⑯ スーパーハニーになりたくて。
今年最後の王宮舞踏会が終わり、多くの貴族達がそれぞれの領地へと帰る頃、王宮から今回の罪人の処罰についての発表があった。
元王太子妃とルーアン子爵は共に毒杯による死刑。
ルーアン子爵家は取り潰しとなって、貴族名鑑から名前を削除された。子爵の妻と息子は何も知らなかったがあまりにも子爵の罪が重いため、爵位を返上することに同意した。
実際には最後まで自分達は関係無いと駄々をこねた息子と妻であったが、コンフラン侯爵が、誰もがうっとりとする程の麗しい笑顔で「あれだけの事をしたのですからね。ルーアンの名で生きていくなら、これから死ぬまで、後ろから刺される恐怖と共に生きて行く事になりますよ?」と言ったら、青褪めた顔で、爵位の返上を了承したという。
没収した財産で、国王は騎士団に、誘拐されて売られてしまった子供達を探し出すように命令した。
最後の一人まで必ず見つけ出し、その子達の為にその財産の全てを使うと発表した。
パウルの終業式を待って、侯爵夫人とアリスも、パウルと一緒にコンフラン領へと旅立った。
今回の断罪劇の後始末の為、侯爵とルイは王都で今も働き詰めである。
馬車で読書に勤しむ侯爵夫人とパウル。一人暇を持て余していたアリスは、つまらなそうに窓の外を眺めていた。
(ルイに会えなくて寂しいな~。ギュッってしたいな~。・・・・・。
でも全てが終わったから、もうすぐ結婚できるんだよね? 6月の綺麗な薔薇園で結婚式とかもいいなぁ。もしくは8月の眩しい太陽の下、コンフラン領の浜辺で結婚するのもいいかも! 嬉しいな! ドキドキ!
・・・。
何でルイまで後始末してるのかな? それって当主の仕事っぽくない?
ルイ! いつの間にか先を歩いてる??? ずっこい~!!!)
哀愁を漂わしたり、赤面したり怒ったり。
読書を止めて夫人とパウルは、アリスの百面相を見ながら馬車の旅路を楽しんでいたのだった。
「そういや、アリス姉様。宿題は終わったの?」
あと数日で領地に戻れる旅の終盤に、ふとパウルがアリスに訊ねた。何の話か分からずにキョトンとパウルを見ていたアリスだったが・・・。
「そうだ! 完全に忘れてた、宿題④!」
アリスの大声が馬車の中に響き渡る。パウルは自分の耳を塞ぎながら、「宿題④って何?」と聞いた。
「宿題④は、コンフラン領の問題と改善対策を、企画書に10枚以内にまとめることなの。まだやってなかった。・・・でも宿題③も、結局お父様からの評価はもらって無いんだよね・・・」
思い出したアリスが不満そうに口を突き出すと、侯爵夫人がふふふと笑いを漏らす。そんな母親に不思議そうな視線を送ったアリスに、侯爵夫人は小説を読み始めようとしおりを挟んだページを開きながら娘に伝える。
「宿題③については、お父様がどの様な対策をしたのかは、すぐに分かるわ」
「「?」」
夫人の思わせぶりな回答に、アリスとパウルは顔を見合わせて首を傾げたのであった。
結局侯爵とルイが合流できないまま、コンフラン領で年を越したアリス達。
明日は大事なお客様をお迎えするからと、早々にベッドへと押し込められたアリスは、翌日日も登らぬうちに叩き起こされた。
半目で夢の中に片足を突っ込んだままのアリスを、キキを筆頭に侯爵家の侍女やメイド達は器用に磨き上げて行く。
目が覚めたら完璧な天使仕様に変身させられていたアリスは、天使スイッチがオンにされて、すまし顔で階下のファミリールームへと向かった。
そこでルイを見つけたアリスは、天使スイッチが自動的にオフとなり、恋する少女の笑顔でルイに抱き着いた。
「わぁ! いつ来たの?」
「今日の明け方だよ。アリスの部屋に挨拶に行ったらぐっすり眠っていたから」
「眠っているのにキスしたの?」
「いびきをかいていたから、鼻を摘まんだだけだよ」
「むぅ!」
頬を膨らませて怒りを表すアリスに優しく微笑みかけながら、ルイは彼女の風船を指でつついて潰す。つまりイチャイチャしているのである。
それを疲れた顔で見ていた侯爵が、ソファにだらしなく腰を掛け、ひじ掛けに突いた肘で頬杖を突いたまま、「けっ」と声を出した。
