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【完結済み】スーパーハニーになりたくて。 ~ポンコツ令嬢はスパダリ製造機~  作者: 西九条沙羅
第三章

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⑥ これからのこと



翌日、いつも通りの時間に目が覚めたアリスは、薄暗い部屋の中、身動きをせずに天蓋付きのベッドの天井に描かれている天使の絵を見ていた。


もう学園に通う必要は無い。


だけど、当主補佐でも侯爵夫人でも無いアリスに予定は無い。


アリスは、自分が今までずっと目指していた道が、急に目の前から無くなってしまったような錯覚に陥った。


何者でも無い自分が、無価値に感じたのだ。




どれほど勉強を頑張っても、アリスはやっと十番台に入れたような成績である。


伯爵家嫡男達よりも低い成績だったのだ。


そしてルイはずっとトップの成績だった。




わざわざ父親に聞かなくてもわかる。




ベッドの天井に描かれている、巨匠の手によらない天使の絵が涙で滲んだ。






「んぎゅー!!!」




アリスは涙を誤魔化すかの様に布団を蹴飛ばして、大きなベッドの上で特大の伸びをする。

夫人に見られたらお尻ぺんぺんされる。

貴族夫人は寝起きに伸びなどしない。ただしとやかにベッドから起きなければいけない。

その前に、そもそも布団を蹴飛ばしてはいけない。

起きた瞬間から貴婦人失格のアリスであった。




アリスはそのまま伸びをした体勢のまま、ベッドの端から端までゴロゴロゴロゴロ行ったり来たり転がり続けた。


そして少し息があがり満足すると、ベッドから起き上がって両手でカーテンを勢いよく開く。


しかし天井の高い貴族家のカーテンは、令嬢が両手で力いっぱい開いたとしても、カーテンレールからビクとも動かない。


ただカーテンがふぁさっと開いて、アリスを窓の傍に閉じ込める様に包んだだけだった。

カーテンを開けるのに失敗したアリスは、失敗などしていません、想像通りですと言いたげな顔で窓を開けてテラスに出る。

スーパーハニーは失敗しないのである。


テラスの柵に肘を突いて、気だるげな表情で庭を見つめるアリス。



(やだな。メランコリーな気分になっちゃったわ。これが大人の階段を上るってことなのかしら)



ちょっとだけ大人な雰囲気を演出して自分に酔いしれ、「うふふ」と静かに笑いながら髪をかき上げる。


そうすると、満足したのかアリスは、「大人の階段を上って、メランコリーナの自分を自嘲する大人の自分」という寸劇を止めて、朝の空気を大きく吸い込むと、フンスと鼻から大きく吐く。





(私は私だもの。今から何者かになればいいだけ)




広大な庭を眺めて出来る子のアリスは、自力で気持ちを上向きに持っていくのに成功した。








「頑張れ! 私! 営営王―!」(エイエイオー)





