表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/47

① 男達が動き出す ~密約と脳筋と変態~

お待たせいたしました!

アリスの奇声から始まります^^

「てやーーー! ちょえーーー! あちょーぅぉ~~~!!!」




春の訪れが待ち遠しい季節。


まだまだ肌寒い朝の弱い日差しの中、木々に囲まれた美しい庭園に、美しくない奇声がこだまする。




その奇声の主はコンフラン家次女のアリスで、彼女は真剣な顔で大量の汗をかきながら柔術の型をとっていた。






「どうでしょうか!? 師匠!」




兵士の様な精悍な顔つきで、背筋を伸ばして指導者に向き合う。


「・・・・・・・・・・・・・うむ。

う、うん。・・・なかなか、その、・・・素晴らしい発声であった!」



期待の籠ったつぶらな瞳を前に、何とかアリスの良い所を探して褒めてあげたのは、この庭を擁する邸の主であるブザンソン辺境伯。

アリスの満面の笑顔を見て、「まぁ、いいか」とデレデレした笑顔を浮かべて、アリスの顔の倍はあるのではないかという大きな手の平で、愛孫の頭をなでる。



(むひひ。褒められた!)






褒められたとは言えない。



相変わらずスキップと言えないステップを踏みながら、アリスは200㎝を超える大男である辺境伯と手を繋ぎながら邸へと入って行く。


ここはヴィルフランシュ王国の西の端にあるブザンソン領。

隣接している国が友好的とは言えない状況から、世界で和平が結ばれた今でも、独自に騎士団を有する数少ない辺境伯領である。

この騎士団は、秘匿されているコンフラン家の騎士団を除くとヴィルフランシュ王国で一番の強さと大きさを持つ騎士団で、武闘派から絶大な人気を誇り、入団者は後を絶たない。

領地の多くが森に囲まれているこの辺境伯領は特産品にはあまり恵まれなかったが、その森を使った実践稽古で騎士団を有名にし、そして騎士達を国中にレンタルする事で領地の収入源としている。

森に囲まれた領主城は、コンフラン領にある領主城の様な要塞ではないが、高い崖の上に建てられて多くの塔を擁する荘厳な白亜の城である。

特産品が少ない割には、レンタルビジネスが上手くいっており、そこそこに裕福であった。



軽く湯浴みをして、デイドレスに着替えたアリスがファミリールームへ向かうと、そこには辺境伯夫人である祖母と、コンフラン侯爵夫人である母親がソファで談話中であった。


「あら、アリス。もう朝の鍛錬は終わったの?」


振り返った母の顔は、いつもの母や、侯爵夫人の顔でもなく、娘の顔であった。


それが何だか嬉しい様な、むずがゆい様な。


アリスはてへてへと笑いながら母親の横に座り腰にしがみ付く。


「変な子」


そう言いながらも、いつもと雰囲気は違うが母親の顔で、侯爵夫人は優しくアリスの頭を撫でた。


「そろそろ男性陣も戻ってくるだろうから、ランチの準備を始めましょうか」



そう辺境伯夫人が言うと、部屋の隅に控えていた侍女長が頭を下げて部屋を出て行く。



「アリスの鍛錬は順調に進んでいるのかしら?」

祖母に優しく声を掛けられたアリスは、母親の肩口から顔を上げて、ドヤ顔で祖母に返事をする。

「さっきおじい様に、素晴らしい!って褒めてもらいました!」


「まぁまぁ、そうなの?」


愛らしい孫娘のドヤ顔に相好を崩すが、辺境伯夫人も侯爵夫人も、きっと夫(父)は悩みに悩んで、どこか鍛錬と関係無い所でも褒めたんだろうと読んだ。



大正解である。



アリスとルイが侯爵夫人に連れられて、侯爵夫人の実家であるブザンソン辺境伯領に来たのは、侯爵夫人の父親が危篤に陥ったからだ。

という理由で辺境伯領にきたが、辺境伯は朝から元気にアリスの鍛錬に付き合っている。


そうこうしている間に、辺境伯家の長男と次男が、それぞれの息子達と一緒に鍛錬から戻って来た。その後ろにはルイもいる。



「いや~、ルイの剣技は凄いね! うちの子達もコンフラン領の騎士団に入れてもらえないか?」



興奮した状態で侯爵夫人に話しかけたのは、辺境伯の長男であり侯爵夫人の長兄。それに相槌を打つのは次男で、夫人の次兄。二人にも男児の子供がいるが、まだ学園には入学していない。しかし既にルイと変わらない程の背丈がある、未来の辺境伯家を担う子供達。


