⑫ ルイの試練
会議が終わってルイは自分に与えられた客室へと戻った。アリスの婚約者なのに客室を当てがわられているのは、侯爵の嫌がらせでしかない。
家族が住む階と客室がある階が違う為、アリスの部屋へ行くと多くの使用人に見られてしまう。そして即行でチクられてしまうのだ。いつもは別れる時に寂しく感じるが、今日は後ろ髪を引かれる事無く自分の部屋に戻った。
最近ずっと子爵家を見張っていたルイは、体中が悲鳴を上げているのを感じていたが、どうする事もできずに今日まで見て見ぬふりをしてきた。
部屋に戻ってベッドに倒れ込むように寝そべったが、すぐにメイドが湯あみの準備をしてくれたので最後の力を振り絞って起き上がる。
湯あみから戻ると、一瞬で眠りに付く自信しかなかった。そんな状態で部屋にノック音が響くと、無意識に舌打ちが出てしまう。
こんな時間にまだ何かあるというのか・・・。
中の様子を窺っていたのか、扉の向こうの人物は息を呑んで「ごめん」と謝った。
その瞬間にルイの体中を活力が漲り、大急ぎでドアを開けて愛しい少女を迎え入れる。気絶する様に眠りにつく寸前であった事など嘘であるかのように。
「ごめん! アリスだと思わなくて」
ネグリジェにナイトガウンを羽織ったアリスは、湯あみ後の為に化粧をしていなかった。
学園を卒業後は、貴族令嬢の嗜みとして化粧をしていた為、ルイは久しぶりに学園生だった頃に戻ったかのような錯覚に陥った。
「ごめんね、疲れてるのに来ちゃって・・・」
「アリスならいつだって大歓迎だよ! だけど・・・」
ルイが怯える様に辺りを見回すので、アリスは笑ってしまった。
「この屋敷の人はみんな私の味方だもん。
ルイが私の部屋に来たらお父様にチクられるけど、私がルイの部屋に行く事を見張るようには言われてないから、彼らは何もしないわ」
目から鱗が落ちたルイ。
それならもっと早くアリスを部屋に呼べばよかったと、時間を無駄にしたかの様に感じて心の中で地団太を踏むルイ。
その喪失感を埋めるようにルイはひょいっとアリスを抱っこすると、そのままソファまで連れて行って、自分の膝の上に座らせた。自分の腿を跨がせて、向かい合う体勢になる。
そしてアリスの胸元に顔を埋めて、アリスのたわわを存分に味わい始めた。
今日父親から、ルイがこの数日間にしていた事を聞いたアリスは、心身共に疲れているであろうルイの為に、彼の奇行に目を瞑って好きにさせてあげる。
しかしそれは人の頭の中を覗けないから許せるのであろう。
ルイがどんな変態的な事を考えているかを知ったら、流石のアリスも汚物を見るような目でルイを見たに違いない。
(あ~、ヤバい。いい匂い。柔らかい。ずっとここに住める。永遠にここで息をしていたい・・・。
くんかくんかし過ぎたら変態だと思われて嫌われる。だけど止められない・・・。
頑張れ、俺。次が最後のくんかだ! ・・・。
あ~、無理。
目の前にあるのに、ラス一ってどうやって決められるの? 無理じゃない?)
