17.胡蝶のような夢を
夢を見ていた。ただ辛くて悲しい、そんな夢を。
幸せの終わりが来るなんて、信じたくない。
───俺は、その未来からそっと目を逸らした。
♢♢♢
は、と目が覚める。俺の隣にはすやすやと穏やかに眠っているグリュンの姿。
あれ、何でグリュンがここにいるんだ?
……あぁそうか、昨日一緒に寝ようと言われたんだったな。
そういえば……夢を見たのはいつぶりだろう。少なくともこの数千年は見ていないような気がして思わず首を傾げる。
ただその肝心の夢の内容を覚えていなくて、余計に混乱した。
──今でも微かに残る苦しさ。そして後悔。
「俺は一体何を……?」
まぁ良いか、と意識を変えようと思うものの気分は晴れなくて。
少しだけ心に引っ掛かりを覚えつつも、朝ごはんの支度をしに行くのだった。
♢♢♢
夢を見ていた。ただ悲しくて苦しい、そんな夢。
終わらせるのが俺だなんて、思いたくない。
───目を逸らしたくてもその夢は消えてはくれなかった。
♢♢♢
ぱち、と目が覚める。隣にヴェルがいないことに少し不安を覚える。
夢の内容を覚えていなくとも、怖さと、確かな後悔が残っていた。
こんなに怖い夢を見たのはいつぶりだろう?いや、いつどころか見たこともない。
「何でこんな時にいないの……」
ヴェル、何処に居るの?
漠然とした不安感が一気に襲いかかる。これほどまでに会いたいと思ったことはなかった。
きっとヴェルはいつものように朝ごはんを作っているはず。そう知っているとしても。
でも、それでも、姿が見たい。
そう思って、俺は急いでヴェルの元へと駆けた。
♢♢♢
「ヴェル!」
「あぁグリュン、起きたのか……って、うわ!?」
ほぼ勢いで俺に飛びついてきたグリュンを慌てて受け止め、勢いを殺す。
明らかに様子のおかしいグリュンを落ち着かせるよう俺はゆっくり頭を撫でる。
どうしたんだ?今までこんなことなかったよな?
「………どうした?」
「……ヴェルのばか」
「え」
何故かいきなり罵倒されて混乱する。俺は何か気づかぬうちにグリュンにとって気に入らないことをしてしまったのだろうか?いや何もしてないと思うのだが。
よしよし、と生まれた時ぶりのその動作をすると落ち着いてきたのか、蝉のようにひっついていた体勢から力が抜けていった。
「勝手に、いなくなっちゃ、やだ」
「勝手にって……そもそもいつもいな……」
「それでも、やだ」
「……分かった、約束しよう」
最近大きくなってお兄さんになってきたと思えば、まだまだ甘えたい時もあるらしい。
完全に俺を離さないモードに入ってしまったグリュンに、少しばかり安堵している自分がいた。
良かった、ちゃんとグリュンは生きている。
そう感じた理由はわからない、分からないが。
もしかしたら、グリュンも俺と似たような夢を見ていたのかもしれない、となんとなくそう思った。
「朝ごはん食べるか?」
「……食べる」
分かった、じゃあ準備してくる、とグリュンに言ったものの離してくれない。まさかこのまま準備しろと、そう言っているのか?
いつの間にこんな子に………。
そう思いつつも準備を整えていく。
これ、もしかすると食べ終わるまで解放してくれないかもな───。
そんな俺の予感は的中し、グリュンが朝ごはんを食べ終わるまでずっと蝉のようにひっつかれていたのだった。