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【完結済み】スーパーハニーになりたくて。 ~ポンコツ令嬢はスパダリ製造機~  作者: 西九条沙羅
第三章

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⑩ 来たる、お茶会!



お茶会。




それは「おほほ」「おほほ」「ざます」と、ただお茶を飲む会では無い。






優雅に遊んで見えるお茶会の裏側は、女の戦場である。




ライバルには牽制、自分よりも高位の貴族には顔つなぎ、もしくはよいしょしまくり上げまくり。


笑顔の裏でそんな事をしながらも、しれっと自領の特産物を使用した物を流行る様に、トレンドを自分の都合の良い方向へ持って行く。


「おほほ」「ざます」と笑っているだけでは無いのだ。






コンフラン家に嫁いで来た当初から、現侯爵夫人であるアポリーヌは社交界を牽引してきた。


学生時代には男子と交じって騎士科で剣術を習い、乗馬クラブの部長であった彼女は、同世代の女子から男装の麗人として圧倒的な人気を誇っていた。


さらにドレスを着て令嬢然と微笑みを浮かべれば、その華やかな美貌で男子をも虜にした。


そんなアポリーヌは、嫁いできてすぐに前侯爵夫人のお茶会の采配を任されて、そこで見事なティパーティを開催し、重鎮達からも大変可愛がられた。




それは全て、アポリーヌの努力の結晶であった。




ただ、王太子妃であったサタネラを社交界から爪弾きにし、彼女に辛酸を舐めさせるためだけにされた努力。




マノンへの復讐が無ければ、こんなに大変な地位など手にしたくは無かった。


しかし、手に入れた事によって、守れた事も多々あるのも事実だ。








アリスが卒業して二週間後の、七月に入ったすぐの日曜日に、コンフラン家でお茶会が開催された。


重鎮から今年の卒業生まで、高位貴族の貴婦人方が参加したこのお茶会は、現侯爵がアポリーヌの為に、邸の裏庭の一部に作った向日葵畑で行われた。


貴族夫人から見向きもされない向日葵だが、アポリーヌが生まれ育った土地では多く栽培されて、向日葵オイルが数少ない特産品の一つだ。


アポリーヌはいつも空に向かって花開く向日葵が一番好きな花だった。


それを聞いた侯爵が、アポリーヌとの結婚記念に、広大な裏庭の一部に向日葵畑を作った。


食用に栽培される向日葵とは違い、大輪の花を咲かせる観賞用の向日葵で作られたこの向日葵畑は圧巻である。


しかしアポリーヌはここに貴婦人たちを連れて来た事は無かった。


常に凛然とした佇まいで社交界を牽引する侯爵夫人であったが、王都に初めて出て来た時に王都の少女達につけられたトラウマが、今でも彼女の心に影を落としている。


彼女の努力により培ってきたセンスには自信があるが、田舎のお転婆娘の頃に愛した物に関しては、自信を持って人々に紹介出来ないのだ。


アリスは常々それをもったいないと思っていた。


田舎育ちであろうと王都育ちであろうと、素晴らしいと思う気持ちに違いは無いし、たとえ相容れ合うことが無くとも、だからと言って非難される覚えはない。


好みとは人それぞれ。




なのに人とは違うものを好んだだけで後ろ指を指されて足を引っ張られる社交界に、アリスは一石を投じたかった。




向日葵畑が見える所に作られたお茶会会場。




年配の婦人方の為にテーブルセットを用意し、その側で向日葵畑の目の前の芝生の上に、令嬢や若奥様の為にカーペットを敷いてピクニックスタイルを取り入れる。

二つのスタイルを取り入れたこのお茶会は、会場を目にした招待客から歓声で受け入れられた。

自分が知らぬ間に会場を変えられた事に、アポリーヌは最初不安に駆られたが、誰もが目の前に広がる向日葵畑に感嘆の声をあげているのを見て、ほっと胸を撫でおろした。



「向日葵が多く集まると、こんなに美しい景色になるだなんて、初めてしりましたわ」


現国王の姉姫を母に持つダンケルク公爵夫人が、うっとりと目の前の光景に目を細めた。


彼女は社交界の大御所であり、アポリーヌが初めてコンフラン家のお茶会を采配する際に、前侯爵夫人から口が酸っぱくなるほど注意された要注意人物だった。たとえ社交界を牛耳っているのがアポリーヌであっても、彼女の一言で全てが覆ってしまうのだ。



