⑬ 決戦の舞踏会
決戦の日。
コンフラン家の全員が、使用人総出で完璧に磨き上げられた。
特にアリスの出来上がりには、誰もが目を光らせる。
自分の美貌に絶対的自信を持ち、安易な発想で自分を信仰の対象の様な行動を取ったサタネラを、その存在だけで鼻をへし折る事が出来る唯一。
この国でただ一人、天使様と同じ色を持ち合わせたアリス。
今日のアリスのコーデは、ただただこの一点のみ ———。
天使感激増しごり押しつゆだく盛り盛り。
真っ白な衣装は繊細な刺繍がされたシフォンで覆われており、女神の羽衣の様に軽やかだ。アリスの動きに連動して揺れる事で人間味が薄れて、アリスがただ歩くだけでも舞台の踊りを見ているような気分にさせる。
そして天使と同じ黄金色の豪奢な髪は、中央教会の天井画に描かれている天使と同じ様に、どんなアクセサリーもつけずにただ下におろすだけ。しかしその髪はメイド達の汗と涙と努力の結晶で、頭のてっぺんから毛先までつやつやでキラキラ。さらさらでふわふわ。
アリスが階段から降りて来ると、侯爵も夫人も満足げに頷いた。
「このアリスの前で、あの女が女神の振りをしたと嘲笑したら、どんな顔をするかな」
「うふふふ。それは絶対に見たいわね」
侯爵夫妻が陰険な顔で微笑み合っている横で、ルイは階段を降りて来るアリスから一時も視線を逸らさずに夫妻の間違いだけを正す。
「女神じゃないです。聖女の振りです」
「そんなのほとんどの人が知らないんだから、もう女神でいいじゃないか」
「そうよ、ルイルイ。一番大事なのは、あの女が辛酸を舐める事なのだから」
地獄へ落とす前に一つでも多くの嫌がらせをしたい侯爵夫妻。
階段を降りながら両親の話を聞いていたアリスが、夫妻と同じ様な陰険な顔で提案をする。
「なら、お父様がする予定だったぎゃっふんを、私にやらせてください!
私がけっちょんけっチョンにしてやります!!!」
せっかく天使感ごり押しだったのに、力こぶを作って鼻息荒く啖呵を切ったアリス。
もう人間にしか見えないのである。
侯爵と夫人は見つめ合い、アリスが出来るのであればその方が、サタネラに最もダメージを与えられると思った。
「どう思う?」
「確かにそれが一番効果的よね。だけど、アリス。本当に出来る?」
眉毛と目をキリリとさせて、アリスは直立不動で勇ましく敬礼をする。
「あい!!!」
「あ、それはちょっと人間味溢れすぎだから」
「今日は最後まで完璧に天使ごっこしてね」
肩肘張りまくりのアリスを、両親は宥めながら「お前は天使だ」と暗示をかけ続ける。それを俯瞰で見ていたルイは、不安で仕方が無かった。
そんなルイの表情に気付いたアリスが、尊大で傲慢な笑顔でルイに流し目を送る。
「心配しないで、ルイ! うまくやってみせるから! なんせ私はスーパーハニーなんだから!」
アリスがこの顔で大丈夫だと言った時は、いつも大丈夫だった。
ルイはそれを思い出して、苦笑する。結局自分はアリスの希望を無視する事は出来ないのだと。
「分かった。もしヤバそうになったらフォローするよ」
そう言って、ルイは優しくアリスの頭を撫でた。
「うん!」
侯爵家の四人は同じ馬車に乗って、今年最後の王宮舞踏会へと向かう。
馬車から降りて来た侯爵と夫人の美しい姿に、馬車寄せにいた人々が振り返る。
しかし二人の後から出て来た人物に、全員が度肝を抜かれた。
鍛え抜かれた長身の体を、真っ黒のタキシードで身を包んだルイは、黄金色の瞳に蕩けるような甘さを乗せて、馬車から出て来た少女をエスコートする。
その美丈夫にエスコートされて出来てたのは、どこからどう見ても、中央教会の天井画の天使様であった。
馬車も、夫妻も、その全てが、その少女がコンフラン家の次女のアリスである事を指示しているのに。
誰の目から見ても、静かに馬車から降りて来る天使様は、地上の住人である人間には見えなかった。
全ての動きがスローモーションの様に見えて、誰もが意識をはっきりとさせた時には、もう四人は会場ホールに入ってしまっていたのだった。
今回の舞踏会に使われるホールは、王城内になる由緒正しいホールで、今日は全ての貴族が参加をする。
会場へは到着した貴族から順番に、入り口にいる王宮の侍従長に名前を告げる。侍従長がその中から爵位の低い順に名前を読み上げると、名前を読み上げられた家族は、みんなで入り口を潜り会場に入っていく。
扉を超え、数段の階段を降りると縦に長いホールが広がっている。