彼らも、コンフラン家の騎士団に興味深々だ。


そして、鍛練が終わった筈なのに疲れた様子も無く、キラキラとした笑顔の子供達の後から、ハヒハヒと言いながら遅れてやって来たのは、少し小太りの二十代後半と思われる青年。


いつもはふわふわの赤茶色の髪が、ベトベトに濡れて顔に張り付いている様が、彼の情けない顔に相まってさらに気持ちの悪さを醸し出している。



「疲れたよ~、アリスたん!」


その気持ち悪い汗だくの状態でアリスに声を掛けた瞬間、あり得ない数の手によってボコボコにされてしまった。

もちろんその場に居合わせた男性陣全員によってだ。



「きっしょ!!!」



アリスは顔を歪めて自分の腕を抱き締める様に、悪寒で震えながら呟いた一言が、彼のHPをゼロにした。


人の美醜には拘らないアリスだが、彼の変態チックな気持ち悪さは受け付けないようだ。

彼の気持ち悪さは女性陣達だけでなく男性陣もドン引きする様な類いの気持ち悪さで、何故かいつも、何を想像しているのか考えただけでも気持ち悪くなるような、薄ら笑いをしている男であった。



心身共に受けたダメージにより、ファミリールームのカーペットの上に横たわったのは、ヴィルフランシュ王国の西側にあるモンペリエ王国の第一王子である、アルバロ・モンペリエである。



彼は数年前に出会ったとある少女に一目惚れをし、彼女を手に入れる為に領土を差し出そうとして国王である父親にボコボコにされて、王太子の座を弟に奪われて、現在辺境の地で蟄居中の身である。



そう。その一目惚れをしたのが、このアリスであった。




「あれ? また性懲りも無くアリスちゃんに言い寄ってボコられたの」


そんな彼の後ろから現れた青年は、アルバロが多くの足に踏みつけられている姿を見て、笑いながらそう言った。



実際には言い寄ったのではなく、名前を呼んだだけであったのだが・・・。




真っ黒な髪に、黒に近い焦げ茶色の瞳の青年。長い手足は細く、鍛えられた形跡が無いにもかかわらず、飄々としている。

彼の後ろを歩く、辺境伯と変わらない程の大男も、汗など微塵もかかなかったかのように、涼しい顔をしていた。彼の髪と瞳も真っ黒に近い。


これは、王国の北側の大陸に住む人種の特徴である。




ルイとアリスがこの辺境伯邸に来たのはもちろん、辺境伯が危篤になったからではなく、彼に会う為であった。






遡る事数ヶ月前。


アリスとの、卒業後の婚姻を反対されたルイは、がむしゃらに事件解決に向けて動き出した。


まずは現在誰が何を調べているのかを確認をする。




前王太子が調べているのは、彼の婚約者だったマノンの事件。

そして侯爵夫妻が調べているのも、前王太子妃とその実家について。つまり国内に目を向けている。


そこでルイは、国外に目を向けた。すぐに前コンフラン侯爵にコンタクトを取った。コンフラン家の領地では、戦後もずっと海を挟んだ大陸にある、帝国の動向を調べ続けているのだ。




ルイはそこで、現在の帝国の情報を手に入れた。


前侯爵によると、現在の皇帝は内地に目を向けていて、戦後の皇帝と同様にこの大陸に手を出して来る気配は無いという事。しかし、現在の皇帝の第一子である皇太子は好戦的な性格で、彼は隙あらばこの国を虎視眈々と狙っているという事。


