② 時代はチョイ悪を求めている
帝国の第三皇子であるエンゾとの密約を終えたルイは、侯爵夫人とアリスと共に王都に戻って来た。
そして夫人は社交に、子供達は学園に、いつも通りの生活に戻っていった。
あと数ヶ月で卒業の三年生は、後期の試験も終わった今はほとんどの生徒が学園には来ていない。
高位クラスの女子は嫁ぎ先で花嫁修業をしたり、低位貴族の男女は就職活動に勤しんでいる為だ。
そのため、辺境伯家から戻ったアリスとルイが学園に行くと、公爵・侯爵クラスは、男子二人しか教室にはいなかった。
寂しさを覚えながらも、ルイと最後の学生生活を満喫する事にしたアリスは、一時の平和を楽しむ。
学園が終わったら二人は、きゃっきゃうふふと街に繰り出しテートをしたり、きゃっきゃうふふと生徒会の手伝いをしたりして過ごしていた。
しかしある時、アリスは自分に向けられる視線の中に違和感を覚えた。
(嫌だな・・・。まただ・・・)
つい数ヶ月前にも起きた状況の再来に、アリスは少し不安になった。
アリスの感情の揺れに敏感に気づいたルイも、遅ればせながら学園の違和感に気付いた。
視線の多くは、自分達の憧れの対象への、寄り添う様な同情や憐憫の目であるが、やはり一部には蔑みや、良くない感情を含む視線が向けられる。
多くの貴族子女にその存在を憧憬の瞳で向けられるアリスであっても、万人に受け入れられるわけではない。
向上気質の高位貴族の女子になると、アリスを蹴落とせば、その地位に自分が立てるかもしれないのだ。
いつだってアリスを引きずり下ろそうと、虎視眈々と狙っている。
アリスが女子の視線を分析している時、ルイは子息からの視線を分析していた。
そこには、失望が多く含まれている。一部には下卑た視線も。
ニヤニヤとアリスを見つめる視線には、汚らわしい男の欲望が見え隠れする。
(なんだ? どんな噂が流れているんだ?)
そんなアリスとルイの不安を払拭すべく噂の内容を聞き出してくれたのは、イザベラであった。
「先日、我が公爵家の親戚筋の子から聞いたのですが・・・」
珍しくイザベラが言い淀んだために、アリスとルイは身構える。
卒業間近の三年になると、授業は自習が多くなる。
そこで三人は自習の時間に、カフェテリアにある個室に向かった。
「あたくしは信じておりませんわよ?
いくらアリスでも、そんな目にあったら、そんなちゃらんぽらんに人生生きられる筈が、ありませんじゃございませんこと?」
イザベラは扇子を開いたり閉じたりと忙しない。
目もあっちを向いたりこっちを向いたり・・・。
相当言いにくい事なんだなと、ルイは嫌な予感がした。
アリスの心を守るために、ルイは自分だけでイザベラの話を聞こうかと考えを改めた。
(もう泣いて欲しくないんだ。・・・くだらない人間達のくだらない思惑で)
その時、丸テーブルの下でアリスがルイの手を握ってきた。
ルイがアリスを窺い見ると、アリスが強い視線でルイを見つめている。
「私は大丈夫。私の事をよく知らない奴らのせいで、悲しんだり傷ついたりしない」
アリスは、最初はルイを、そして最後はイザベラを力強く見つめながら、そう言った。
イザベラはアリスの力強い瞳に背を押されて、安堵の笑みを零す。
「そうよね! こんなの、ただの噂よね! あなたが小さい頃に誘拐されて傷物にされただなんて!