吹き抜けで二階分の高さがある巨大なホールは、入り口から見て右側が天井まである大きなガラス窓に覆われており、目の前には王族席が見える。
その間を等間隔で輝かせている豪奢なシャンデリアの数々。
低位貴族が入り口付近で待機していると、どんどん伯爵家など中位貴族が呼ばれて中に入って来る。彼らはホールの真ん中辺りで、高位貴族が呼ばれて入ってくるのを談笑しながら待ち続ける。
そうして侯爵家、公爵家が呼ばれて中に入ってくると、多くの貴族の視線が集まる。
残るはコンフラン家とカイゼルスベルク公爵だけになったところで、やっとコンフラン家の名前が呼ばれた。
「コンフラン侯爵、アポリーヌ侯爵夫人、並びにアリス・コンフラン令嬢と、ご婚約者様のルイ・カイゼルスベルク公爵子息のご入場です」
侍従長に名前を呼ばれて、侯爵と夫人が先に、そしてアリスとルイがその後ろから会場の中に入って来た。
侯爵も夫人も、会場の異様な雰囲気を俊敏に感じ取っていた。
数段の高台からホールを見渡してから、ゆっくりと夫人をエスコートしながら階段を降りた侯爵は、前方右手の王族席の近くに、ルーアン子爵がサタネラと共に居るのが見えた。
会場の人間からすると、早々と名前を呼ばれたルーアン子爵が、不敬にも公爵などが居並ぶ場所を陣取った事に嫌悪を感じながらも、子爵がエスコートをしたのが元王太子妃であった事から、何も言えなかったようだ。
それと同時に、まだ王族である筈のサタネラが王族と一緒に入場せず、早々と貴族の入場門から登場したことに、貴族たちは浮足立つ。
それを俯瞰で見ていた侯爵はほくそ笑む。
今回王族で参加をするのはラファエルとアデルだけとなっている。
サタネラが参加するならば、王太子の母親として王族の入り口から入るのが通常であるが、今回夫である元王太子は参加しない事になっているため、サタネラはエスコートしてくれる人間がおらず、父親に頼むしかなかった。
しかし子爵が王族の入り口から入る事は許されない為、サタネラは貴族の入り口から入場するしかなかったのだ。
サタネラはそれが気に入らず、一人で王族の入り口から入場すると駄々をこねたが、今回ラファエルとアデルも貴族の扉から入場すると聞いて留飲を下げた。
ラファエルがただの王子であった時は、いつも貴族の扉から入っていたが、王太子となってからは必ず王族の扉から中に入っていた。なのに今回、国王代理である王太子夫妻が貴族の扉から入場する事に、何の疑問も持たない元王太子妃。
それが、子爵家に辛酸を舐めさせるための一つである事に、全く気付いていない。
侯爵はその時の事を想像して、夫人と楽しそうに微笑みあった。
周りの視線を集めたまま、侯爵家の四人は中央を通って王族席の傍までやってくる。そして中央の階段の前を空けて、ルーアン子爵達とは反対側にあたる王族席から見て右側に陣取る。
しかもいつもは当主であるコンフラン侯爵と夫人の後ろに立つアリスとルイが、今日は前に陣取った。
そうすると、会場中の貴族の視線が、中央の道を挟んだ二家に集中する。
かたやでっぷり太ったルーアン子爵と儚げな風貌だけが取り柄(?)の元王太子妃。
かたや王家の瞳を持つ美丈夫ルイと、天使感激増しつゆだく盛り盛りのアリス。
しかも侯爵夫人からのGOサインにより、何故か本物の天使と勘違いしている為か、アリスは自信たっぷりの笑顔のせいで後光が差している。
別にアリスは、悪を成敗する為に実は女神様が遣わした本物の天使で、ここからファンタジーの世界に突入する事は無い。決して。
ただ役に入りすぎているだけである。
そして役に入り過ぎたのか、アリスは自分が天使だと本気で思い込んでしまったようだ。
恐るべしプラシーボ効果である・・・。
ほんの少しカオスな状況の中、本日の主催者である王族が入って来る。
貴族達と同じ入り口から入ってきたのは、国王代理である王太子夫妻。夫妻が通り過ぎる前に、入り口付近にいる低位貴族から順番に頭を下げていく。
それは通常の儀礼であるが、今回は少し貴族達の気持ちが違った。
アデルは自分という人間をよく知っている。
自分が人にどう見られているか。自分の容姿は人にどの様な感情を持たせるか。
それはもう客観的に。
王子妃であった頃は、自分の儚い雰囲気を前面に出していた。学生の頃と化粧や衣装を大きくは変えずに、だけど人妻になったからあえて少し頑張って大人の雰囲気を出してみました、だけどまだまだひよっこですので王族の風格には到底及びませんよ~、という感じに。
