14.青と桃色
「ピンクのふわふわ!一緒に見に行こう!」
「……ふわふわ?花のことか?」
「分かんない!」
けど行こう!と嬉々として俺の腕を引っ張ってくるグリュンの手をそっと剥がして、くるりと台所の方へと向く。
「……もしかして、だめ?」
不安そうに恐る恐る聞いてくるグリュンに少し申し訳ないと思うものの、俺が言いたいのはそうじゃない。
今は春で、しかも気候もいい。
絶好のピクニック日和。
ならば俺のすることは一つ。
「お弁当作るから、ちょっとだけ待っててくれ」
「……!ヴェル、ありがとう!」
俺も手伝うね!と勢いよく駆けてきたグリュンを受け止めて二人で料理の支度をし始める。こうして並ぶとグリュンも背が伸びたのだとしみじみ実感した。昔は俺の膝のあたりにも満たなかったのに今では肩のあたりに頭がある。
それでもまだまだ小さいとは思うが、それと同時に成長したなぁとも思った。
いつか真面目に身長測ってみようか。アリアなら何とか出来そうだ。
「あ。そうだヴェル、行く途中でリンゴ採ってもいい?」
「いいぞ、でも何に使う気だ?」
「んー……内緒?」
見事にはぐらかされたものの順調にお弁当の準備も進み、昼前には何とか出発できそうだった。ふと、隣で準備運動をしているグリュンに今更ながらこの疑問が湧いてきた。
「そういえばグリュン、行きたい所って遠いのか?」
「いや?そんなに遠くないよ、多分十分もかからないと思う」
俺たちの住処から十分圏内でピンクのふわふわって何だ?と思ったがあえて口には出さなかった。ただ、いつもグリュンは真新しいものを見つけてくる。
若干俺は最近、それが楽しみになってきたのだった。
♢♢♢
「おお………凄いな、これは」
「でしょ?綺麗だよね」
上を向けば青空いっぱいに手を伸ばしている枝と桃色の花々。
少しだけ小高い丘に一つだけぽつんと存在しているそれは、俺がこの辺りでは見かけたことがなくて。
風で飛ばされたのだろうか。それにしては大きすぎる樹のような気もするが。
「これで俺がさっき採ったリンゴと水魔法を組み合わせて……」
「………?何してるんだ?」
「……よし、出来た!」
グリュンが空高く掲げたのは、リンゴジュース。
何故?とは正直思った。いや、リンゴを通りすがりに収穫した理由は分かった。が、何故ここでリンゴジュース?
混乱する俺をよそにグリュンは氷魔法で作ったグラスにリンゴジュースを注いで俺に手渡してくる。一応受け取ったもののグリュンの意図がわからない。
「じゃあヴェル、乾杯しよ!」
「……何でまた?」
「ただ俺がやりたい!」
「あぁ……」
些細なことをやりたいと思えるのは凄いと思う。俺なんて乾杯してみたいと思ったことなんてない。
そんなグリュンの願いを叶えるべく、コップを少し高く掲げる。
するとグリュンは目に見えて目を輝かせた。
「ヴェル、乾杯!」
「ああ、乾杯」
かつん、とグラスが軽くぶつかって透き通った音を奏でる。
その瞬間、空高く桃色の花びらが舞い上がり青空に映えるよう散った。
「綺麗……あ、お弁当食べなきゃ」
「どうやったら綺麗と弁当が繋がるんだ」
唐突な思い出し方に少し苦笑いするものの、その後は二人で花見をしながら穏やかな昼下がりを過ごしたのだった。