笑っちゃいます事よ! オーホッホッホ!!! ・・・・・・」
個室にイザベラの高笑いが木霊する。
手を口元に沿わして上向き加減にして、もう片方の腕は腰にあてる。
誰もが一度は見た事があるような、見事な悪役令嬢の高笑いである。
しかしいくら待ってもルイのツッコミが入らないため、イザベラがそっと二人に視線を向けると、アリスとルイが青い顔で座っていた。
「・・・え?」
イザベラはその時、人生で初めてアリスの真顔を見た。
アリスはいつだって、表情豊かに笑ったり怒ったりしているからだ。
「イザベラ、それは噂じゃなくて、本当の事なの」
イザベラはアリスが冗談を言ったのかと思い、中途半端な笑顔で表情が固まってしまった。
しかし、自分から視線を反らして俯くアリスの肩をルイが優しく抱く姿を見て、言葉を呑み込んで口を閉じた。
少しの沈黙の後、アリスが顔をあげるとそこには・・・。
「にゃにも言ばなぐで、いい!」
滂沱の涙を流しながらイザベラは、おいおい泣きながらアリスに抱き着いてきた。
「ぐるぢがったでちょう! 辛がったでじょう! にゃにも言ばなぐで、いい!」
※苦しかったでしょう。辛かったでしょう。何も言わなくていい。
イザベラはおいおい泣きながら、座ったままのアリスを胸元で抱きしめて、その頭を優しく撫で続けた。公爵令嬢にあるまじき、鼻水をたらしながら。
イザベラの励ましに、アリスの瞳に涙の膜がはる。
貴族の令嬢に取って、傷が付く事は致命傷なのだ。
それがその少女の過失であろうとなかろうと。
ただただそれだけで爪弾きにされてしまう。
アリスはこみ上げてくる感情を胸に、イザベラをギュッと抱き締め返した。
イザベラがおいおいと泣きながら、大丈夫だ、大丈夫だと繰り返す声を聞きながら。
ルイはそんな二人を優しく見つめながらも、イザベラの鼻水がアリスの頭に落ちないかと見守り続けた。
イザベラの情緒が落ち着いてから、ルイは改めてイザベラが仕入れた噂の内容を確認する。
「つまり、アリスのお腹に傷があるのを見た人間が、その噂を流したと」
「そうですわ。最初は男子が噂をしていて、そのうちの誰かが自分の婚約者に話したみたいで女子にも広まったそうですわ。だけどあたくし達のクラスにはその噂は来ませんでしたわね。」
ルイはイザベラに礼を言い、どこから噂が出たのかを調べると言った。
「アリス。そんな傷があっても、あなたはあなたよ。
その傷を見るであろうあなたの未来の夫が、それを含めてあなたを愛しているのなら、他の人間が言う事なんかに一喜一憂する必要ありませんわ!」
イザベラはそう言って、アリスをギュッと抱きしめると、少し恥ずかしかったのか、頬を染めながらツンツンしながら帰って行った。
イザベラの優しい言葉に救われながらも、アリスはまた始まった嫌な展開に、顔をしょぼんとする。
不安そうな顔をしたアリスのこめかみに、ルイは優しくキスを落とす。
そしてアリスを抱き締めて、腕を摩った。
大丈夫だという様に。
ルイと身も心も完全に結ばれるまで、アリスはこの傷を見るのが辛かった。
頭で考える前に行動してしまう自分の、愚かな行為によって出来た傷。
ルイがこの傷を見て、自分を嫌いになったらどうしよう。
アリスはそれがとても怖かった。
だけど、ルイにお揃いだと言われて、ルイが傷にキスを落としてくれた時に、アリスの恐怖は無くなった。
なのに、今度はルイを愛せば愛すほどに、この傷を人に知られるのが怖くなった。
彼の足手まといになるのが嫌だった。
妻の評判がそのまま夫の評価に繋がる。
傷一つで蹴り落される世界。
アリスが伏せた瞳の奥に悲しみが広がるのを見たルイは、アリスをその腕に抱きしめながら、目の前に憎い敵が居るかのように宙を睨みつけた。
それから数日後に、ルイは噂の出どころを調べ上げた。
とある日の夕食後、コンフラン家当主の執務室で恒例の家族会議が始まる。
当主席に侯爵が、そして当主席の前にあるソファセットに、侯爵夫人とパウロが横並びに、そしてアリスとルイが横並びに座った。
「僕が調べたところ、最初にアリスの傷の噂が始まったのは、三年の子爵・男爵クラスの様です。ハッキリとしているわけでは無いですが、その可能性が一番高いです」
ルイがこの数日調べた結果を報告すると、侯爵がある事に気付いた。
「元王太子妃の実家のルーアン子爵家と懇意にしている、ベジエ男爵という男がいる。そいつの長男が確かアリスと同い年だ」
それなら噂の始まったクラスに在籍している筈だ。
ルイは、腹黒い笑顔を浮かべて、侯爵にこの件は自分に任せて欲しいと告げた。
アリスは少し心配そうにルイを見上げると、ルイからは優しい笑顔が返って来た。
「ルイ・・・。私の為に、嘘をついたりはしないで欲しい」
「嘘?」
「そう。私が傷物である事は、間違いのない事実だわ」「アリス」
「最後まで、聞いて」
アリスは心配そうな表情を浮かべる家族を、一人ひとり見つめる。
「傷が無いと嘘をついて、後で事実が知れ渡った時、必ずルイを陥れようと揚げ足を取って来る人間はいるわ。だから、絶対に嘘はつかないで欲しい」
アリスはソファの上で横向きになり、ルイの方に体を向けて彼の手を両手で握った。
「この傷のせいで、お姉様やルイの足を引っ張ってしまうかもしれない。
だけど、これも私の一部なの。
この傷も含めて、わたしなの。アリス・コンフランなの」
アリスは、遠い昔を思い出すように、視線を宙にさ迷わせた。
「昔、イザベラも私と一緒ですごくお転婆だったわ。一緒に走り回っていたの。
だけどある日、彼女がこけて膝を擦りむいた時に、イザベラのお母様がすごく激しくイザベラを叱責したのよ。
怖かった。
イザベラも怖かったんだと思う。
あの日以降、イザベラは深窓の令嬢の様に、家の中から出てこなくなった」
アリスは母親の顔を見た。
辺境伯家の令嬢であった侯爵夫人もお転婆な少女だったし、土地柄もあり、小さな頃は兄達と同じ様に剣術や柔術を習っていた。
「どうして、女の子だけは傷を作っちゃいけないの?
