5.初めての魔法
「じゃあグリュンの希望通り、氷魔法を教えるな」
「やったー!」
「そうだな、どんな魔法がいい?」
「えっと……じゃあ一番簡単なの」
グリュンのリクエストに応えられるような魔法を探す。そうなると攻撃魔法より防御魔法の方が術式が複雑じゃないから簡単か?いや、補助魔法もそんなに難しくはないんだよな。
「……『氷の障壁』でどうだ?」
自分を中心に氷の壁を作る魔法だ。ただこの魔法は応用しやすく、作り出すものが自分を中心に魔力を展開していたら発動してくれるので防御と攻撃を兼ね備えることができる。
そうグリュンに説明すると、やってみたい!と即答されてしまった。
「まず、宝珠を作った時は手の中に魔力を込めたが、今度は自分の周りに巡らせてみるんだ。魔力の展開の仕方で作り出せる障壁が変わってくるから気をつけろよ?」
「なるほど……?」
「……ん?」
グリュンの見守りついでに魔力の流れを目で追っていたら、明らかに通常では出来ないような形を描いていっている事に気付く。とはいえ前回のように魔力暴走を起こしそうな流れ方ではないので何も言わずに見ている事にした。
「え、ヴェル!?これどうやって発動させるの!?」
「単純に『展開』って発音するだけでいいぞ」
「それだけで本当に良いの!?」
慣れない魔力の使い方をしているからか若干パニック状態になっているような気がする。ただこの状態で下手に俺が何かをすると俺が氷漬けになりそうだ。
グリュンはパニックになりつつも『展開』と唱える。
───途端に広がる大きな氷の世界。
よく見るとそれは花びらのようで。
俺でも知らない花が氷のアートとしてグリュンを中心にして咲いていた。
「え、え……?これ何?」
「これは…俺でも知らないな」
「花、だよね?こんなの俺、見た事ない」
「俺もだ」
俺が外に出なくなって植物が変化している可能性は否めない。もうかれこれ数千年は人里に降りていないから何らかの進化を遂げている可能性もある。
しかし、この花に似ている花を俺は見たことがあるだろうか?
五枚の花びらが広がっているのは分かる。だが、花びらに雪の紋様が入ることなんてあるか……?
氷魔法で作り出したから、という可能性もあるが一から何かをこうやって創造する場合、具体的なイメージがないとここまで正確に作り出せない。
ということは、グリュンはこの花を過去に一度見ている……?
「…………ヴェル?」
「あ、あぁすまない、少し考え事をしていた」
「……ねぇヴェル、他の魔法も教えて?」
「そう、だな?」
そう言われて俺は、心に引っかかるものがあるものの一旦グリュンに魔法を教える事に専念する事にしたのだった。
♢♢♢
「わあぁぁ!?」
「やっぱりグリュンは風が一番得意なんだな」
「ヴェル、すごい!俺空とんでる!」
『凍結』や『氷柱』などなど一通りの氷魔法を教えた後、グリュンが一番得意であろう風魔法の、一番使いやすくで便利な『飛翔』を教える事にした。
やはり得意な属性だったからか、飛べるようになるまでそう時間はかからなかった。
その結果が先ほどの会話である。
「着地はちゃんとしろよー?」
「はーい……って、わぁ!?」
「あ」
元気に返事をしたかと思えば体勢を崩して真っ逆さまに落ちてくる。若干俺はそうなるんじゃないかと思っていたのですぐさまグリュンの真下に移動して受け止める。
「おぉ……ナイスキャッチ?」
「ったく、やるとは思ったが……」
居心地悪そうに苦笑いするグリュンにやれやれとため息をつく。全く、この子のおてんばぶりは変わらない。もう少し自重してくれてもいいのだが。
とはいえ手がかかり過ぎないのも困るのでこれぐらいで良いのかもしれない。
ふと空を見ると空の端が橙色に染まりかけていた。
そろそろ帰るか、と思いグリュンに声をかけて住処へと歩き始める。
「ヴェル、今日はありがとう!」
「急にどうした、グリュン?」
「楽しかった!」
「……そうか」
グリュンには、過去に、何があったのだろうか。
よくよく考えてみればグリュンの容姿もこの辺りでは見かけない。
───グリュンは、どこから来たんだ?
その問いが声になることはなく、ただ心の中に消えていったのだった。