煩悩だらけでずっと自分の胸元に顔を埋めているルイを、褒めてあげるようにアリスはルイの頭を優しく撫で続けた。
だけど胸元で呼吸を繰り返されるのはとても恥ずかしいので、出来れば後数分で止めて欲しいな、とは考えている。
コンフラン家の会議で、アリスがエマと再会した後にエマが情報を流したいから侯爵に会いたいと、医院長を通じて連絡して来た事をアリスは今日初めて知った。
連絡を受けた侯爵はルイを連れてすぐにエマに会いに行ったという。
どうせ大した情報を持っていないだろうと、侯爵は大した期待はしていなかったらしい。
エマの母親は王都にある酒屋で働いていた平民であった。
酔っ払った子爵とお金で一夜を共にし、エマを授かった。
しかし他にも相手が居たために、誰が父親かわからなかった。
しかしエマが育つと、母親は子爵がエマの父親だと気づきエマを子爵に売った。
五歳でいきなり母親から引き離され、母親が数枚の銀貨を手に振り返りもせずに去って行った事が、エマの心に大きな傷を作った。
エマは十歳までルーアン子爵家で、令嬢教育に合わせて多くの事を覚えさせられた。子爵がエマの使い道を考えあぐねていた事が読める。
結局令嬢教育もうまくいかなかったエマは、その人畜無害な見た目を利用して、海賊の誘拐の手伝いをさせられていた。それは三年にも及んだ。
一体どれぐらいの子供がその間で誘拐されたのか、エマは把握していなかった。
だけど、彼女が知っている事は小さな事から重要な事まで、思いの外多かった。
彼女が幼かったからか、誰もがエマの前では口が軽かったようだ。
母親に捨てられた記憶がエマの子供時代を奪い、回りの大人の顔色を見て空気の様に生きて来たエマは、多くの情報を自分の物にしていた。
その中で一番大きな情報が、この戦いの勝敗に大きく影響を及ぼす。
「ある人が言っていたんです。帝国と同盟を組んだ契約書があるそうです。彼らに協力して得たお金と一緒に保管しているそうです。
私が海賊の頭領と引き合わされた時、子爵の執務室に隠し部屋があるのを見ました」
それが手に入れば、サタネラ共々子爵家を闇にほうむる事ができる。
それからルイは毎日子爵家を見張り続けた。
来る日も来る日も交代で見張り続け、子爵の一日のルーティンや、子爵家の人々や使用人の出入りなども調べあげた。
そして決行日は、子爵が長く家を空ける議会の日に決まった。
侯爵が近日中に決行すると言った次の日に、国王の危篤のニュースが流れ、ルイは一瞬、侯爵が本当に国王に毒を盛ったのでは無いかと疑った。ほんの一瞬だが・・・。
国王が倒れたニュースが流れると、子爵は直ぐに議会の招集を議長に提出した。
議会の初日で決着をつける筈が思いの外時間がかかったのは、父親が議会に参加し出すと、代わりに息子が執務室に入り浸るようになったからだ。
見るからに放蕩息子である嫡男は全く仕事を手伝っていなかったが、父親が外出すると執務室をあさりだしたのだ。そうして隠し金庫を見つけると、お金を持って出て行ってしまい、それ以降戻ってくることはなかった。
彼がなかなか隠し金庫に気付かなかった為に数日を無駄にしたルイは、彼が戻ってこない事を確認してから、執務室に忍び込んだ。そしてコンフラン家の影の部隊と共に何とか隠し部屋を開ける事に成功して証拠を見つけた。
他に余罪が無いか調べたところ、裏帳簿も見つかり、誘拐した子供達を売った売人も分かった。
ほとんど眠れていなかったルイは少しハイになり、まるでおもちゃ箱の中を探るように、興奮した状態で隠し部屋の中を荒らしまくったのだった。
ルイはそんな地獄の日々を思い出しながら、目の前のアリスを見つめる。アリスはずっと他愛の無い話を続けている。その愛らしい声をBGMに、アリスの瞳に自分が映っている幸せに酔いしれながら、何度もうっとりとアリスの髪を梳く。お風呂上がりのアリスはシャンプーの匂いがする。それが温まった体から発される熱と共にルイに襲い掛かってくるのだ。
もう話の内容など頭に入って来ず、ルイはアリスのわがままボディを満喫していた。
「それでね、ルイはどんなウエディングドレスがいいと思う?」
「ア・・・・・・・・・・・・・」
