りながら、ゆっくりと剣に光の魔力を纏わせた。
……爆発、しない?
「一旦は成功か……?」
ほっと息をついて、取り敢えずそれで自らの指先を切ってみると。僅かではあるが、黒い線が入った。
これはもしかしたら、いけるかもしれない。
そう思った俺は小瓶を近くに寄せて、粘ってみる事にしたのだった。
♢♢♢
悪戦苦闘する事三十分。ようやく小さな小瓶一本分を満たす事が出来た。
真っ黒な血液を光に透かしてみると、ほんのりと紫色に変化して、思わず感嘆の声を溢した。自分自身、俺の血なんて見た事なかったしな……。
しかし、普通に考えて、これ……どうやって取り込むんだ?
文献には適応する竜の血液をその身に流す事、としか書いてない。だから正解が分からない。もし、飲むのだとしたら、絶対に美味しくないだろう。
「……蜂蜜とか砂糖とか、混ぜておいたほうが良いのか?」
少しだけそう考えて、取り払った。進んで不純物を混ぜてどうする、俺。
仕方がない。いざ飲むとなった場合、我慢してもらおう。
「ついに明日、か」
片手に小瓶を持って、俺はそう呟いた。
来たる決戦の日。少しだけルクリーヴァの行動には引っ掛かるものがあるが……それでも止めるわけにはいかない。
───絶対に、グリュンを助け出す。
心にそう、強く誓ったのだった。