たった一つの傷で、その子の名誉全てが奪われてしまうなんて、おかしいわ」
侯爵夫人は、自分の手をそっと見つめる。
傷一つない手は、メイド達の努力の結晶だ。
十代のアポリーヌの手は傷だらけで、剣ダコができていた。
学生時代はそれを隠すようにグローブを着けていた。
子供の頃は、その手が自慢だったのに。
努力の結晶だと、兄達と笑っていたのに・・・。
侯爵夫人は、視線を愛娘へと戻す。
アリスはいつだって真っ直ぐに瞳を見て話す。
貴族令嬢は言葉ではなく、視線や表情で話すのだと何度言っても、汚れの無い瞳で、真っ直ぐにぶつかってくる。
「わたしは、ありのままの自分で居たい。ありのままの自分で、生きていきたい」
嘘はつかずとも、隠し通せばいいだけの事。
わざわざ傷がある事をみんなに知らせる必要は無いのだから。
そうすれば、アリスの名誉は守られ、社交界で後ろ指を指される事もない。
しかし侯爵夫人は気付いていた。
アリスが目指したいのは、たった一つの傷で、全てを失ってしまう事が無い世界。
そんな事で価値が左右されない事で、少女達が自由に息をして、自由に好きな物に手を伸ばせる世界。
(どうして茨の道を進むのか・・・)
侯爵夫人は長い溜息を吐いた。
「好きにしなさい。これからのこの国を担うのは、あなた達なのだから」
優しく微笑むと、アリスは大輪の華が咲いたような笑顔を見せた。
誰もを惹きつけて止まない美貌を持ち、何だって手に入れられる少女。
だけどアリスはいつだって、誰かに手を差し出して、誰かを守ろうとする。
侯爵夫人は、これからアリスが心無い言葉の矢に傷つけられない様に、出来るだけの事をしようと思った。
*****
翌日、多くの生徒が賑わうランチ時のカフェテリアでそれは起こった。
数人の男子が真ん中にある席でランチを食べようとしていたところに、ルイが怒りの形相でやって来て、一人の少年の胸倉を掴んで無理やり立たせたのだ。
「お前がアリスの噂を広めたのか!?」
大声で怒鳴ったルイの気迫で、カフェテリアに居た全員の目がその一角に向く。
「ち、違います! 僕じゃない!」
胸倉を掴まれた少年は、自分よりも背丈も体格もいいルイに睨まれて、震えながら否定する。
「お前がその噂を話しているのを聞いた奴がいるんだよ! お前なんだろ!?」
「ち、違います! 本当です!」
「じゃぁ誰が噂を言い始めたんだ?」
ルイはそのテーブルに居た他の男子生徒にも睨みつけながら訪ねる。
「だ、誰が最初だっけ?」
「お、俺はトマから聞いた」
「ぼ、僕もトマからだ」
震えながら少年達は記憶を思い起こす。
そのテーブルの近くに座っていた一人の少年が食器を落とす。静まり返ったカフェテリアに大きく音が響く。
一人の少年の首を絞めかねない勢いのまま、ルイはその音がした方をねめつける。
ルイは、顔を真っ青にして食器を落としたのが、今トマと呼ばれたベジエ男爵子息だと知っていた。
「あれが、トマか?」
知っていて目の前の少年に確認すると、彼は首が捥げそうな程の勢いで何度も頷いた。
その少年を乱暴に突き飛ばすと、顔を真っ青にして震えているベジエ男爵子息の前に立つ。
「お前が、アリスの噂を広めたんだな」
「・・・・・」
トマは恐怖で身動きが出来ず、視線すらルイに合わせる事が出来ず、ただ目の前の食器を見るでもなく見つめた。
「まぁ、いいや。来い」
「ど。どこへ・・・?」