空に大きく拳を突き上げたアリスの大声に、木に留まっていた鳥達がビックリして飛び立って行ってしまった。






食堂に行くと、パウロだけが朝食を取っていた。

三年生は卒業したが、在学生はまだ終業式まで数週間ほど残っているので、彼は今日も登校しなければならない。

侯爵夫妻は昨日の卒業パーティからアリスと一緒に戻って来たが、その後二人で娘の成人を涙しながら、思い出話に花を咲かせながら明け方まで飲んでいたようで。


「叔母様は僕の為に起きて一緒に朝食を取ろうとしてくれたみたいだけど、頭痛で悶えているんだって」

「何してるのよ、あの両親は・・・」


理由を聞いて、アリスも呆れてしまう。



ゆっくり朝食を頂き、アリスはパウロをエントランスホール迄見送った。

そこで侯爵に呼ばれているとセバスチャンから伝言を受け取る。




「お父様はもう起きているのね」

「はい。旦那様はザルですので、昨夜の深酒の影響は全くございません」

「お母様は二日酔いなのに?」

「はい。旦那様の趣味は、お酒に酔わない旦那様に挑む、負けず嫌いな奥様を酔い潰す事なのです」


「・・・・・・・」


「大人のお遊びです」



アリスは、自分には知らない世界がまだまだ有るのだなと思い、感慨深げに窓の外の木々の緑を横目に、セバスの後ろをついて父が待つ当主の執務室へと歩みを進めた。





アリスが執務室に足を踏み入れると、そこには見慣れない机が侯爵の執務机の傍にあった。


当主の執務机よりも小さいが、そのマホガニー製の執務机は精巧なデザインが彫られており、一目で高価な物であるとアリスでも見てとれた。



アリスは、それがルイの為に用意された机だと思った。

これから父の傍で、当主の仕事を教わる後継者の為の机。


アリスが少し寂しそうな目でその机を見ていると、侯爵がその机を撫でながらおどおどとアリスの顔色を窺う。



「え? これ、気に入らなかった???

やっぱり女の子はピンクとかが良かった???」


侯爵とセバスチャンが、この机がどれだけ素晴らしく、そして使い勝手が良いかをアリスに手振り身振り大袈裟に説明をする。


「え!? 私の机なの?」


「そうだよ。アリスは当主になりたくて、その為に頑張りたいんだろう?」


ビックリして目玉をかっぴらいたアリスの頭を、 侯爵が優しく撫でる。

戸惑う娘の顔を見つめると、美しいヴァイオレットサファイアの瞳に涙の膜が張った。



「ルイが・・・。ルイの机だと思った・・・」

「お父さんはまだ後継を誰にするか、発表してないだろう?」

「だけど・・・」



侯爵は優しく娘を誘導し、執務机の前にあるソファに座らせる。




「アリスは、素晴らしい当主ってどんな人だと思う?」

「え? どんな人?」


アリスは一生懸命に考える。

ルイの方がふさわしいと思うのは、ルイがアリスより学校の成績も良く、そして問題を解決する能力もあるからだ。

だけどアリスは、父が望んでいるのがそれでは無いのだと、気づいた。

アリスはうんうん唸りながら考え込むが、答えが出てこない。

そんな愛娘を微笑ましく見ていた侯爵は、セバスチャンが用意してくれたコーヒーを一口飲む。アリスの前には紅茶が用意された。もちろんクッキーも。

学園を卒業しても、セバスチャンはアリスを子供扱いする。




「ルイは素晴らしい当主になるだろう。ルイの決断力と瞬発力は、彼の類まれな才能だ。

だけど、ルイは領民を愛していない」

「・・・そんな事、無いと思う」

「大事にはしているだろう。だけど愛してはいない。あの子の目はいつだってお前しか見ていないんだよ」



アリスは父親のその一言に頬を染めて、俯いてしまった。



「アリス? お父さん、今とっても大事な事を言おうとしてるからね? 照れていないでちゃんと聞きなさい? 


おーい! 聞いてる~?」


身を乗り出した侯爵は、テーブルに手をついて、照れて俯いたアリスの顔を下から覗き込む。

アリスが現実世界に戻ってくると、侯爵はコホンッと一つ咳ばらいをしてソファに座りなおした。



「あの子の基準は、アリスが喜ぶかどうかで。領民を大事に思い領民の為に努力をするだろうが、それだけなんだ。困っていたら助けるだろう。だけどそれだけだ。

でもお前は、領民を愛しているだろう? いつだってその人と目線を同じにして、手を差し出す。お前は困っている人がいないか、探すだろう。


それはルイには無い、お前の素晴らしいところだ。


お父さんは思うよ。お前に足りない部分は、誰かにやらせたっていい。だけど、領民を愛しているお前は、領民に愛されている。

それはとても、とっても大事な事で、誰にも代わりをやらせる事は出来ない」



鼻の奥がツンとなる。

アリスは、涙が零れてしまわない様に目をかっぴらいて口を一文字に閉じる。

そんな姿を見て、侯爵は笑ってしまう。子供の頃と同じ、涙を堪える時の表情だから。



「愛し愛される、そんな領主がいる領地は、必ず良い所となるよ」

「うん」

頷いた事で、アリスの瞳から涙が一粒零れた。セバスチャンが差し出したハンカチで、アリスは涙を拭いた。


「それでも、まだアリスに決まったわけではないからね!

