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⑨ アデルの出産

その次の年の六月、年度末の試験が終わり、成績優秀者二十名の名が張り出された。


ルイは学年の首席で、アリスの名は二十名の中に無かった。


アリスは二度、その貼り紙を見て、自分の名がやっぱり無い事を確認した後、何とも言えない顔になったまま貼り紙の前で突っ立っていた。


その顔を見たルイとイザベラは、頭の中で同じことを考えていた。




((あの顔、初めてのお茶会で母親から『友達作っておいで~』と手を放されて、知らない所でポツンと独りぼっちになってしまって、めちゃくちゃ不安で心細いけど、教育の成果で顔にはあまり出さないが、幼いが故にやっぱりちょっとだけ顔に出ちゃってる子供、


みたいな顔だな~))






口が軽く真一文字に閉じられて、つぶらな瞳が切なげに親の姿を探す子供の様で。


辛辣なイザベラでさえも、いつものアリスに戻って欲しくて必死に励ます。


何なら頭なでなでまでしていた。




(わたくし、ライバル相手に何やってますのー!?)






アリスはライバルだったようだ。




イザベラ、どこぞの悪役令嬢の様ななりだが、いい奴である。






ルイはアリスがとても一生懸命勉学に励んでいる事を知っている。手を抜いたりはしない。

いつだって“スーパーハニー”をがむしゃらに目指しているのだ。

だけどあまり地頭が良くないので、いつも上位に食い込む事ができない。

一度も名前が載らないまま二学年が終わった。



アリスはちょっとだけしょぼんとしていたが、帰りの馬車ではいつも通りに戻っていた。






「何で私、ルイのお膝に乗っているの???」


「落ち込んでるだろうと思って。慰めるために」




そう言って、ルイは自分の目の前にあるアリスの首元に顔を埋める。ルイの膝の上に横向きで座らされているアリスは、腰をガッチリと抱かれているので身動きが取れない。






「や~め~て~よー!」




侯爵夫人の読み通り、ルイもアリスの首回りが大好きで、いつも制服の襟から覗く首に吸い付いたり、くんかくんか匂いを嗅いでいる。


決してアリスが好きな行為では無いので、慰める名目で好き勝手しているルイであった。




「もう落ち込んでいないの?」

「うん。気づいたの。私の良さって、学園の成績で測れるものじゃないんだってこと」






確かに一理あるが、自分で言うなとツッコミを入れたい。





「俺もそう思う」


ルイは満面の笑みでアリスに同意をし、頬にキスを落とした。


「俺は知ってるよ。アリスのいい所。頑張っている事も知っている」


(キキ渾身の力作である)アリスのおくれ毛を、そっと耳にかける。そのまま手を頬に沿える。


ルイの瞳に優しい色が灯る。


アリスはこの瞳が大好きだった。


この瞳を見ると、何故自分の瞳が潤んでしまうのか、アリスは分からなかった。


ただこの瞳に見つめられると、もうルイの事しか考えられなくなり、囚われてしまう。


そして、ルイもアリスのこの瞳が好きだった。


自分と目を合わせると、美しいヴァイオレットサファイアの瞳が潤い出す。


そこには確かに、自分への熱が感じられる。






アリスはこの数年で、とても美しくなった。


元々美しい少女であったが、今、蕾が大輪に開花する時であるのか、華やかでありながらも瑞々しくもあり、十代の少女特有の弾けそうな若々しさが、誰の目から見ても(まばゆ)く輝いている。