「どこでもいい。お前の目を潰せるなら」
「ひっ! 何で!?」
トマは驚いて、恐怖で涙を零し始めた。
ルイはトマの胸倉を掴んで無理やり席から立たせる。
「当たり前だろ? お前、アリスの裸を見たんだろ?」
ルイにすごまれて、トマは震える声で否定をする。
「み、見てないよ!!!」
「じゃぁ、何でアリスのお腹に傷があるって、知ってるんだ? お前が見たから人に話したんだろう? 人の婚約者の裸を見ておいて、無事で済むなんて思ってないよな? その目ん玉、潰してやるよ」
「ひぃぃ~~~!!!」
トマは恐怖で立っていられず、床に座り込んでしまった。そんなトマの腕を掴んで、ルイは無理やり立たせようとする。
周りの生徒も驚愕して、二人のやり取りを息を殺して窺っていた。
「見てません! 本当に見てません!」
「じゃぁ何で傷の事を知ってるんだ?」
「彼女のメイドが喋ってたんです!」
「それは無い。お前の家と違って、コンフラン家のメイドは主の話を外でしない。それにアリスのメイドは昔からいるキキだけで、彼女はコンフラン領の人間だから、拷問されても話さない。アリスの裸はキキ以外見ていない」
「そ、そんなの分からないじゃないですか!」
「分かる。俺が許さないからだ。女であっても、俺以外の人間がアリスの裸を見る事は許さない」
側にいた関係のない少年はその執着にドン引きして、側にいた関係の無い少女は、その溺愛に頬を染めてドキドキした。
いきなりの修羅場突入で、世間知らずな少年少女は劇を見ているかの様な錯覚に陥り、妙な高揚感でやり取りを眺めている。
恐怖に慄いているのは、軽はずみにその噂を話したことがある生徒だけだった。
「だから、お前がアリスの裸を見たという事になる。だから」
そうしてルイは静かにトマの目の前に立った。
その距離は30㎝もない。
トマは、ルイの黄金色の瞳から視線を逸らせなかった。
「俺はお前の目を潰すんだよ」
トマは恐怖で頭が真っ白になり、言葉を発せない。
ただ、ルイから視線を逸らして辺りを見渡した。
そして、誰も自分を助けてくれない事に気付いた。
「う、嘘をつきました」
「嘘?」
「はい」
「なぜ?」
「あ、アリス様の評判を落としたくて・・・」
トマは自分の足許を見ながら、何とかこの場をやり過ごそうと試みた。
「そうか、嘘か」
ルイが笑顔でトマの肩に手をおいたので、トマはやり過ごせたと思い、安堵の表情でルイを見つめ返した。
その瞬間、ルイの表情が消える。
「アリスのお腹に傷があるのは本当だ」
「・・・え?」
「お前は嘘をついたって言うけど、その嘘は真実なんだよ」
トマは信じられなかった。
トマが嘘だと言えば、ルイは絶対にそれに乗って来ると思ったのだ。
わざわざアリスの傷を皆に知らせてまで、自分を追い込んでくるなんて思ってもいなかった。
「なんで、知ってるんだ?」
「・・・え?」
「見たのか?」
「見てません! 嘘ついたって言ったじゃないですか!」
「ついた嘘が真実と同じだなんて、そんな偶然あるか?」
「・・・でも、本当に・・・」
「とりあえず早く行こう。俺もさっさと終わらせたいし」
「終わらせるって・・・?」
「さっきから言ってるじゃねーかよ。お前の目を潰すって」
トマは恐怖で頭が真っ白になり、その場でお漏らしをしてしまった。
彼はえぐえぐと泣きながら、全てを話してしまう。
「本当に見ていませんし、知りません!