「ア~リ~ス~! お父さんも居るんだけど~?」
もう何も感じない子供達であった。
「さて、そろそろ時間だから、お迎えにあがりましょうか?」
侯爵夫人が手を一度鳴らすと、盛装を終えたコンフラン家一同が揃って港へと向かう。外国の使者を初めてお迎えする子供達は、それぞれが違う表情をしていた。
パウルは初めてのお迎えが想像以上の大物である事への緊張。
アリスは全く何も考えていないが、とりあえず初めての体験への興奮。
そしてルイは、やっとここまで来たかという、感慨ではなくただの疲労困憊。
それぞれの思いを胸に港で待つ事数十分。
遠くから見えて来たのは、立派な軍艦と、それを囲むように進んでくるコンフラン家の大量の中規模軍艦。
あまりにも立派な軍艦だけを見れば、この国を威嚇しに来たと考えるには十分だが、しかしその立派な軍艦を、まるで捕獲しているかのようにコンフラン家の軍艦が周りを囲む。逃げ道すら塞ぐように。要人を守ると言うよりただの嫌がらせにしか見えない。
それは客人の方も感じ取っていたようで、少し顔を青褪めさせてタラップを降りてきたのは、帝国の第二皇子であった。
船だけでなく、彼の前後左右を取り囲むのも、コンフラン家の屈強な戦士達。
こげ茶色の髪に薄茶色の瞳をした第二皇子は、エンゾとよく似た優男で、彼もエンゾと同じ様に鍛えられた感じは無く、自分の側に居る戦士達に気圧されているようだった。
コンフラン侯爵夫妻が彼と友好的に挨拶を済ましアリスを紹介すると、真っ青だった顔が呆けたような表情になり、そして誰の目から見ても顔を真っ赤に染めた。それを目の当たりにしたルイが殺気を放ったせいで、ルイと目があった彼は今度は顔を真っ白にした。
そうして家族全員と挨拶を終えた第二皇子は、歓迎の催しがあるからと浜辺の方へと誘導された。その間も視線をチラチラとアリスに送り、その度に視線で人を殺せるなら千回は殺されそうな目でルイに睨まれた第二皇子が、怯えて目を逸らすという現象が何度も起きた。
意外に頭の悪い男だなと思ったのは、もちろん侯爵だけではない。
浜辺に近づくにつれ、太鼓の音が聞こえてくる。
真冬の空の下、轟轟と燃える炎を囲んでいるのは、白のゆったりとしたズボンの様な民族衣装を着た、屈強な体を晒した男達。寒空の下晒されている上半身は、日に焼けた体にから蔦模様が刺青されている。そして、一行が近づくと彼らの演舞が始まる。
太鼓の音と掛け声を背景に、屈強な男達が鎌の様な鋭利な剣で、舞い踊りながら打ち合う。
「彼らはこの地に住んでいる先住民です。この地は元々アボリジニが住んでいて、我が国が建国された後も、我々と共存してこの地に住んでおりました。生まれながらに戦士である彼らは、この領が辺境伯だった頃、騎士として活躍しました。今は騎士団の解体が帝国からの友好条約の条件でしたからね。ただの領民に戻りましたが。しかし元々が戦士として名を馳せたアボリジニですからね」
侯爵が笑顔でアボリジニの説明を続ける中、戦士の荒々しさとその場の雰囲気に呑まれた第二皇子が生唾を飲む。
「・・・・・・アボリジニ???」
意味が分からないパウルが小さく呟いた。
それもそのはず、大昔に居たと言われるアボリジニは、ヴィルフランシュ王国が建国してこの地がコンフラン領となってから、大きく対立することなく国民として溶け込んでいった。もう何百年も昔にいなくなったのである。歴史の教科書でしか知らない。
今まであんな刺青をした男など見た事が無いパウルは、目が点になっていた。
そしてよくよく目を凝らすと、そのアボリジニと言われているのは、ただの海の男達であった。
しかしそんな事は知らない第二皇子。
先住民の恰好をして第二皇子に歓迎の舞を披露しているのは二百人程のアボリジニ(と言われる先住民の恰好をした海と山の男達)。それ以外の男達は領民としてその場にいるが、どの男達も屈強で、どう見ても戦士の様な体つきである。
第二皇子は目をあちらこちらへと忙しなく動かしながら、恐ろしい程屈強な男達の群れを呆然と見ている。
「彼らは、平民なのですよね?」
「そうですよ?」