(あぶね~。気が緩んでて『アリスなら何着ても似合うから、何でもいいよ』って言いそうになった)
ルイは夢心地から急に冷や水を掛けられたように震え、昔の恐怖体験を思い出していた。
あれはアデルの出産のために、ラファエル共々コンフラン家に義姉夫婦が滞在していた時の事。アデルは体調不良であまり機嫌がよくなかった。その為ラファエルからの緊急要請で、アリスとルイが二人の部屋に顔を出したのだ。
そしてアリスのおかげでほのぼのと四人でお茶を飲んでいたが、アリスが夫人に呼ばれて三人になった時に事件は起こった。
アリスが居なくなった瞬間に、アデルが気だるそうにラファエルに話し掛けた。
「明日のお茶会に着る服をまだ決めていなかったわ。どうしよう・・・。面倒くさいなぁ・・・」
妊娠中だが、派閥の奥様方とのお茶会は必須という事で、あまり体調が良くない中で準備をしていたアデルは、ストレスMAXだったようだ。
「どれがいいと思う?」
「何でもいいよ」(すごく笑顔)
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そう。
じゃぁネグリジェにするわ」
「え!?」
「何か文句あるの? 何でもいいって、言ったわよね?」
「いや、さすがにネグリジェで他の家門の奥方達とお茶をするのは・・・」
「じゃぁ、何で、何でもいいって言ったの? 私の問いを軽くあしらったの? 私の事軽んじてるの?」
どんどん怒りが加速していき、もうラファエルの返事など聞かずただただ怒鳴った。
それはアリスが戻ってくるまで続いたのだった。
その日、ルイは帰ることが許されず、ラファエルの反省会に付き合わされた。
「一体何がダメだったんだと思う?」
「何かがダメだったわけじゃなく、何にでも当たりたかっただけじゃないですか?
ほら、女性には〇〇・ブルーという日があるのでしょ? そういう日は、何してもダメだって聞いたことあります」
「じゃぁ、マタニティー・ブルーって事?」
「う~ん。そうじゃないですか?」
そもそも何も分かっていないルイに聞いても意味は無い事に、気付いていないのがラファエルの失敗である。
深夜にラファエルから解放されてルイが用意された部屋に向かうと、ベッドサイドに一冊の小説が置いてあった。
そしてメモが一枚。そこには、『私より何でもオールマイティに着こなせるアリスだから、ルイルイは地雷を何度も踏みそうなので』と書かれていた。
意味が分からず、その日ルイは、寝ずにその恋愛小説を読破した。
そして知ったのだ。
女性に言ってはいけない台詞の第3位、「何でもいいよ」。
ラファエルにとってもルイにとっても、愛する女性は何を着ていても愛らしいし大好きなので、本当に何でもいいのだ。
だけどその台詞はダメなのだ。
ルイはその日、その事実を知って震えあがったのだった。
アリスの問いかけから、「あ」の口のまま、コンマ3秒で恐怖体験を思い出したルイは、蕩けるような甘さを秘めた黄金色の瞳をキリリとさせて、正解を叩き出す。
「アリスなら何着ても似合うから好きなのを着たらいいと思うけど、プリンセスラインはどうかな?
結婚後は、もう着ることがないだろう?」
「確かに! 最後に着るにはいいかもね?」
あの日のラファエルの失敗を、自分に活かしたルイはやはり出来る子である。
「じゃぁ、色は何色にしようかな?」
「え? 結婚式は白でしょ?」
「白色って、200色あるのよ?」
「いや、それは嘘だよ」
「本当だよ。お姉様が言ってたもん」
「・・・マジか!」
アデルの言う事は100%聞き分けるアリスとルイ。
「まぁ、色は・・・デザイン決めてからでいいんじゃない? デザインとベールに合わせた方がいいと思う」
「そうだね!」
アリスの満面の笑みを見て、ルイは幸せを噛み締めた。
何気ない会話が、何よりも幸せを感じる。
二人はそのままベッドに横になり、眠りにつくまでたわいの無い会話を楽しんだ。
しかし寝落ちする間際、アリスが渾身の一撃をルイにお見舞いする。
「ルイ、だーい好き!」
笑顔でそう言って、アリスはそのまま夢の中へ。
ルイは目をギラギラさせて、結局朝まで一睡も出来なかったのだった。