父さんから頼まれたんだ! その噂を学園で広めて欲しいって!!!」
十八歳の少年が子供の様に泣きながら話した告白は、信じられない内容であった。
田舎の男爵が、この国随一の資産家の侯爵家の令嬢を陥れる為に、息子に、あたかも見たかの様な噂を流させたのだ。
常識を持つ生徒の多くは、家に帰ったら両親に今日の出来事を話すだろう。
そうして常識的な親であれば、ベジエ男爵とは関りを持とうとは思わないだろう。
多くの生徒が、ベジエ男爵家の終わりを見た瞬間だった。
「家に帰ったら、父親に伝えておけ。くだらない噂を流しても意味は無い。
アリスの傷は、俺を守ろうとした名誉の傷だ。
誰からも非難される謂れは無い」
そう告げた後、ルイはカフェテリアをさっと見渡した。
多くの視線から感じるのは好意。しかしそれだけではルイは満足しない。
アリスを蹴落とそうとする女子学生を、きっちりと殲滅する。
「傷が出来る前から、俺が愛しているのはアリスだけ。
傷が出来てもそれは変わらない。
そんなもの、アリスの素晴らしさを前に、一滴の汚点にもならない」
ルイはそう言って、カフェテリアを出た。
そして走って生徒会室に向かう。
扉を開くと、アリスの輝く笑顔がルイを迎え入れた。
「お疲れ様、ルイ! ご飯食べよ!」
ルイは笑顔でアリスの横に座り、アリスを抱き締めながら肩にぐりぐりと頭を擦りつける。
なでなでして欲しいの合図だ。
アリスは、反対の手でルイのふわふわの黒髪を撫でてあげた。
「ちょっと~。あたくしも居るの、忘れないでくださいません事ぉ~???」
アリスの前に座っていたイザベラが不平を漏らした。
「ごめんごめん」
素直に謝ったルイの前にイザベラがランチボックスを差し出す。
一仕事を終えたルイの為に、アリスがコーヒーを淹れてあげている間に、イザベラが待ちきれなくてルイに問い質した。
「上手くいきましたの?」
「うん。これからは現場に居た生徒会メンバーが上手く噂を広げてくれるよ」
ルイはアリスからコーヒーを受け取って、美味しそうに一口飲む。
今頃カフェテリアにいる生徒会メンバーが、ルイの執着にドン引きしていた男子達も含めて、寸劇を見ていた生徒たちをいいように軌道修正してくれている。
「ごめんね、ルイ。悪役をさせてしまって」
アリスがしゅんとなって伝えると、イザベラが鼻で笑った。
「あなた! 全然分かっていませんのね! 今の流行りはチョイ悪ですのよ!」
「「チョイ悪???」」
「そう! チョイ悪男子が自分だけを溺愛してくれるのよ。それが流行っていて、ティーンの間では今、チョイ悪男子に憧れている子が続出なのですわ!」
アリスを慰めようとしていたルイも初めて聞く単語に首を捻り、アリスとルイはキョトンと見つめ合った。
後日談だが、カフェテリアでのルイの行動は、チョイ悪に憧れていた女子達の間では好評だったようで。
女子達はキャッキャと夢見る乙女の視線でアリスとルイを追う。
「アリス様とルイ様ですわ!」
「素敵ですわ~」
「何一つ汚点にならない! ですって!」
「愛しているのはアリスだけ! ですって!」
「「「素敵ですわ~!!!」」」
生徒会メンバーの誘導もあったおかげか、自分の息子を使ってアリスを陥れようとしたベジエ男爵と、実際に陥れようとしたその息子だけが評判を落とした。
トマは結局学校に通い辛くなり、そのまま卒業まで出席せず、文官の職にもつけなかった。
時は戻り生徒会室。
チョイ悪の熱弁を奮うイザベラは頬をピンク色に染め上げながら、自分のカバンをがさごそと開く。
「今流行ってるんですのよ、チョイ悪。あなた乙女ともあろう者が知らないだなんて!
アデル様公認の恋愛小説読んでいませんの? 妹のくせに? 妹失格ですわよ! 血が繋がっているからって妹の座に胡坐をかくだんて!」
そうやってイザベラがカバンから取り出したのは、最近巷で流行っている恋愛小説だ。
イザベルから渡されてアリスが表紙を捲るとそこには。
【王太子妃様激押しの一冊】
「アデル義姉様・・・、広告塔もしてるの?」
「またストレス、溜まっているのかなぁ・・・」
そんなアリスとルイの声が、生徒会室に小さく響いた。




