序章: サタネラ・ルーアン子爵令嬢
お待たせいたしました!
第三章は毎朝6時に投稿いたします!
この回はざまぁへ向けての序章ですので、さらっとお読みいただければ^^
アリスたんは今日の6時に出てまいりますので、お楽しみに!
母は古代の魔女の血を受け継ぐ旅芸人の踊り子だった。
色素が薄く儚い雰囲気を持つのに豊満な体を持つ母が踊ると、ほとんどの男性が目を奪われたという。
性に奔放だった母は、各国にいる彼女のファンと夜を共にしていたが、ヴィルフランシュ王国のルーアン子爵家の次男と恋に落ちてからは、彼だけに体を許していたそうだ。
だから私の父親は彼で間違い無いという。
しかし母は貴族の生活には興味が無かったし、歌劇団を家族と思っていたため、私が生まれてもそこから離れず、父とは結婚せずに各国を回り続けていた。
母は私にサタネラと名付けた。
古代の魔女の間で語り継がれている、多くの人間の男を虜にした魔女の名前だ。
どこの大陸にも、私と同じ名前の人間はいないと母は笑いながら言った。
この世に誰も持っていない、唯一の名前。
それは私に優越感を与えた。
私は、顔は母に似たが小柄で、同世代の女の子と並んでも一際小さかった。
そして色素薄弱症という病気で、髪も瞳もほとんどに色がなかった。
肌は透けるように白く、それが私に儚い印象を与えた。
そして男と言う生き物は、自分よりも弱い者を守り愛したがるという事を知った。
母はよく私に言った。
私は世界を手に出来ると ———。
だから私も母に言った。
じゃぁ私は、プリンセスになりたい。
母は、美しい笑顔で私の頭を撫でながら、
「なれるよ」
そう言った。
劇団は数ヶ月同じ場所に留まり、そして次の場所へと移動して、またそこで数ヶ月留まる。だから子供達は、すぐに地元の子供達と仲良くなれる。私はどの町でも人気者だった。男の子たちは競って私の気を引きたがる。そして女の子たちは私に嫉妬をする。
いじわるな事をしてくる女の子もいた。
でもそんな時は、少し涙目になって伏し目がちに悲しい顔をしたら、絶対に男の子たちが私を守ってくれる。
母が言った通りだ。
私は何でも手に入れることができるんだ。
私が十二歳になると、母がジュエリーボックスをくれた。
その中には二つの小さな小瓶が入っていた。
『いい、サタネラ?
こっちの青い瓶は、どうしても落としたい男に使うのよ。
そしてこっちの赤い瓶は、あなたの敵を排除する時に使いなさい』
母は優しく頭を撫でながら説明してくれた。これらは魔女の秘薬だという。
今から思えば、母は自分の死期を感じ取っていたのだろう。
それから間もなく、母は死んだ。
団長は母から頼まれていたようで、私をルーアン子爵に会わせてくれた。
彼と一緒に行ってもいいし、このまま劇団に残って、母の様に踊り子になってもいいと言う。
子爵家の次男だった父親だが、父親と長男が領地へと視察に向かう途中で、馬車の事故で死亡した為に当主になったという。
しかし子供は男の子が一人しかいないから、私を養子にしてくれると言った。
そう言われた私は、迷いもなくルーアン子爵について行った。
何でも手に入れるのには、貴族になるのが一番だと知っていたからだ。
この暮らしから抜け出して、お姫様になりたいと思った私の願いは、叶えられた。
今から思えば、父親は政略結婚の駒が欲しかったのだろう。しかも王子と同い年の私がこの美貌で側妃になることを期待したのかもしれない。
彼は妻にそう説明していたのか、継母は私を受け入れた。
優しくはされなかったが、意地悪もされなかった。
だけど母に似た私を、父は思いの外可愛がった。本妻の息子である嫡男よりも。
何でも私の欲しい物を買ってくれて、どんな我儘も聞いてくれた。
継母はそれが気に入らなかったのか、少しずつメイドや侍女に嫌がらせをさせるようになった。
だからいつも通りにした。
悲し気に父に訴えれば、継母は父に頬を打たれ、私の前に跪いた。
愉悦。
誰かが私の足元に跪くのは、本当に気持ちが良かった。
自然と口角が上がる。
私に出来ない事は無いのだ。
それからは貴族としての教育を受けて、十五歳から学園に通った。
そこでも私は欲しいモノは何でも手に入れる事が出来た。
クラスの男の子達が、全員が私の言いなりになるのに一年はかからなかった。
でもこんなんじゃ満足できない。
こんなのでは、プリンセスなんて足元にも及ばない。
私は伯爵クラスの男子にも近づいていった。
だけど二年生になったある日、同じ学年に私と同じ名前の令嬢がいると知った。
彼女は侯爵家の娘で、曾祖母が遠い異国のお姫様だったという。
そしてそのお姫様の名前が、彼女につけられたそうだ。
この世界で唯一だった名前が、一気に色褪せた。
しかも彼女は小さな頃から社交界に出ていたので、後から来た私は二番煎じに甘んじなければならなかった。
