62.希望を胸に
──時は少し遡って、ヴェルノアールが城に潜入する少し前。
グリュンの部屋に、珍しくルクリーヴァが訪れていた。
「ユーフェリア様、少し良いかしら」
「……別に良いけど、『様』も要らない。だってヴェルと一緒なんでしょ?」
「それは……まぁそうなんですけれど」
煮え切らない言い方をした白金の髪の人に、思わず俺は首を傾げた。どうしたんだろう、いつもはこんなに柔らかい雰囲気を持っていない。
その時あれ?と思う。今日は珍しく水色がいない。大概隣に居たりするのに。
「……グリュン」
「っ!?何で、その名前……?」
そんな俺の戸惑いは受け取られないまま、ふわり、と白金の髪の人は俺に対してお辞儀をした。優雅で綺麗としか言いようのないその姿に、俺は思わず少し後ずさる。
ヴェルもそうだけれど、美人が丁寧なことをしていると怖い。例えるならそう、怒られる前のような。
しかし、そんな俺の考えとは違った言葉を言った。
「先ずは貴方に感謝を──我が弟、ヴェルノアールを救って下さった事に」
「へ……?」
「あの子はずっと……ずっと一人で生きていたんです。だからあんな風に、誰かを護ろうとしているのが、嬉しくて……」
「ま、待ってっ!?どうして……?貴女は俺の、敵じゃないの?」
俺とヴェルを引き離したのは、間違いなくこの人……と、後あの水色で。それだから余計に、今言ったことが理解できなくて。
敵、と形容するのが正しいのかは分からないけれど、思わず俺はそう聞き返した。
「何処から説明しましょうか。
……まず、グリュン。貴方が『竜化』をいずれ発症することは分かっていました。何故ならそれは、ネーヴェ王家に生まれたものの宿命だからです」
「……だったら何で、ルクリーヴァ……さん、は協力してるの?」
「それは……至って単純なのですけれど。私はただ、愛する弟の幸せを願いたいだけ。私にとって、貴方が元気ならそれで良いのです」
え、と小さく呟く。
まず、俺の病気は生まれた時から発症する……つまり先天的なもの。俺が何か恨みを買ったから、とかではなく。うーん、簡単に言ったら遺伝みたいな感じなのかな?
……それにしても、ルクリーヴァさんはあんなにもヴェルの事を思って動いてるのに、何で当の本人には言わないんだろう。ヴェルは自分に誰も味方が居ないって思ってるから、ルクリーヴァさんが居たら嬉しいと思うんだけど。
「──それは、出来ないのです」
「え……?」
「元来より、『元素竜同士は仲良くしてはならない』という契約があります。相反する属性なら、尚更」
「……面倒じゃないの?それ。破っちゃ駄目なの?」
「ふふ、そう出来たら楽でしょうね……どれだけ楽しいか、考えることもありました」
そう言ったルクリーヴァさんは、悲しそうに俯いた。
契約。という事は契約主も居るはずなのだけれど。でも元素竜自体、謎に包まれ過ぎているから確かな事は分からない。
俺が少し頭を悩ませていると、そうでした、とルクリーヴァさんは言った。
「今日はグリュンのお父さんが帰ってくる日です。あぁ、安心して下さい。お母さんよりはまともな人ですし、常識人ですよ」
「う、うん……。でも、怖い」
「私も一応居ますから、ね?」
「……やっぱり俺、第一印象って大事だと思うんだけど」
思わず呟くと、苦笑いされてしまった。事実でしょ。
ルクリーヴァさんによると、玉座まで行って欲しいのだとか。本当に俺が王族なの?と思ったが、まぁ、そうでもなければあの敬いようは説明がつかないか。
「では、また後で」
「はーい、またねルクリーヴァさん」
軽く手を振って、俺自身もベットから立ち上がる。
さて、玉座まで向かおうかな。暇だし、する事もないしね。
♢♢♢
コツコツと足音を鳴らしながら歩く。一人で歩くなんて久しぶりで、何処となく孤独を感じた。今までずっと、ヴェルと一緒だったから。
「…………帰り、たいなぁ」
小さくそう呟いた。叶わないとは知っているし、無理な事もわかっているのだけれど、願わずにはいられなくて。
その時、ふと何かの魔力を感じて振り返った。
柔らかい、暖かな、それでいて綺麗な魔力は間違いなく。
「───え……ヴェル?」
その魔力の源まで駆け寄る。透明で、音もない。けれど確かにここに、存在している。
そっと、屈んだような気配がして手を伸ばす。すると右手……?を掴んだような感覚がして。
「本当に、いる……?」
恐る恐る、そう言う。俺がそう言った直後、懐かしい声だけが聞こえた。
「……あぁ。久しぶりだな、グリュン」
「なん、で……どうして……?」
確かに、願っていた。けれど、ヴェルに危険が及ばないようにって思って、過去の俺はあの行動をしたのに。
本音を言えば、来てくれて嬉しい。でも、望んでしまう。
──ここから救ってくれる事を。
その時、ヴェルが突然言った。
「……グリュン、落ち着いて聞いてくれ。今はまだ、ここから救えない」
「………うん」
「でも、二日後──戴冠式の日に、必ず助けに来る」
「っ!分かった……!」
……あぁ、やっぱり。
俺の家族は、頼れる人は、ヴェルしかいない。
たいかんしき、が何かは知らないけど、でも二日後に助けてくれるというのは、確かに俺の希望で。
思わずその透明な空間を思いっきり抱き締める。抱き締め返してくれた温もりは、思い出そのままだった。
「じゃあ、またねヴェル。待ってる」
精一杯微笑んでそう伝える。
元気でな、という言葉を背に貰って、俺は再び玉座の間まで歩き出したのだった。