「・・・。どう見ても普通の民に見えないのですが・・・」
アハ、アハ、と困ったように笑いながら、第二皇子は侯爵に怯えた目を向けた。
「もちろんアボリジニと我が領民が縁付いて、ハーフが生まれることがよくあります。だから、ただのヴィルフランシュ王国の民であっても、アボリジニの血を受け継いでいる子供が多く、この領の男達は皆屈強なのですよ」
笑いながら伝えられたが、第二皇子は全くもって信じられなかった。屈強な男達に囲まれて、彼と共にやって来た帝国の騎士達も顔を青くしている。
「さらにアボリジニがものすごくモテるのでね。我が領民の女性は筋骨たくましいアボリジニと結婚したがるのですよ。そのせいで領の男達は皆、アボリジニに負けじと筋トレに励む様になってしまってね。アハハハハ」
その場で楽しそうに笑っているのは侯爵だけになってしまった。彼は嬉々として説明を続ける。帝国からの使者たちの顔色が、青から白に変わっても。
「私もね、頑張って筋トレに励んだんですが、どうも領主には過去アボリジニの女性と一緒になった者がいなかったのでしょうね。残念ながら屈強な体にはなれませんでした。アハハ。
ところで、あの丘に見える巨大なレバーが見えますか? あれは海からの侵入者を撃退する装置なのですが、アボリジ二はたった一人であのレバーを動かせるのですよ。
遠いからわかりづらいかもしれませんが、あなたの騎士だと十人がかりでも難しい程の大きさです。
やって見せましょうか?
今回海賊を捕まえるのに使用したのですがね・・・」
笑顔で説明する侯爵の後ろから、ルイが耳元で何かを呟くと、侯爵が眉間に皺をよせてルイに小声で叱責をする。しかし小声でも第二皇子と彼の側に居る従者には聞こえるほどの大きさだった。
「彼らは友好国なのだから、見せても大丈夫だよ。心配性だなぁ。
・・・まぁ確かに、いつまた敵に戻るか分からないから、見せるのは止めておこうか」
侯爵はそれだけを言って第二皇子に笑顔を向けると、ではではと言って彼らを城へと案内をする。第二皇子が唇を舌で舐めたのを見て、侯爵とルイは陰でニンマリと笑った。それは、彼が恐怖を感じた時にする仕草であると、既に帝国の第三皇子であるエンゾから聞いていたからだ。
そうしてコンフラン城で晩餐を頂いた第二皇子ご一行様は、男だけの食後の団らんで、侯爵とルイからまたまたコンフラン家の屈強な男達の武勇談を聞かされ続けたのであった。
「お伝えした通り、先日我が国の子爵がそちらの皇太子殿下と密約を交わし、情報を売っていた事が明るみとなりました」
十分第二皇子に恐怖心を与えてから、侯爵はソファにゆったりと腰かけて、殊の外ゆっくりと話し出した。
彼の一言一句が、第二皇子の脳に染み渡るように。
「あなたの国が皇太子殿下を罰して下さらない場合、我が国と帝国は戦争に突入することとなるかも知れませんね」
「まさか、そんな・・・。戦争だなんて大げさな。アハ。アハ・・・(汗)」
「どうしてですか? 我が国で多くの貴族の子供達を誘拐し、侵略する準備を始めていたのですよ? 我らが王はかなりご立腹です。今回の会談で、あなた方の出方次第ではあり得ますが・・・」
侯爵はブランデーグラスをゆっくりと揺らす。琥珀色の飲み物がそれに合わせて揺れて、芳香な香りが辺りを漂う。それを、見るでもなく見つめていた第二皇子は、そのグラスを口元に持っていった侯爵と目が合い、そしてその底冷えのするような冷たい碧い瞳に恐怖を覚えた。
「戦争になったらそちらの皇太子殿下が指揮を取られるでしょう。なら、我が領に戦艦を携えてやってくるのは、あなたですかね?」
先ほどまで笑って色々な説明をしてくれた侯爵の、冷たい言葉が彼の胸に響く。
自分が、戦艦を携えてあの男達と戦う。
海の男。
戦士。
アボリジニ。
彼の持つブランデーグラスが微かに震えるのを見た侯爵は、明日も早いからと言って、男達の談話は早い時間に終わりとなった。
それでも第二皇子は腰を上げる事が出来ずに、暖炉の火が爆ぜる小さな音だけが、彼の耳に届いていた。
次の日、王都に向けて朝早くに出発をした第二皇子は、馬車に揺られながら昨日の出来事を考えていた。
