3.星雪を眺めて
「雪だるま?っていうの作ってみたい!」
「……また唐突にどうした?」
これ!と勢いよく俺の前に掲げられたのはボロボロになった絵本。おそらく森の中で拾ったのであろうそれは雪で造られた人形、つまり雪だるまが主人公の物語だった。
これを見てグリュンは作ってみたいと思ったのだろう。そう思う事は別に構わないし、むしろはしゃいでいるグリュンが見れるので俺としては嬉しいぐらいだった。
「……だめ?」
「いや、作って良いぞ。ただちゃんと暖かくして行けよ」
「ありがとうヴェル!」
嬉しそうに駆け出していったその背を眺めつつそのまま視線を外に動かす。そうか、もう冬なのか。という事は星が綺麗に見えるんだな。
……別に隠しているわけではないが、俺は星を見るのが唯一の趣味だ。
何故かと問われると本当に何となく好きだなと思ったのだ。
吸い込まれそうな冬の夜空に輝く、数多の宝石のような星たち。それだけで心が洗われるような心地がする。いや別に心を洗わないといけないような悪いことをしたわけではないが。
「見てー!出来た!」
「お、可愛いな……ん?」
小さな雪だるまと大きな雪だるまがグリュンの手に片方づつ乗っている。小さい方は何の変哲もない雪だるまのように見えるが、大きい方は頭に一つ小枝が刺さっていた。
──もしかして、これは。
「グリュンと、俺を作ったのか?」
「そう!」
眩しいほどの笑顔で返されて、どこか温かい気持ちになって。くすぐったいような、微笑ましいような感情が心を満たしていく。
これはきっとグリュンへの愛情と、もう一つは。
「……作ってくれてありがとな、嬉しかった」
そう言って頭を撫でる。小さく笑うグリュンは贔屓目に見ても可愛かった。それこそ、小さな雪だるま以上に。
その後、グリュンは住処の入り口に二つの雪だるまを並べて置いた。さながらその二つは本当の家族のように見えて。俺たちも他から見ればあんな風に映るのだろうかと、ふと思った。
「ねぇねぇ、ヴェルも一緒に作ろ?」
「───ああ、そうだな」
家族とは何か、なんて哲学的な問いをするつもりはないけれど。
グリュンが俺のことを家族だと思ってくれているなら良いと思ったのだった。
♢♢♢
雪だるまを作った日の夜。俺はグリュンが眠った後、夜空の星たちを眺めていた。紺色の空に浮かぶ月は冷酷な光を湛えているが、何処か柔らかな光も灯していて。ずっと見ていたいような気もするがだんだんと冬の寒さが自分の体へと染みていく。
普段なら感じるはずのない寒さを感じるのは、今が一人だからだろうか。ここ数年、ずっとグリュンと過ごしてきたからだろうか。
そんな考えをするようになった自分にそっと苦笑いする。
前までの俺なら何の感情もなく、ただ毎日を過ごしていたのに。
「ヴェル……まだ起きてるの?」
「……すまないグリュン、起こしたか?」
俺の気配がしなくなったからか、のそのそと起きてきたグリュンにそう聞くと、グリュンは何も答えずに、もぞもぞと俺が座っている場所に潜り込んでくる。どうした?と俺が聞いても何も言わず、沈黙と共に不貞腐れたような表情を返されてしまった。
「本当にどうしたんだ?」
「………………。
──起きたら、ヴェルが居なくて……怖かった」
数秒の躊躇いの後に紡がれた葉に俺は思わず驚く。まさか怖かったからと言うだけでここまで一人で来たとは思っていなかったのだ。
すまない、ともう一度謝ると、もう勝手にどこかに行かないでと言われてしまった。背が高くなったから忘れていたが、まだ十歳にも満たないのだ。当然かもしれない。
「で、ヴェルはここで何してたの?」
「え?あぁ……星を見てたんだ」
「星……?」
グリュンは俯いていた顔を上に上げて空を見る。すると程なくして感動したような声が聞こえた。きっと綺麗だと、そう思っているのだろう。
「……ヴェルみたいで、綺麗……」
「………ん?」
今何か一言余計じゃなかったか?
いや余計なわけではないし、むしろ嬉しいまであるのだが、本当に?
本当にそう、思ってくれたのだろうか。
あの真っ黒なだけの姿を夜空みたいだと、綺麗だと思ってくれたのだろうか。
「あ、でも夜空と星がヴェルなら、俺は何だろ……?」
「……グリュンは、月じゃないか?」
「つき?」
何で?みたいな顔をしているグリュンにこう返す。
「グリュンが、俺を照らしてくれたからな」
「……んんん?」
困惑しているような表情をしたグリュンの頭を撫でる。
夜空の星々には、自分達の事を輝かせてくれる月が必要で。つまり俺を夜空と星だと例え、気づかせてくれた。グリュンは、俺を照らしてくれた。
……だから。
───俺にとっては月なんだよ。
そう心の中で呟いていると、いつの間にかグリュンは俺の腕の中で眠っていて。身体を冷やさないうちに、と俺はグリュンを抱えて住処へと戻るのだった。