全てが絶妙なバランスで、アリスの美貌を神々しくも彩っているのだ。




夏用の真っ白な制服から出るのは、陶磁器の様な白くて細い手足。

はち切れそうな程の胸元の下にあるのは、細くくびれた腰。

男性だけでなく女性までも、アリスとすれ違う時にはその美貌と完璧な肢体に目が釘付けになる。




そんな時ルイは、喜びと同時に恐れを感じてしまう。


自分の婚約者を自慢したい気持ちと、誰にも見られたくない、盗られたくないという気持ち。




アリスの美貌を語るのによく持ち出される逸話がある。

隣国の王太子が、アリスを手に入れる事が出来るのなら自国の領土を差し出すと、ヴィルフランシュ国に申し出て来たと言う。

もちろんシャルル国王は一笑に付し、どんなに大金を貰っても国宝を他国に売り渡す事はしないと言ったという。

噂話で上がるこの逸話は、実は真実で、その王太子は本気で領土を渡そうとしていたのを父親である国王に見つかって、謹慎処分を受けたという。

国王が笑いながらアデルとラファエルに話し、アデルが笑いながら侯爵家の面々に話した。

その話を、その場で洩れ聞いたメイド達が噂として話し、この王都に広まっていたのだった。




「アリス・・・。これ以上美しくならないで。・・・不安だよ」



ルイがアリスの首元で、不安げに吐息を吐く。



「や、やめ! そんな所で喋んないで! うひゃ、うひゃひゃっ」






アリスがくすぐったそうに身を捩る。

ルイはアリスの腰を抱く手を緩める事なく、自分の膝で横座りをするアリスの首元でわざと呼吸を繰り返す。






「うひゃ! うひゃひゃひゃひゃひゃっ!!!」






天使とは思えない笑い声で、アリスはこそばゆくって笑い続け、邸に着く頃にはぐったりとしていたのだった。




*****





アリスが邸に入ると、ちょうど邸内を散歩していて部屋に戻るところだったアデルと出くわした。




「アリス、お帰り」




聖母の様に優しくアリスに微笑みかけるアデルのお腹は大きく、そっと手を添えている。


妊娠に気付いてからコンフラン家に戻ってきていたアデルのお腹は大きく突き出ていて、もうすぐ出産予定日を迎える。


「一緒にお茶でもする?」



アデルに誘われて、アリスは超特急で部屋に戻って着替えを済まし、アデルの部屋がある一階にやって来た。



妊娠が分かって国王が最初にしたのが、アデルとラファエルの住まいをコンフラン家に移す事だった。

学園を卒業をしてから王太子の仕事をしていたラファエルは、アデルとの結婚後に国王の仕事の一部も任されていた。

職務を放棄している王太子妃は最初、それに気づかなかった。

しかし自分の取り巻きに、国王が王太子ではなくラファエルに次の王位を継がせる予定のようだと聞いて、ラファエルに何とか会おうと画策をしていた。

しかしラファエルが頑なに会おうとしなかった為、今度は王子夫妻が住む居住棟に乗り込んでくるようになった。

そうしてピリピリとしたムードが漂う王宮で、アデルの妊娠が発覚したのだった。


国王はすぐさま侯爵夫妻を王宮に呼び、アデルとラファエルはその日のうちにコンフラン邸へと居住を移した。


アリスはアデルが帰って来たことに喜び飛び跳ねていたが、ラファエルもいたので、スン顔になった。

ラファエルは甲斐甲斐しくアデルのお世話をしていたが、アリスは陰険な小姑のような目でラファエルの一挙手一投足を見ていた。

実際ラファエルから見たらアリスは小姑なのだが・・・。



しかしアデルのつわりが始まると、何とラファエルがクーヴァード症候群にかかったのだ。

アデルが「おえっ」となると、その横で彼も「おえっ」となる。

仲の良い夫婦に起こるこの現象に、侯爵夫妻は微笑ましい物を見るように二人を見守った。

その時もまだアリスは、陰険な小姑の目でラファエルを見ていたのだが。

とうとうラファエルに代理つわりの傾向が出始めた。

アデルはもう何も感じないのに、ラファエルだけが苦しむという。

アデルが感動したように、「私の苦しみを持って行ってくれたのね」と目に涙を溜めてラファエルに抱き着いたから、アリスは左の眉をくいっと持ち上げてその光景を見つめた後、その場を離れた。

それからは陰険な小姑の目でラファエルを見なくなった。



「ね? あの子、単純なのよ」


アデルがアリスの後ろ姿を見ながら、ラファエルににやりと微笑んだ。

しかし、絶賛代理つわり中のラファエルは、「よ、よかった・・・」と一言呟いて、青い顔のままアデルに倒れ込む様に抱き着いたのだった。





「お義兄様は?」

「ラファエル様は今日は王宮に行ってるわ。陛下に何か緊急の報告があるみたいで。

お昼過ぎに出て行ったから、もうすぐ帰ってくると思う」

「ふ~ん」


興味が無いような声で返事をしたアリスだったが、今ではもうすっかりラファエルと友達である。

大事な姉を大事にしてくれる人だから、信頼しているのだ。


今アデルとラファエルが使っているのは一階にある客室の内の一つで、その中でも身分の高い方が泊まれるように贅を尽くしたコネクティングルームになっている。

リビングであるこの巨大な部屋が、手狭に感じるほど所狭しと配置されている赤ちゃん用品。

豪華なベッドに大量のおもちゃ。

隣のベッドルームにある個別のドレスルームには、入りきらないほどのベビーウェアが山積みになっている。


これらは侯爵夫妻と、コンフラン領にいる前侯爵夫妻、そして国王から競う様に送られてきている、ほぼ毎日。

そしてラファエルも、機会があったら一度に大量のお土産を買ってくるのだ。



アデルとアリスはひと時の穏やかなティータイムを過ごしていたが、アデルの美しい顔が苦し気に歪み、そのひと時に終わりを告げた。


アデルは深呼吸をしてから、落ち着いた声でアリスに声を掛ける。



「アリス。陣痛が始まったみたい。お母様にお医者様を呼ぶように言って」


アリスは驚き、ソファから飛んで立ち上がったが、アデルが苦しみながらも優しく自分に微笑んでくれたので、少し冷静になれた。

そして重大な任務(ミッション)を与えられた兵士の様に敬礼をした。

「あい!!!」










時計の針が翌日を指し、東雲の空に気の早い鳥の声が聞こえる頃、この国の未来の王が、この世に生を受けた。










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