「そう仰って頂けてとても嬉しいです。向日葵は母の好きな花で、父が結婚のお祝いにこの花畑を用意して母をコンフラン家へと迎え入れた、わたくし達にとっても、とても思い入れのある場所なのです」



今までアルカイックスマイルで、そつなく招待客へ対応していたアリスが満面の笑みで公爵夫人に説明をする。

それは貴族令嬢としては失格の笑顔であったが、公爵夫人は優しい眼差しでアリスの話に耳を傾けた。


「侯爵家の皆様は大変仲がよろしいと伺っておりますが、羨ましいことだわ」




公爵夫人のその一言で、固唾を呑んで様子を見ていた令嬢たちや若奥様達はホッと胸を撫でおろし、各々がこのお茶会を楽しんでいた。


別の公爵家へ嫁入り予定のイザベラもこのお茶会に参加しており、アリスのお茶会が成功するよう援護する為、アリスの側に陣取って、向日葵畑や出されたスィーツを褒めそやした。




順調な滑り出しでスタートしたお茶会であったが、やはり揚げ足を取りたがる女性はどこにでもいるもので。


今日も今日とて真っ白なドレスを着たアリスは天使感盛り盛りで、社交界の重鎮にすら受け入れられている事に心の中を嫉妬で黒く染めたのは、とある伯爵家嫡男の若奥様。

アデルが卒業後に学園に入学した彼女は、侯爵家の娘で真っ赤な美しい髪を持つ、当時学園のマドンナであった。


学園を卒業後に、その栄光を盾に伯爵家に嫁入りしたが、うまくいっていなかった。


政略結婚の夫は彼女に興味が無く、学園のマドンナであった彼女のプライドをズタズタにし、美貌の上に胡坐を掻いてあまり勉学に励んでいなかった為に、現伯爵夫人からは役立たずと毎日怒られて、彼女のプライドはボロボロだった。


だから、アリスに恨みがあったわけでも無く、ただ誰かを傷つけたかったのだ。




「この前知人に聞いたのですが、大変でしたわね、アリス様」



紅茶を一口飲んでから、人畜無害な笑顔をまとって労わる様な声音を出す。



「アリス様が傷物だという根も葉もない噂が出たそうじゃありませんか」


夫人は片手をそっと頬に添えて、あたかも心から心配しているかの様に眉根を寄せる。

イザベラや、アリスの同級生達が息を呑んだ。



侯爵夫人はアルカイックスマイルで武装しながらも、心が冷えて行くのを感じた。


アリスが初めて主催するお茶会を完璧にする為に、派閥の女性や中立派の女性しか呼んでいない。それなのに自分の(テリトリー)で、自分の娘に攻撃をしかけてくる人間がいるなんて。