屈強な男達と大量の軍艦。歴史上一度も侵略された事の無い要塞城。
馬車が走り始めると、窓の外には民の暮らしが見える。どの家も、貧困など感じられない。
そして今彼が目にしているのは豊かな領地。緑で覆われた広大な畑。窓から見える領民は皆笑顔だった。
ユアン第二皇子は、一週間前に父親である皇帝に執務室に呼ばれた。
皇帝の手にあるのは、海峡を挟んだ南側にあるヴィルフランシュ王国からの手紙で、そこには皇太子が犯した罪が記載されていた。
皇帝は、愛妾から皇太子の残忍さや、戦争を好む傾向にある事をピロートークで毎夜聞かされていた。自分が死んだらこの国が戦国時代に突入する事に怯える愛人を、可愛いと思いながらまともに聞いていなかった皇帝であったが、それが現実味を帯びる内容が、シャルル国王からの親書には記されていたのだ。
皇帝が海賊を使って、海の向こうの大陸を牽制していたのは事実であった。しかしそれは、皇帝が内陸に目を向けている間に背中から刺される事が無いよう、彼らに見張らせていただけの事なのだ。
それが、何の権力も与えていない自分の息子が、彼らを使って海の向こうの大陸にちょっかいを掛け、あまつさえスパイまで放っていたとは。
余計な混乱を招き入れた息子に、皇帝は腸が煮えくり返っていた。
そうしてユアン第二皇子は、真実を見極めにヴィルフランシュ王国へと皇帝の名代で赴くこととなった。
窓の外の景色を見ながら、ユアンは昨日の侯爵の言葉を思い出していた。
『我が領に戦艦を携えてやってくるのは、あなたですかね?』
ユアンは両手で顔を覆って俯く。冷や汗が背中を伝う。
こんな時に限って、異母弟のエンゾの言葉が頭をよぎる。
『あの男は狂っている。戦闘狂だよ。だけど、自分は絶対に危険な場所に行かないんだよな。
そうなった場合、被害を受けるのは、俺かあなただよ』
覆った手の平から、深いため息が零れる。
ユアンは今朝、旅立つ自分に掛けられた言葉を思い出す。
『ユアン殿下が賢明な判断をしてくださると、信じております』
そう言って、天使が彼の手を両手でギュッと握ったのだ。
ユアンは顔を上げると、その握られた右手に視線を向ける。
「可愛かった・・・・」
三十路を目前にした、二児の父親である第二皇子が気持ちの悪い独り言をつぶやいた頃、コンフラン城では件の天使がおっさんの様なくしゃみをしていたのだった。
「ぶぇっくしょ~ん!!!」
「アーリース~!」
「だって~。出ちゃうんだもん」
「我慢しなさい。そしてどうしてもだめだったら、もう少し、“くちゅん”っていう、可愛らしい出し方をしなさい」
「そんなんじゃ出し切った感が無いよ~」
「出し切らなくていいのよ!」
家族の前でだけならいいじゃんと、唇を突き出してブチブチ文句を言うアリスを、夫人以外が大笑いしながら見ていたコンフラン家であった。
*****
結局は、アリスの子供を騙すような方法を提示した宿題③(帝国の第二皇子の心をポキッとする作戦を立てる)が、使われた。
帝国の第三皇子であるエンゾによる分析の結果、小さい頃から皇太子の暴力で恐怖心を植え付けられた彼には、遠回しな脅しよりも子供騙しの様な想像に容易い暴力の方が効くだろうと、前侯爵と侯爵で話し合ってアリス案を急遽活用したのであった。
おかげで領民達は急いでアボリジニの衣装を用意し、海の男達はすぐに落ちる刺青を書かれて、寒空の下半裸にさせられたのであった。
それが功を奏したのか、ビビりまくったユアンが王宮で証拠の契約書を見せられると、一も二も無くヴィルフランシュ王国との今後の更なる協力関係を約束して、帝国へと戻って行った。
それから一月もせずに、帝国から皇太子を離宮で蟄居させ、ユアン第二皇子が皇太子となることが発表された。
そしてヴィルフランシュ王国へは、お詫びの品として多くの貴重な資源が提供され、その中にひっそりと、ユアン皇太子からアリスへ向けて送られた宝飾品が紛れていた。
帝国でしか採れないヴァイオレットサファイアの宝石で作られたネックレスとイヤリングは、正しくアリスの瞳の色に合わせられたかのようだった。
