13.一つだけの白
アリアが帰って行ったその日の夕方、何となく俺は久しぶりに竜になって空を飛んでいた。もちろんグリュンも連れて。
とは言ってもそう遠くまではいかない。いや別に帰れなくなるというわけではない。遠くまで行きすぎるとまた俺の噂が流れかねないと思ったからだ。
「うわ……なんか久々……」
「そうか?そんなに経ってないだろ?」
「うーん、えぇ……?そうかなぁ?」
前回は夜に飛んだ気がする。というかグリュンに散々駄々を捏ねられたような。俺は夜目が効くから良いが、普通の竜族だったら即墜落していると、あのとき思った。
「どこ行くの?」
「え、決めてない」
「嘘でしょ……」
どこに行こうか、なんて今更ながらに考えていると丁度真下にキラキラと輝くものが見えて下を向く。
それは夕日に輝く俺の氷で。
グリュンが綺麗だと言ってくれていても、そう見たいものでもなく。
俺はそっと、目を逸らした。
「じゃあ森の上空を一周して帰るか」
「うん!」
見たくはない、俺の過去の過ち。もっと方法はなかったのかと今でも思う。
せめて救えたなら、何かは変わっていたのかもしれない。
そう、でも。
────全て、今更なのだ。
「ヴェル、帰ったら俺がご飯作っていい?」
「別に構わないが……どうかしたのか?」
「ううん、今日は色々迷惑かけちゃったから」
「グリュンは気にしなくて良いんだぞ?」
「俺が気にするの!」
「……そうか」
ぎゅう、とグリュンに掴まれている鱗が握りしめられたような感覚がした。
もしかして、俺の感情を感じ取ったのだろうか。
本当にグリュンといると心が安らぐ。浄化されるような、そんな気持ちになる。
無邪気さに救われる。ただひたすら、純粋さが眩しい。
「ヴェル、明日は俺にまた魔法教えて?」
「ああ、いいぞ」
「今度こそ爆発させないから!」
「それは……確かにありがたいかもな」
二人揃って笑う。
なんて事のない穏やかな日々が大切で、どうしようもないほど愛おしい。
俺は、この幸せに巡り合うことが出来た事に感謝している。
……出来るなら俺は、グリュンにもっと広い世界を見てほしい。
別に俺から離れて欲しいわけではない。ただ、楽しいことが好きなグリュンにはそれがいいのではないかと、思ってしまったのだ。
いつの日か、そんな時が来たなら。
来て、しまったなら。
俺は、きっと───
───笑顔で送り出すのだろう。
旅立つグリュンに心配させないように、きっとそうする。
自分の傷を誤魔化すように、気持ちに蓋をして。
「そろそろ帰ろうか、暗くなってきたしな」
「はーい」
そう考えつつも俺はその日が来ないことをずっと願っている。