アポリーヌは自分の人選ミスに、心の中で歯噛みする。



「いえ、私は信じておりませんのよ? だけどそんな噂が」「噂ではありませんよ」


アリスはケロッとした顔で彼女の言葉に被せた。


「え?」

「わたくしの腹部に傷があるのは事実です」



ふっかけた本人も、事情を知らない貴婦人方もざわざわとする。

噂だけでも不名誉な事なのに、アリスが肯定したからだ。

誰もが固唾を呑んで発言をしない。しばしの空白の後・・・




「で?」




アリスがこてんと首を傾げる。



「え?」

「今この話題を出してどうされたかったのですか?」


イザベラはアリスが怒っているのかと思って彼女の表情を窺い見たが、アリスは心底そこが疑問であるという表情だった。


「急に話題を変えられたので、どうしてもこの話をしたかったのだと思いまして」

「私は別に、あの」


夫人は顔を真っ青にしてしどろもどろになる。

次期伯爵家当主の妻である彼女は、現在ただの侯爵令嬢であるアリスより身分が上だ。

しかしここには、自分より身分が上の、アリスの母親である侯爵夫人もいる。

自分がストレス発散の為に、考えなしに迂闊な発言をした事に、彼女は今更ながらに冷や汗を掻いた。


「あなたも傷があるのですか? だから話したいのでしょうか?」

「な! わたくしに傷などありませんわ! 失礼な!」

「どうして失礼なのですか? ただの事実確認です。あなたもそう思ったからこの話題を出したのでしょう?」

「いえ、その。あの・・・」



彼女の顔色が青を通り越して真っ白になる。

彼女の義母である現伯爵夫人も、自分の義娘のありえない失態に呆然自失である。

侯爵夫人の方を見ることも出来ずに、口を開きっぱなしで嫁を見つめる。



「不思議ですね。あなたにとってはセンシティブな会話なのに、わたくしにはふるだなんて・・・」


天使の様な美しい微笑みで、アリスは招待客の顔を順番に見つめる。

アリスの座っている場所は向日葵畑を背にしている為、全員がアリスの一挙手一投足を見ることが出来る。

彼女は全員の目が自分に向けられているのを確認してから、誰もが惚れ惚れとする笑顔で失礼な発言をした夫人に顔を向ける。



「でも構いませんよ。傷があろうと無かろうと、わたくしの価値には変わりがありませんから」

「そんなはず・・・」


そう言いかけて、彼女は口を閉じた。


確かにアリスの美貌は他の追随を許さない程に美しい。

そして彼女はこの国髄一の資産家の娘であり、後継者候補だ。

学園のマドンナと持て囃された自分よりも、彼女は多くの物を手にしている。

そして、アデルとアリスがいない学園で、マドンナであった自分。

それに気付いて、彼女の顔は恥辱で真っ赤になった。



「貴族家の当主夫人に必要なのは家を切り盛りする能力であり、後継を産むことです。

わたくしのお腹に傷があろうとも、それらに何ら影響はありません。

まぁ後継を作ることに関しては、婚姻前なので不明ですし、出来なかったとしてもわたくしの責任とは限りません」


アリスの発言に、テーブル席に居た夫人たちからどよめきが起きる。

未だに子を作れない家では、女性側の問題とされる。

なのにアリスは堂々と、男性の責任の可能性も示唆したのだ。内輪のお茶会であってもこの様な公共の場で。


「不思議ですよね。戦後女性達はコルセットから逃れられたのに、それ以上の地位向上には挑戦しなかった。

やっと法律で女性が当主になる権利が得られたのに、プロヴァン伯爵以降は、お姉様のお友達一人だけしか女性当主はいません。

どうしてでしょう」



アリスは心底不思議だという表情で、全員の顔を一人一人見る。

カーペットに座っているメンバーの中には、それに不満を持っている令嬢もいた。アリスの一石に瞳を輝かせて見つめる。

そしてアリスは、ゆっくりとテーブル席のメンバーの表情も一人一人見つめ、最後にダンケルク公爵夫人で視線を止める。



古き良き時代を愛する人々。



夫の所有物であることが当たり前だと、洗脳されて育った女性達が重鎮として社交界にいる限り、今の世代の子供達は誰も声を発することが出来ない。





ダンケルク夫人がアリスを見つめ返す。


その視線には、好意も不信感も無かった。ただそこにある物を見つめる様に、温度の無い瞳。





「アリス様が仰る事はもっともですわ」



テーブル席からいち早くアリスの肩を持ったのは、プロヴァン伯爵だった。



「女性だけが息をしづらい環境なのは、不公平ですわよね」



プロヴァン伯爵の発言で、若い世代はこれからどうなるのかを期待を込めた目で辺りを窺う。

