⑭ サタネラの罪とジュリエット
少しの静寂のあと。
貴族たちが国王の無事な姿を目にして、拍手喝さいを上げる中、コンフラン家とアデルは、ずっと子爵とサタネラの馬鹿面を「ざまぁ」と心の中で笑いながら見ていた。
アリスにいたっては「うけけけっ」と声が出てしまっていて、後ろから夫人がそっと手でアリスの口を塞ぐ。
「こ、国王陛下!」
理解が追い付かないサタネラが思わず声を出す。
そちらに目を向けたシャルル国王が冷たい視線をサタネラに向けると、貴族達は拍手喝さいを止めて、これから何が起こるのかと視線をさ迷わせた。
「まぁまぁ。宴は始まったばかりなので、ゆっくり行きましょうよ。ね?」
そう言ってアデルが心の中でニヤニヤしながらも、元王太子妃に美しいアルカイックスマイルを向ける。その時、国王達が入って来た扉から男性が車いすを押しながら入って来て、扉の傍で中の様子を見ている。
車いすに座っているのは、男性よりもさらに年上で、かなり老齢の男性だった。
アリスやルイは、彼らが人目に付かないその場所からでも、この断罪劇を見られるように少し移動した。
それが合図かの様に国王が手を一度叩いて鳴らした。
「これからちょっとばかり、私の子供達が楽しい催しを見せてくれるので、皆も楽にして楽しんでくれ」
国王が笑顔でそう言って、ラファエルとアデルと共に王族席に座った。
「では」
そう言って、アリスは極上の笑顔を一度王族席に向けてから、貴族達に向かって、鈴を転がすかの様に愛らしい声で話し出した。
「いや~。ここまで罪を犯した女性は歴史上いませんよね。良かったですね。歴史に名を残せますよ」
アリスは心底よかったね、という笑顔でサタネラに話し掛ける。手をパンッと自分の顔の近くで軽く打ち合わせて小首をかしげる様に、国王を含めて周りの貴族達は、皆が相好を崩す。
しかしサタネラは、その嘘くさい言動に苛立っていた。
「まぁ、あなたと年代の違う人からしたら、あなたは儚げでか弱いイメージだから、あなたが史上稀にみる悪女だと言われても誰も信じられないでしょう。
だから初めからいきましょう。順番に」
いい事を思いついた!と言わんばかりにそう言って、アリスは満面の笑みでサタネラに対峙した。
「さて。まずサタネラ・ルーアン子爵令嬢という、自己顕示欲の強い女性の話をしましょう。
彼女はその見た目を利用して、歪んだ正義を纏った頭の悪い令息を誑かし、自分にとって邪魔な人間を排除してきました。
その手練手管は見事な物です。
そうして、当時王太子殿下だったアンリ殿下
の恋人だったマノン・シャンパーニュ公爵令嬢を陥れて、次の婚約者となったセリア・リヨン伯爵令嬢をも陥れて、アンリ殿下の婚約者の座を空席にすることに成功しました。
これらに関しては、証拠はありません。
それにわたくし達が調べたところ、あなたは罪を犯してはいない。
人を操り他の人にやらせただけですからね」
自分の手では何もしていないから罪に問われる事が無い事を分かっているサタネラは、取り繕う様に悲しそうな表情を浮かべて瞳をウルウルとさせた。
「そんな・・・。私そんな事」
「だけどわたくし達は、マノン様が階段から落ちて死亡したのは、あなたが手を下したと思っていますよ」
今まで笑顔で話をしていたアリスが、無表情でサタネラの言葉を遮った。
その何もかもを見定める様な、透き通る紫色の瞳に射抜かれて、サタネラは思わず目を逸らす。誰にも見られていないはずだが、学生時代に唯一サタネラが犯した罪を指摘されたからだ。
「マノン様とアンリ殿下は恋人同士でした。そして殿下はあなたに全く興味が無かった。つまりマノン様があなたを階段から突き落とそうとする理由など、無かったのです。
あなたの周りが勝手にその様に発言しただけ。
そして階段からあなたを突き落とす理由が無かったのなら、どうしてマノン様は階段から落ちたのでしょう・・・?」
何かを見定めるかの様にサタネラを見つめるアリスを、誰もが女神の代弁者の様に感じ始めていた。
アリスは再度、天使も真っ青の美しい笑顔を貼り付けた。
「まぁ、これは証拠がありませんから罪には問えません。残念ですが・・・。
そしてその後、アンリ殿下の飲み物に薬を入れて酩酊させ関係を持ったのは、同じ女性として恐ろしいとしか言いようが無いですね。
そうして王太子妃という地位を得たあなたは、人として最低であっても罪は犯さなかった。
17年前までは」
何のことを言われているのか分からないサタネラは、怪訝な表情のまま軽く首を傾げる。
「何の事ですか? 私は罪など犯しておりません」
サタネラの本性を知らない人が見たら、救いの手を差し伸べてあげたくなるような、悲壮感漂う表情でサタネラはイヤイヤをするように首を軽く左右に振った。そして救いの手を求める様に、アリスの横に居たルイに視線を送る。
そのとたん、ルイが汚物を見る様な目を自分に向けてきたことに、サタネラは驚いた。
ルイは心底軽蔑するような低い声で、サタネラの罪を暴露する。
「17年前にあなたは愛人との間に子供を作りましたよね。まさか王家に嫁いでいながら、よその種を仕込むなんて。
貴族ならばただの不貞行為になるが、あなたが嫁いだのは王家ですよ? 理解されていますか?