華美過ぎないその装飾は、ユアンがアリスを想って作らせたと知り、ルイは怒りで引き千切ろうとしたが、それは流石に王家が許さず、その宝飾品は無事にアリスの手へと渡った。
その宝飾を身に着けて行われたアリスとルイの結婚式は、コンフラン家とカイゼルスベルク家の集大成とも云える豪華な結婚式で、出席者もそうそうたるメンバーであった。
アデルとラファエルの結婚式と遜色の無い式の後には、アデル達も使ったオープンスタイルの白馬の馬車で、わざわざ平民街を一周した。
この国を救った天使様の結婚式に、民衆は歓声を上げたという。
因みに、この馬車でのお披露目はアデルプレゼンツで、アリスを神格化する為にわざわざ民が喜ぶような催しにしたのだった。
それには理由があり、毒杯によって死刑となったサタネラであるが、死刑までの二週間、毎日九時五時で広場での晒し者の刑にあっていた。
これはコンフラン侯爵が、「え? あれだけの事をしておいて、毒飲んで一瞬であの世に行かせるんですか?」と、とても美しい笑顔で言った事から端を発した。
そして広場で晒し者になったわけだが、平民達からしたら特に何もされていないので、サタネラが広場で晒し者になっていても何も思わなかった。
しかし貴族達は違う。
同じ年代の少年少女達は、多くが彼女に恨みを持っていたし、王太子妃になってからも権力で嫌がらせをしまくっていたサタネラは、貴族の敵が多かった。
彼らが怒りを彼女にぶつける姿を見た平民達は、サタネラがいかに悪魔の様な女であったかを知った。
そうして、神格化されたアリス(天使)対サタネラ(悪魔)をモデルにした戯曲が流行り、その戯曲は何年もの間、色々な国で公演されたという。そして劇としても流行ったそのお話は、色々な劇団が自由に公演する事が許されていた為、ヴィルフランシュ王国の国民全てが知っている。
もちろんここまでがアデルプレゼンツである。
アリスを使って、国民に娯楽を与えて情報操作したのであった。
その後コンフラン家は、次女の女侯爵と、その婿の男侯爵による共同統治によって、近年稀に見る発展を遂げた。
女侯爵が領地の問題点を見つけ出し、男侯爵がそれを解決していくという今までに無いスタイルは、他の貴族家から快く受け入れられる事は無かったが、彼らの代ではうまく歯車が噛み合い、素晴らしい業績の数々を残していった。
仲の良い夫婦だからこそ為せる技であった。
コンフラン家当主の執務室には二つの執務机が並んでおり、二人はいつも相談し合いながら領地経営を行ったという。
夫婦は三男二女に恵まれ、仲の良い家族で有名であった。
妻のアリスは、夫のルイと孫達に囲まれながら、温室で花を愛でている時に、眠る様に亡くなった。
孫達によって呼ばれた、夫妻の長男であり当時のコンフラン侯爵が温室に行くと、夫ルイは妻の体を掻き抱いて号泣していたという。
その時代で最も偉大な騎士として名を馳せた夫から、妻の亡骸を離す事は誰にも出来ず、彼が落ち着くまで温室で二人きりにした。
聞いた者の心が切り裂かれる様な慟哭が止んだ為、長男が温室を覗くと、夫も妻を抱いたまま亡くなっていたそうだ。
アリス・コンフラン前女侯爵、ルイ・コンフラン前男侯爵。享年八十八歳の事である。
その後世界で民主化の波が押し寄せて、ヴィルフランシュ王国も百年以上の時を得て、民主主義となった。
そして、コンフラン家が作り出した教育制度が、新しい国では一般的となっていった。
昨今のヴィルフランシュ中立国の大学生の間では、卒業論文にこの国の基盤を自身の領土で築いていった、二十五代目コンフラン家当主夫妻の生涯を調べる事が流行っていた。
その妻が、歴史上で唯一天使の色を持ち、伝説が残る程の美貌の貴婦人であった事から、多くの作家が彼女をモデルとした話を作り出し、そして多くのファンタジー作品が生み出されていったと言う。
しかし彼女を愛する多くの者達の情報操作によって、近年どれ程多くの人が調べても、二十五代目女当主がぽんこつであったと知る者はいない。
これにて完結となります。
皆様、ありがとうございました!
あと一話、番外編を後ほど投稿いたしますので、お楽しみに^^