しかしテーブル席の婦人方は戸惑った様に視線が、プロヴァン伯爵とアポリーヌ、そしてダンケルク公爵夫人へと行ったり来たりする。


そんな様子を俯瞰で見ていたアリスは、プロヴァン伯爵の発言におどけた表情で返す。


「そうですわ。女だけが傷を作ってはいけなくて美しくないといけないだなんて。それならわたくし達も綺麗な顔をした、傷の無い男を結婚相手に選びましょうよ」


「あたくしそれなら、ロン毛の色白美人がよろしいですわ!」


いきなり何かのスイッチが入ったイザベラが、興奮した声で立ち上がって力説した。

これには、イザベラの嫁ぎ先である公爵家の夫人、つまりイザベラの未来の姑が驚いて仰け反ってしまった。

息子がロン毛でも色白美人でもないからだ。


アリスのクラスメイトだった侯爵家の令嬢も楽しくなって会話に参加する。


「わたくしなら年下の円らな瞳のワンコ系が良いですわ!」

「まぁ、あなたショタコンなの?」

イザベラが同級生の気安さで、彼女の趣味に苦虫を嚙み潰したような顔をした。


「べ、別に未成年好きとか、そんなんじゃないのよ! ただ、自分に甘えてくるような年下系が好きなだけで」


焦って言い訳をする彼女とイザベラの顔に、若い世代がどっと笑う。



「それでしたら、わたくしは傷があっても構わないので、体の逞しい騎士様が好みですわ」

「わたくしも!」


そこらじゅうでやいのやいのと好みについて楽しそうに談義する。

それを聞いて、アリスが話し出す。



「わたくしも逞しい剣士の様な方が好みです。

婚約者のルイにも体に傷がありますが、それは彼の価値に何の汚点にもなりません。

彼はとても優秀で、わたくしと彼、どちらが侯爵になるかはまだ分かりませんが、彼には立派な当主になる能力がありますし、わたくしの夫になるのに傷は何の影響もありません。


彼もわたくしに同じことを言ってくれます」




アリスは真っ直に、自分を陥れようとした夫人に目を向けた。




「わたくしの傷は、わたくしの価値に何の影響もなく、わたくしはわたくしなのだと・・・」




カーペットに座っている若い世代は、噂に聞いているカップルの甘い会話の一部に大興奮している。

そこらじゅうできゃっきゃとはしゃぐ声がする。



それを見ていたテーブル席の婦人方は、黙り込んでしまった。


ここで最初に発言をするのは、プロヴァン伯爵か侯爵夫人、もしくはダンケルク公爵夫人のみ。

しかし侯爵夫人は何も発しない。ここで家族が味方になっても、アリスの一石に大きな波紋を期待できないからだ。

同じ様に、既に一石を投じて伯爵位を手にしたプロヴァン伯爵も、アリスの一石が最も大きな意味を持つように黙り込む。ただ視線をダンケルク公爵夫人に向けたまま。


しかし、公爵夫人も何も言えなかった。そうやって生きて来た自分の過去を否定する事になるから。



それを感じ取った侯爵夫人は、ダンケルク公爵夫人の瞳に拒絶の色が無いのを見て。



「これからの社交界を牽引する次世代は、あの子達ですから」



ダンケルク公爵夫人に向けて一言、それだけを言って、アポリーヌは優雅に紅茶を飲んだ。


ダンケルク公爵夫人も、笑顔で「そうね」とだけ呟いて紅茶を飲む。




ただそれだけ。






しかしそれだけで、今日社交界が変わったのだ。






公爵夫人の腹心である伯爵夫人が、小声でそっと尋ねる。




「よろしいので?」



公爵夫人はそっとアリスに視線を送り、彼女を見つめながら笑顔で呟いた。



「良いのよ。私達沈黙の世代は、このまま沈黙を貫き通しましょう」



その会話に聞き耳を立てていたアポリーヌはホッと胸を撫でおろして、プロヴァン伯爵と微笑み合った。





笑顔で令嬢たちと話すアリスを、アポリーヌは誇らしげに見つめた。






(あの子は今日、どれほどの事を成し遂げたのか、本人は分かっているのかしら)






愛娘を優しい眼差しで見ていた侯爵夫人の母親の顔を、微笑まし気に見ていたプロヴァン伯爵は、侯爵夫人の心の中が雷雨へと変化したことに気付かずに、アリスの笑顔の様な向日葵を見て紅茶を楽しんだのだった。








(あの子、ちょっと興奮して歯を見せて笑ってしまってるじゃないのよ。明日から再度教育のし直しね)






悪寒を感じたアリスが周りを見渡すと、笑顔の母親の頭から角が生えている幻覚が見えた。




「ぎょえっ!!!」




十八歳にもなってお尻ぺんぺんされるアリスであった。

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