皇帝には正妻との間に第一皇子と第二皇子が、妾との間に第三皇子がいる。


第三皇子の母親は平民で、彼には後ろ盾が無いために皇太子になる事は出来ない。


しかし皇帝の愛を一身に受けている妾のせいで、正妻とその子供達が蔑ろにされていた事を根に持つ第一皇子から、執拗な嫌がらせを受けているようだ。


第二皇子は母親が同じだからか、皇太子とは確執は無いようだが、余計な期待を抱かないように幼少の頃に痛い目に遭わされたようで、今では第一皇子の腰巾着になっている。


そしてルイは、それぞれの王子の人となりを調べて、現在モンペリエ王国に遊学に来ている帝国の第三皇子に密かにコンタクトを取った。



因みに一貴族の子息にしか過ぎないルイが、帝国の皇子に秘密裏にコンタクトを取る事は出来ない。


そこはラファエルが一役を買った。


そして第三皇子とルイを秘密裏に会わせる為に利用されたのが、モンペリエ王国の第一王子である、アルバロである。



ラファエルから密かに会談の要請を受けたエンゾは、モンペリエの田舎で蟄居させられている、同い年のアルバロに挨拶にやって来た。

という(てい)でブザンソン領の近くまでやって来た。

そこから二人は意気投合して、その田舎の隣の領に狩りをしにやって来た。

という体でブザンソン領に隣接している、モンペリエの東の端にある領にまでお忍びを装ってやって来た。

そして、狩りに出た体を装って、この領にやって来たのが昨日の事。




ルイと辺境伯の面々は、昨日の夜に会ったエンゾとその侍従兼護衛である大男のラウールと、すぐに意気投合した。

エンゾは高慢ちきな帝国の人間らしくなかった。母親と生き延びて、静かに暮らしたいと切に願う素朴な青年で、ラウールは辺境伯家の男子と変わらない、筋骨隆々の筋肉バカだったのだ。


ルイがエンゾと密約を交わしている横で、辺境伯の男達とラウールによる筋肉談義が、夜遅くまで行われていた。




「できれば、皇太子がルーアン子爵と密約を交わした証拠か何かを見つけてくれると有難いのですが・・・」

「それは難しいでしょう。私と母は離宮に住んでいるから、本宮に行くと目立ってしまいます」

「コンフランの影を入れてみるか?」

辺境伯がルイに尋ねる。ルイは少し逡巡する。

「王城までは影を入れる手伝いは出来ます。だけど本宮には自力で入って貰わないといけません」


ルイは今回の密談で、コンフランの騎士と影を使う許可を侯爵から得ていた。

出来れば使いたく無かったが、エンゾに無理をさせて帝国の駒を失うわけにはいかない。

ルイは、その危険を冒す代わりに、彼らの得意分野で力になって貰うことにした。


「分かりました。影を御貸ししますので、契約書については彼らに任せましょう。

その代わり、皇帝にはあなたの母親が、第二皇子にはあなたが、皇太子の所行をそれとなく耳に入るようにしてください。

何か事があった時に、彼らが皇太子をすぐさま切り捨てられるように」


ルイの要望に、エンゾは頷きで了承する。


「その代わり、事が動いたら直ぐに私と母を亡命させて下さい。

母も無理やり皇帝に妾にさせられただけで、今でも皇妃から執拗な嫌がらせを受けているのです。例え皇太子を引きずり落とせても、私達にとって王城は住みやすい場所では無いのです」


「お約束します。亡命先は私の一存では決められませんので、帰ってからラファエル王太子殿下から今回と同じ様に密使を送らせていただきます。狩りが終わりましたら、モンペリエ王国から与えられているお屋敷でお待ちください」



筋肉バカ達が僧帽筋について熱く語りあっている横で、ルイとエンゾが仲介の辺境伯の前で、熱く手を握り合った。




男達がその様な夜を過ごしている同じ時刻、アルバロが枕を抱きながら、アリスの部屋を探して城をウロウロしていた。


それに気付いた辺境伯の孫達が、アルバロを三階の窓から崖に向けて、布団に簀巻きにして吊り下げた。





次の日の早朝、筋肉談義で盛り上がった辺境伯の息子達とラウールは、ルイを誘って朝の鍛練に繰り出す。

それを聞いた孫達も我先にと鍛練に同行した。

全く興味の無いエンゾであったが、見学しようと皆について鍛練場に向かっている最中にふと、自分がここに来た理由を思い出した。


「そういや、アルバロ殿下は昨日どうしたのかな?」


その一言で、誰もがアルバロの存在を思い出し、そして孫達は顔を青くした。


一行がアルバロの救出に向かうと、彼は簀巻きのまま眠っていた。


そして、辺境伯の孫達の話から、彼がアリスの部屋を探して城をウロついていた事を知られたアルバロは、そのままルイに首根っこを掴まれて地獄の鍛練へと連れていかれたのだった。






そうして最初のアリスの奇声へと繋がります

アルバルがきっしょくベトベトに濡れていた理由でしたねw

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