42.守りたいもの
突然だが、一応俺は竜である。子持ちと言われると語弊が出てきそうだが、曲がりなりにも強くはある、と思う。数えきれないほど生きてきて、知識もあるつもりだ。
それなのに、何故俺は森に入った途端、動物たちに殺気を向けられているのだろう?
怯えるぐらいなら慣れたものだが、こうも敵対心を剥き出しにされると、流石にちょっとだけ心が傷つく。
そんな様子を見て、グリュンが困ったように口を開いた。
「ねぇヴェル、何かしたの?」
「した記憶がないから困ってるんだ」
「そうだよね……」
本来なら、自分より上の相手には挑もうとはしないはずなのだが。あ、俺が格下説もあるのか?いや、でも……それよりは。
動物たちが俺を見る目は怯えている。それなら尚更、何故挑もうとしてくるのか理由が気になる。
そう思っていると、一匹のリーダー的なイノシシが何かを言っていた。一応俺は動物の言葉が分かる、というか俺も実質、動物みたいなものなので分かる。
『貴殿は、北の森で眠っていたのではないのか?』
「え?あぁ……正確には眠ってはなかったんだがな」
『……何だと?』
そう正直に俺が伝えると、簡単にいうとざわついた。
よく分からない状態が続いて、思わずグリュンと顔を見合わせる。その中で『あれは嘘だったのか』とか『再び悲劇が』とか散々な事を言われている気がしたが、一部は俺が悪かったのだから仕方ないと割り切る。
すると、先程のイノシシがこちらを向いた。
『貴殿が何をしようとしているのかは分からない、だが先程の非礼は詫びよう』
「別に詫びなくても良い、俺が悪かったんだからな」
『………噂に聞いていたのとは違うな。もっと残酷で冷たいのかと思っていた』
「俺も歳取って丸くなったんだよ。な、グリュン」
『そこの小童か。成程、理解した』
「なんか今、俺に失礼なこと言った?このイノシシ」
何となく分かったのか『小童』という言葉に反応してグリュンが不貞腐れる。それに苦笑いしつつも俺たちは森を抜けた。
抜けて、ふと後ろを振り返る。森の動物たちはもう殺気を向けてこない。
一種の防衛本能だったのだろうか。それならば納得できる。
それに俺だってきっと、グリュンに何かあれば俺より強い相手でも守ろうとすると思う。
───良かった、俺が何かしてたんじゃなくて。
そう心の中で思っていると、グリュンが突然口を開いた。
「俺もヴェルみたいに話してみたいなぁ」
「いきなりだな、どうしたんだ?」
「だって楽しそうだなって思って……」
「あー……良いことばかりではないが、楽しいな、確かに」
直で化け物扱いされるのを聞いてしまう、という欠点を除けば確かに良い能力だ。小鳥が歌っている歌の歌詞も聞こえるし、弱っている動物からはその理由を聞けたりする。まぁ俺は、欠点の方が多かったが。
「いつか出来るようになる?」
「どうだろう、こればかりは才能の部分もあるからな」
「えぇー……」
がっかりしたような声をされて、少し申し訳なくなる。
本当は俺が何とか出来ないわけでもないのだが、それは即ち『人間を辞める』という事になってしまう。
流石にそこまででは無いだろう、と思って再び不貞腐れたグリュンを追いかけるのだった。