異国のお姫様だと言っても、愛妾の娘だったらしく正式な姫ではなかったそうだ。
だけど遠いこの国ではほとんどの人がそれを知らないし、知っていても昔の話だ。
今では、遠い異国の王家の血を引く、高位貴族である侯爵家の長女。それが彼女だった。
憎しみに燃えた私は、私に傾倒している男の子達に泣きついて、その侯爵令嬢にいじめられていると嘘をついた。
彼らは私の為に彼女を人気の無い場所に呼び出して、恫喝してくれた。
今まで蝶よ花よと育てられて来た侯爵令嬢は、それがトラウマとなり、学園に通えなくなった。
そうして、この国から出て別の国に行ってしまったと、風の噂に聞いた。
これで、この名前はまた、唯一無二になった。
この事件で何人かの令息が学園を辞めさせられたけど、私は苛めの被害者として罰せられる事はなかった。
やっぱり何もかも、私の望んだ通りになるのだと、確信した。
この事を知った父は、私に王太子も落とせるかと聞いて来た。
だから言ってやった。「私に出来ない事はない」って。
なのに ———。
授業時間が少し違う高位貴族のクラスの王太子と、そもそも会うことが出来なかったし、偶然会えたとしても、王太子の横にはいつも同じ令嬢がいた。
マノン・シャンパーニュ
宰相の孫で、淑女の鏡と言われる彼女は圧倒的なカリスマを持ち、ほとんどの生徒から羨望の眼差しで受け入れられていた。
欲しい。
あの場所が欲しい。
純粋にそう思った。
王太子に興味は無かったが、マノンが立っている場所が欲しかった。
男性からも女性からも憧れられて、誰もが彼女の微笑みや、声を掛けられる事を望んでいた。
(あの場所こそ、私に相応しい!!!)
いつもの手は使えない。
誰もマノンには手を出せないし、出そうとしない。この私が願っても・・・。
だから少しずつ噂を流した。
少しずつ、少しずつ・・・。
真っ白に、一滴でも黒が混じるとその白はもう、元の白には戻れない。
クラスの皆は、私が王太子の思い人だと思った。当たり前だ。私がそう思われるように、願ったからだ。
私の願いは必ず叶う。
後は最後の仕上げだけ。
私が王太子の唯一だと信じているクラスメイトの前で、マノンと対峙するだけ。
生徒会の副会長だった彼女に、手紙で相談する。
何故か自分と王太子の間に噂が流れていると、それを否定する為に一度クラスメイトに会って否定して欲しいと。
真面目な彼女はすぐに私と会ってくれた。
人目の無い裏庭で対峙したマノンは、遠くで目にした時とは比べ物にならない程に輝いていた。
自分と変わらない程の小柄な体は華奢で、それによって儚い雰囲気を出す私とは違い、彼女はそれさえもカバーする程のオーラを出していた。
真っ直ぐに私の瞳を見つめ私を庇護しようとする少女。問題を解決できる能力がある少女。
男に守られなくても自分の足で立つマノンが、この瞬間に大嫌いになった。
仄暗い感情が身体を駆け巡る。
授業時間は高位貴族のクラスだけが少し長い為、ランチの時間が他の伯爵位クラスや低位貴族のクラスより遅くに始まる。
マノンは私達のランチの時間に合わせて、私が呼んだ場所にやって来た。
私の側には、私に傾倒して私の為なら何でもする伯爵家の嫡男がいるだけ。
騎士を多く輩出する家の嫡男らしく、彼は小さな頃から武術・剣術に秀でて体も大きかった。
マノンの取り巻き達に意地悪をされたと相談をしたら、高潔な騎士らしく、か弱い姫を守る騎士の如く私の側に居てくれるようになった。
階段を横目にマノンと対峙した私は、ここで何かをするつもりは無かった。
階下にはカフェテリアへと向かう同じ学年の生徒がいて、ここは舞台。
マノンに泣かされている私を、低位クラスだけでなく同じ学年の伯爵位クラスにも見せるのが目的だったから。
だから、泣き出した私を心配そうにマノンが手を伸ばした時、私は過剰に反応して怯えて見せた。
しかし熱演しすぎたのか、階段の側に居た私は少し落ちそうになり、体勢が少し不安定になった。
だけど心配はない。
私はこの世の全てを手にする人間で、私の後ろにはどんな事があろうとも私を守る騎士がいるからだ。
だから全てを冷静に見ることができた。
落ちそうになった私を支えようと、手を差し出しながら私に近づくマノン。
そんなマノンに怯える私に気付いて、私を背後から守るように腕の中に閉じ込めた彼。
そして、彼に手を振り払われたマノンが体勢を崩した。
驚いたマノンの顔が階段の下へと落ちそうになった瞬間、この角度なら誰にも見られないと瞬時に察して、私は既に足を踏み外していたマノンを思いっきり押した。
空中へと投げ飛ばされたマノンの驚いた顔を見た瞬間、笑いが込みあがりそうになって、私は急いで振り返って彼の胸に顔を埋めた。
やっぱり!
私は全てを手に出来るのだ!