ルイが別件で忙しい間に、アリスは頑張って後継者の座を奪ってしまいなさい!」

「そんな! 勝負なら正々堂々としないと!」

「アリス。この勝負に正々堂々なんて無い。勝つか負けるかだ。当主となったら、領民を守るために、もっと卑怯な事もしないといけないかも知れない」


目から鱗が落ちたアリスは、


「なるほど。分かりました!」


そう言って表情をキリリと引き締めて、兵士の様に敬礼を取った。




「では。これがそんなアリスへの宿題だよ」






侯爵はそう言って、アリスに一枚の用紙を渡す。


そこに書かれていたのは、






① お茶会で重鎮奥様と若奥様の心を掴む

② 孤児院と修道院の今後の対策と寄付金の仕訳票作成

③ 帝国の第二皇子に恐怖心を植え付ける作戦を立てる

④ コンフラン領の問題と改善対策を、企画書に10枚以内にまとめること




「アリスが当主となっても、ルイは補佐に入るが夫人の仕事、つまり社交はアリスがしないといけないよ。それは分かるね?

ママの様に夫人として完璧に社交界を牛耳る事はできなくても、プロヴァン伯爵の様に、社交界の情報をこまめに仕入れないといけない。

②に関しては、夫人としての希望額と、当主としての割り振り可能額に隔たりがあるのは当然の事。

それをちゃんと踏まえて、今の状況をよく見て来なさい。

①と②に関しては、ママに相談しなさい。


③に関しては、・・・アリスだったらどんな対策をするかを自分なりに考えてみなさい。

コンフラン家の当主になるという事は、帝国との衝突やいざこざを解決していかないといけないからね。

今回の件に関しては、お父さんやおじいちゃんが対応しているからね。

アリスだったらどうするかな?って、軽い感じで、頭を柔らかくして考えてごらん」



今朝、目の前の道が消えたような気がして喪失感を味わっていたアリスだが、数時間もしない内に、わがままボディの中では闘志がメラメラと燃えていた。


娘の瞳に強い意志が見て取れた侯爵は、「上から順番にしていきなさいよ」と声を掛けて、自分の執務机に向かった。






アリスはこうしちゃいられないと、お辞儀をして部屋を出ると、ギリギリ怒られないスピードで母親の部屋へ行き、二日酔いの頭痛で半分死んでいた母親を無情にも叩き起こしたのだった。




頭痛と戦いながらも、愛娘の為に社交界の人間関係について説明していく侯爵夫人。

特に王族の血を引く公爵家の婦人方には注意をしなければいけない。

そして次に気にしなければいけないのが、王族の縁戚者。血の繋がりは無くとも、過去に王妃を輩出した家は、他の貴族家よりも上にしなければいけない。たとえ現在落ちぶれていたとしても。




「じゃぁルーアン子爵家の人も呼ばないといけない?」

「いいえ。犯罪者の家の者は呼ばなくてよいわ」


侯爵夫人がすげなく返事をする。まだ一般的には犯罪者確定もしていないとは、誰も突っ込まない。



「今回はアリス主催の初めてのお茶会だから、アリスの友達と、私のお友達で固めて少人数制にしましょう。

しかしこの公爵家の奥様とお嬢様。あとここの公爵家の奥様と若奥様は呼ばないといけないわ。これからの人間関係を円滑に進める為には」


呼ぶメンバーや、お茶会のスタイルが決まっていく。


侯爵夫人として、社交界の重鎮としての母親の采配を目の当たりにし、アリスは教わる事がいっぱいでドキドキした。

学校の成績はあまり良くなかったアリスだが、勉強は好きだった。新しい事を覚える時や、新事実を発見した時はドキドキする。前向きに、そしてがむしゃらに、自分に教えを乞う少女を厭う人間はいない。

アリスが学園の教師からとても可愛がられたのは、そう言った理由からだった。


剣術や遠乗りが大好きで、こういった社交が苦手だったアポリーヌは、復讐の為に努力をして、社交界を操る侯爵夫人となった。



(しかしこの子はもしかすると、そういった努力とかせずとも自然体が人々から愛され、上手くこなせるかもしれない)



夫人は、キラキラとした笑顔で準備をしていくアリスを見て、そう思った。






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