その血筋が何よりも重要であるのに、他の種を仕込むなんて。立派な姦通罪です。それだけで死刑に値するのです」
気色の悪いと、ルイは吐き捨てる様に言った。驚愕から立ち直ったサタネラは何とか同情を引き寄せようと渾身の技を繰り出す。
「私はアンリ様を裏切ってなどおりません! 彼を愛しているのですから! 不貞なんて知りません!」
わぁっと顔を覆って泣き始めたサタネラを、子爵が庇う様に肩を抱き寄せる。
「貴様! 元王太子妃に対して失礼じゃないか! どこにそんな証拠があるんだ! 証拠があるならここに出せ!」
先ほどから苛立っていた子爵は、大袈裟に喚いた。
彼は、自分達親子以外にはジュリエットしか真実を知らないし、彼女がアリスを陥れるのに失敗して、育ての親から隣国の金持ちの後妻にやられたことを知っていた。
つまり、今の話が本当だという事は、本人が居ない今、自分達しか知らないのだ。
いつも邪魔だと思っていたコンフラン家を偽証罪で葬ってやろうと息巻いた子爵は、ここぞとばかりに責め立てる。
「先ほどから聞いていれば証拠の無い話で、元王太子妃でもあった我が娘に言いがかりをつけるとは!
サタネラがアンリ殿下を裏切った証拠があるなら今すぐ出せ!
今回も証拠が無いのに言いがかりをつけたとなると、もう許す事は出来ないですぞ!
名誉棄損で訴えさせて頂きますからな!!!」
つまらなそうに子爵が喚く姿を見ていた侯爵が、自分を蔑んだ目で見て鼻で笑った瞬間、ルーアン子爵は嫌な予感がして冷や汗を掻いた。
「そこまで言うなら証拠を出してあげましょう」
侯爵に視線を送っていた子爵は、アリスの一言で我に返り、自分の孫の様な年のアリスを恐ろしい物でも見るかのように凝視した。アリスが無表情で右手を軽く上げると、王侯貴族が入って来た入り口の扉が開き、そこにはワンピースを着たジュリエットが騎士にエスコートされて立っていた。
*****
ジュリエットは、東の端に小さな土地を持つリクヴィール男爵家の一人娘だった。
色素が薄い病気のジュリエットは、全体的にあまり色味の無い髪と瞳だった為、茶色い髪の両親とは似ても似つかなかった。そして色の違いだけでなく顔つきも似ていなかったが、自分が両親の子供でないなどとは疑う事もなく、田舎で元気一杯に育った。
ジュリエットの父と母は貴族とは名ばかりで、平民と同じ様な暮らしをしていた。
だけど家族の仲はとても良かった。
歯車が狂い出したのはジュリエットが十二歳の頃。
裕福で無かったリクヴィール家は、娘を王都の貴族学園に通わせることは出来ない為、近くの大きな町にある平民の為の学校に、ジュリエットを通わせた。そこには、ヴィルフランシュ王国の東側にある領地に住む平民の子供達が通っていた。
そこで唯一の貴族であったジュリエットは、その美貌も相まって、その学園に通う男の子達から大変人気があった。
平民でも大きな商家の息子などはジュリエットよりも金持ちで、彼らは競ってジュリエットにプレゼントをしてくれた。
ジュリエットが住んでいた田舎とは違い、東部で一番大きなその街は、綺麗な物、可愛い物がそこら中に溢れている。そして男の子達は、競って自分の欲しい物を買ってくれる。
親の目が届かないところで、ジュリエットの物欲はどんどんと膨らんでいき、そして自分の見た目がそれを満たす事が出来るという事実を知った。
学校に通い出して一年目の冬休みに実家に戻ったジュリエット。
娘が分不相応な物を多く持っている事に気付いた母親が問い質すと、ジュリエットは悪びれもせずに自分の武勇伝を話して聞かせた。しかし両親はそんなジュリエットを叱咤し、それがいけない事であると教え諭した。
しかし理解できないジュリエットは人生で初めて親と大喧嘩し、そのまま休みが明けて学校に戻って行った。初めての喧嘩だった為、幼いジュリエットはどうやってその感情を閉じ込めるのか、どうやって謝るのかが、分からなかったのだ。
そんなジュリエットに、一人の女性が近づいて来たのだ。
学校の男の子に連れられて街のカフェにやって来たジュリエットは、母親の友達だという男爵夫人に会った。