しかし王太子妃になってからは、少しずつ、誰も拒否反応を出さない内に自然と受け入れられるように、少しずつ王妃に相応しい服装や宝石に変えていった。重要なのは、急に変えるのではなく、誰もがいつ変わったのかに気付かない程の緩やかな変化。
そして今日彼女が着ているドレスは、落ち着いたゴールドのドレスにシルバーの糸で刺繍された、女神様の色で作られた最高級の逸品。
ティアラもネックレスも華やかな物を着けて、化粧もしっかりとして、いつもの儚げな雰囲気はどこにも無い。
ラファエルもいつもは下ろしている前髪をオールバックにして、一気に上に立つ者の風格を出している。これもアデル・プレゼンツである。
この決戦の舞台で、サタネラの土俵に乗って戦う必要は無い。
アデルは今日の日の為に少しずつ儚さ設定を無くしていき、本日、満を持して次代の王妃設定を完成させたのである
若いカップルの様な雰囲気があったラファエルとアデル。
だからこそ人々は、一度も国王代理を担った事が無いラファエルが、いきなり実戦で国王代理となる事に不安を覚えたのだ。
しかしそれが馬鹿馬鹿しくなるほど、二人はすでに王と王妃の風格であった。
誰しもが自然と頭を下げて、若いながらも威厳に満ちた次代の王と王妃を迎え入れた。
アデルの視界にサタネラの表情が映る。
サタネラの悔しそうな顔を見て、アデルは心の中で「ざまぁ!」と呟いた。
アデルのアルカイックスマイルが、本物の満足感から出る笑顔に変わる瞬間であった。
サタネラのその表情の意味が、自分の得意分野から戦線離脱したアデルに対してなのか、予算を削られまくっている自分では到底準備する事の出来ない豪華な衣装を着ている事に対してなのか、アデルには分からなかった。
しかし、そんな些細な事はどうでもいい程、サタネラのぐぬぬぬっと言う声が聞こえてきそうな悔しそうな顔にアデルは満足した。
そして王族席へと繋がる階段の前に着いたラファエルとアデルは、丸っとルーアン子爵とサタネラを無視して、アリスとルイに笑顔で声を掛ける。
「アリス、とても美しい衣装だね。この国の至宝にとってもよく似合っているよ。ルイが選んだのかな?」
ラファエルがアリスの衣装を褒めると、ルイとアリスが笑顔で見つめ合った。そこにコンフラン夫妻も話に交じり、軽い談笑が始まる。
その間、自分たちに背を向け続ける王太子夫妻に、ルーアン子爵とサタネラは歯噛みをした。
(こんな大勢の貴族の前で、母親である私を無視するだなんて!)
そう。
たったこれだけの為に、二人はわざわざ貴族達と同じ扉から入場したのだ。
王族専用の扉から入ると、もう既に貴族達がいるホールから上段にある王族席に辿り着いてしまう。そうすると、アリスとルイに話し掛けても、ここまでの屈辱をルーアン親子に味わわせる事は出来なかっただろう。
なんせ今、ラファエルとアデルはルーアン親子にお尻を向けているのだから。
アデルからは見えないが、サタネラの、唇を嚙み千切ってしまうのではないかと言う程の悔しそうな顔を、コンフラン家の面々は愉悦の顔で見つめていた。
サタネラの怒りが沸点を超えそうになった頃、王太子夫妻はコンフラン家との会話を終えて、数段ある階段を上がっていく。そして王族席のある場所に着くと、そのまま振り返って貴族達を上から見下ろす。
それが合図の様に、王族席の横にある王族専用の入り口、コンフラン家の面々がいる側の扉が開き、元王太子が姿を現した。そしてそっとラファエル達の横に立った。
それを見てサタネラが激しく夫であるアンリを睨みつける。
(何で!? あんたが参加しないって言ったから、エスコートする人がいなくて仕方が無く貴族の扉を使ったのに! 何一人澄ましてそっちから入ってんだよ!)
サタネラが怒りで血管が切れそうになっている顔を、今度はアデルも堪能出来てご満悦だった。
さっきはお尻を向けていたので、家族の表情からサタネラの悔しそうな表情を想像するしかなかったのだ。
(あ~、これは気持ちいいわ。これはぎゃっふんだわ)
アデルがそのぐぬぬ顔を堪能していると、再度王家側の扉が開いて国王が、騎士の恰好をしたカイゼルスベルク公爵と姿を現すと、サタネラはそちらに気付いて驚愕の表情で口を大きく開いた。
まさしく開いた口が塞がらない、である。
(((((今日一番の顔、頂きました!!!)))))
めちゃくちゃサタネラで遊んでいる侯爵一家であった。