敵さえ排除できれば後は簡単だと思っていた。
しかしそれから王太子が学園に通うことは無かった。
父からどうするのかを聞かれた私は、母から譲り受けたジュエリーボックスを開いた。
この世界ではあまり知られていないが、魔女の世界では妊娠する時期を計算できる方法があった。
私は失敗は許されないと、緻密に計算をした。
そして運よく、その日は卒業パーティの日だった。
父に頼んで卒業パーティのウェイターを買収してもらい、彼に魔女の秘薬入りのシャンパンを王太子に渡す様に指示を出した。
王太子が飲んだことを確認すれば、後は簡単だ。
彼と一夜を共にした後、私を取り巻く環境は一新された。
念のため次の日も関係を持ちたかったが、王太子は私に近づきもしなかったし、私も王宮の一室に軟禁された為に、動けなかった。
だけど、私はあの一日で自分が成し遂げた自信があった。
だって、私は全てを手に出来る人間なのだから――—・・・
全てが順調だった。
何もかも手に入れた。
なのに満たされなかった。
王太子妃教育はつらくて、妊娠を理由に止めた。
王太子妃の執務も、子育てを理由にしなかった。
多くの買い物をして、取り巻き達とお茶会をした。
王太子妃の私に、誰もが傅く。
なのに国王に言われて開いた大規模なお茶会で、嫌らしい女に会った。
アポリーヌ・コンフラン
私とは正反対で、背が高く豊満な体つきをした彼女は、大輪の薔薇の様な女だった。
強い眼差しで私に対峙する彼女からは、冷え冷えとした蔑みしか見えなかった。
(たかだか侯爵家の夫人の分際で、王太子妃の私にあんな態度をとるだなんて!)
しかしそのお茶会では、アポリーヌが主役だった。
つい先月行われたコンフラン家とブザンソン家の世紀の結婚式は、王家の婚姻かと言われるほどに豪華絢爛だったという。
そして、国王と王太子を含め、多くの貴族家が出席したと・・・。
このお茶会で出席していなかったのは私だけだった。
挙句の果てに、彼女は私が結婚式を挙げていないことや、公務もまともに出来ていないと遠回しに言って、周りの貴婦人達と王太子妃である私を笑ったのだ。
彼女の周りには、王家にも繋がる公爵家や、力を持つ侯爵家の婦人方が集まっていた為に、私の取り巻きである伯爵夫人や子爵夫人は、誰も私を助けてくれなかった。
そのお茶会以降、誰もかれもが陰で私の事を笑い始めた。
アポリーヌを何とか排除したかったが、彼女自身が社交界の重鎮達に可愛がられている上に、この国髄一の資産家であるコンフラン家の嫡男の嫁であった為に、誰も手出しを出来なかった。
いつもの手を使おうと思っても、彼女は私に一切近づかないし、私と話す時も少し距離を取って、周りに声が聞こえる様に話す為に無理だった。
辺境伯家出身らしく、彼女の声はよく通った。
私が泣くと「学生の時ならいざ知らず、結婚もしたいい大人が社交界で泣くなんて」、皆に聞こえる声でそう言って、私を蔑む様に見下ろした。
せっかくプリンセスになったのに、何もかもが上手くいかない。
腹立たしく思っている時に聞こえてくるのは、いつも彼女やコンフラン家の噂だった。
アポリーヌだけでなく、ラファエルの婚約者候補として王宮に来たアデルも、自分に冷たい視線を送ってきた。
次女のアリスに会った事は無かったが、顔を見るのも嫌だった。
あのアポリーヌやアデルですら追随を許さない程の美貌を持つという。
腹が立って、父にコンフラン家の女だれかを傷物にして欲しいとお願いした。
父から誘拐未遂の話を聞いた時は、久しぶりに大笑いした。
誘拐は失敗したが、アリスの脇腹には大きな傷が出来たらしい。
しかもそれ以来引きこもっているという。
アデルの前で、アポリーヌの前で、やってやった!
父はその際に、帝国から預かっている海賊団を壊滅させられたと言って、かなり憔悴していたが私には関係ない。
それからは今まで通り楽しく遊んで暮らした。
コンフラン家の女を見ると、今では笑いが込み上げてしまう。
そうして過ごしていたのに、アデルの結婚式で会ってしまったのだ。
アリスを一目見た時から、憎しみしか生まれなかった。
マノンに会った時を彷彿とさせた。
その美しく輝く黄金色の髪も、この世で最も美しい宝石と言われる、ヴァイオレットサファイアを閉じ込めたかの様な瞳も、全てが彼女の美貌を彩っている。
彼女の笑顔は、どんな人間であっても目を奪われた。
彼女のせいで海賊団を奪われて、多額の賠償金を支払わされたと、アリスを恨んでいた父でさえも。
私が、プリンセスなのに!
私が、主役なのに!!!
最近は部屋で一人になると、母から貰ったジュエリーボックスを開ける。
まだ残っている魔女の秘薬。
それを使う時が近い事を、私は感じた。
使えるのは一人、たった一度だけ。
これを誰に使おうか・・・。