そしてそこで衝撃の事実を知らされたのだ。
「え? 私って養子だったのですか?」
ジュリエットがその事実を知っていると思っていた男爵夫人は、自分が話してしまった事は両親に黙っていてくれとジュリエットに頼んだ。そしてその見返りに、ジュリエットに本当の親について教えると言ったのだ。
「あなたの母親と一緒にこの街にある孤児院のバザーを手伝った時に、生まれてすぐに捨てられていたあなたを養女にしたのよ。あなたの両親は子供が出来なかったから・・・。
だけど、あなたが大きくなると、私はずっとあなたをどこかで見た事があると思っていたの。
そして先日、あなたの本当の母親が誰か知ってしまったの」
そう言ってその女性が教えてくれたのは、ジュリエットが想像もしないほどの高貴な人物の名前だった。
そうしてその女性の紹介で、ジュリエットは本当の母親に会った。
母親だと名乗ったサタネラは、どうしようもなかったのだと、泣きながらジュリエットを抱きしめた。
今までに見た事が無い程に美しい女性が自分の母親。
この人と一緒に居れば、もっといろんな物が手に入れられると思ったジュリエットは、その後も何度もサタネラに会い、彼女の願いで王都の貴族学園に入学する事となった。
そして、ルイを落とす事が出来たら、これからもずっと側に居られるとサタネラから言われたジュリエットは、サタネラの指示通りにルイに近づき、アリスの評判を落とす様に動いた。
全てサタネラの指示通りに。
学園を停学になったジュリエットを、田舎の両親が迎えに来た。
男爵夫妻は、なぜこんな事になってしまったのかと娘を問い質そうとしたが、呆然自失のまま涙を流し出した娘に何も言えず、そのまま娘を抱きしめて家に連れて帰った。
結局退学となり部屋に引きこもってしまったジュリエットに会いに、アリスの父親であるコンフラン侯爵が田舎のリクヴィール領までやって来た。夫妻はジュリエットが殺されてしまうんじゃないかと恐れて、侯爵が何かを言う前に、ジュリエットの前で侯爵に土下座をして娘の命乞いをしたのだ。
そんな両親の姿を見て、ジュリエットは声を上げて子供の様に泣き出してしまい、そんなジュリエットを両親はきつく抱きしめた。
侯爵から聞いた話は、まだ子供のジュリエットには辛い事実だった。
「最初から、仕組まれていた可能性が高いです。あなた方が養子をとった孤児院に一緒に行ったのはリモージュ男爵夫人。かの家は、ルーアン子爵家からお金を借りています。なのであの女が産んだ女児を、あなたに引き取らせる様に仕向けたのでしょう。裕福では無いこの家に引き取られたなら、王都に出て来る可能性は低い。だけど娘の使い道が出来た時にすぐに手元に連れてこれるように、引き取り先は知っておきたかったのでしょう。
そしてあの女は自分の娘を使った。私の娘に嫌がらせをする為だけにね」
ジュリエットは、学園を停学になってから母親から連絡が無くなった事実に、侯爵の話が本当なのだと気付いた。ジュリエットの学費を払っていたサタネラだったが、ジュリエットが失敗したとたん手の平を返して、学費を払ってくれなくなった。そうして結局ジュリエットは、学園を退学する事になったのだった。
「嘘だったのね・・・。私と一緒に暮らしたいから、ルイ様に近づくようにって言ったのは・・・」
涙声で俯き加減でそう呟いたジュリエットを、両側から挟む様に座っている父親と母親が抱きしめてあげる。
そんな家族の光景を見て、侯爵を鼻を鳴らした。
「何でルイ君を落としたら、あの女と一緒に暮らせるのさ」
侯爵の最もな意見に、ジュリエットはもう声を出せなかった。
自分を産んだ母親と、育ててくれた母親。どっちが本当に自分を愛してくれていたのか・・・。
母親の温もりを感じながら、ジュリエットは後悔した。彼女の愛を疑った事は無かった。実の母親の存在を知った後も。なのに何故、実の母親と暮らしたいと思ったのか・・・。
美しいあの人から、愛情の籠った言動を貰ったことなど無いと言うのに。
ただ優雅な暮らしがしたいと思っただけだった。王都に住んでみたいと思っただけだった。
手元に幸せはあったのに。なぜ手放そうとしたのか・・・。
ジュリエットは泣きながら「ごめんなさい、ごめんなさい」と何度も両親に謝った。
「それでも、ジュリエットが王都に出る可能性はゼロではありませんでした。そんなリスクのある賭けをされるでしょうか」
泣き止んだジュリエットを気遣いながら、リクヴィール男爵が問い質す。純朴な彼には、人の命を何とも思わない人間がいるという世界が信じられないのだろう。
侯爵は彼らに警鐘を鳴らす為に、真実を話す事にした。
「ジュリエットが何も知らずに王都に来ていたら、殺されていたでしょう。この子はあの女にそっくりですからね。見る人が見たら、娘にしか見えませんよ」
侯爵の話に夫妻は不安げに視線を交わす。
「これでもう終わりですか? このまま家族三人でこの領で生きて行くのは、問題無いでしょうか?」
「いえ。きっと暗殺されるでしょう。まだ王家の人間にジュリエット嬢は見られていないから、今のうちに殺しておけば、あの女の不貞について誰も証拠を出せなくなりますから」
侯爵の感情の見えない碧い瞳に、夫妻はぞっとした。
「だけど多くの人がジュリエットを見ています! 今更殺したって意味はないじゃないですか?」
「多くの貴族が見ていたって、生き証人さえ居なければ、未だ王族に席を置くあの女を裁く事はできません。
だから、ジュリエット嬢には外国に行ってもらいます。あの女が手を出せない場所に。夫妻も一緒の方が安心であれば、その費用も我が家で準備します」
「どうしてそこまでしていただけるのでしょうか? この子は、お嬢様を傷つけたのに・・・」
男爵の心配は最もだ。
何か裏があるんじゃないかと、男爵は娘を守る為に全てを疑ってかかる。
「私達が望んでいるのはあの女の失脚です。ジュリエット嬢が暗殺されてしまったら、もう不貞であの女を罪に問う事はできません。それだけは避けなければならない。
それに娘は、ジュリエット嬢があの女に利用された事を知って、あなたの心配をしていました。アリスはそういう子なのです」
ジュリエットの脳裏に学園でのアリスが浮かぶ。いつも笑顔で誰にでも気さくなアリスは、一年生の男女からも人気者だった。そしてあの日化粧室で、傷ついた表情で去って行くアリスの姿が瞼に蘇る。
「ううぅ・・・。ごめんなさい。アリス様、ごめんなさい・・・」
ソファからずり落ちて、そのまま床に座り込んで謝るジュリエットを見て、侯爵は留飲を下げる事にした。
ジュリエットを可哀そうだとは思わない。ただただ、愚かに見える。
しかしアリスが許すなら、自分は大局を見誤らない様に冷静に判断するだけだ。
侯爵は温度の無い視線でジュリエットを見下ろすと、小さく息を吐いてから、ジュリエットに提案をした。
「もしも、本当にアリスに申し訳ないと思っているなら、君一人で隣国に行ってもらう方がこちらとしても助かる」
侯爵の申し出に男爵が息を呑む。まだたった十五の娘に一人で外国に行けと言うのだ。
「理由を聞いてもいいですか?」
しかしジュリエットは涙で濡れた目で、真っ直ぐに侯爵を見つめ返した。その目を見て、侯爵は悪く無いと、この家に来てから初めて、ほんの少し笑った。
「家族全員が居なくなると、あの女はあなた方を探すでしょう。見つかれば暗殺者を送られる。だけどジュリエット嬢だけを隣国に行かせられたら、こちらから、ジュリエット嬢がどっかの金持ちの後妻として売り飛ばされたと噂を広めます。そうすればあなた方の命の安全が守られやすくなる」
それは最もだと理解したジュリエットは両親を説き伏せて、一人東側にある隣国、コルドバ王国へと向かった。
その国には、国王の次男であるアンリの弟が王配として婿入りしている。彼の口利きで、隣国の田舎の男爵家に身を寄せたジュリエットは、そこからその国の貴族学園に通い出した。
そうして今日、この決戦の日に合わせて帰国したジュリエットは、コンフラン家に恩を返す為に、大勢の貴族の前に、その姿を現したのだった。




