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② どっちが守るの?

お待たせ致しました。 連載始まります!


第一話でアデルの婚約者を王太子としてしまいましたが、王子に修正しました。

正しくは王太子の一人息子です。

よろしくお願いいたします。

伝説の仁王立ちの次の日、朝からアリスは乳母を連れて、侯爵邸をとてとて歩く。

その後ろ姿を微笑ましく見ていた乳母が気づいた時には、アリスはもう当主の執務室の前に来ていた。

そしてそれに気づいた乳母が止める間もなく、ドアを思いきり叩く。


「パパーーー!!!」


しかしちっちゃなもみじの様な手では、ドアを叩いてもぺちぺちと音がするだけだったが、声は廊下に響き渡る程大きかった。

まさかの奇行に乳母の顔が真っ青になる。

いくら父親と言っても当主が執務中のこの時間に、前もってお伺いも立てずに現れ、さらに取次も頼まずにノックではなくドアを叩くというのは、いくら幼児と言え貴族子女としては奇行になってしまう。そしてそれを教え諭すのが、乳母である自分の仕事なのだ。


乳母があわあわしている間に中からアリスの父親が顔を出した。


「どうした、アリス! 何かあったのか!?」


娘の奇行を緊急案件と思い込み、侯爵は執務室の入り口で娘の体に異変が無いかチェックし出した。

乳母は、ただ何をやっても許されると思い込んでの行動であることがばれるのではないかと冷や冷やしていたが、侯爵にとってはそれは特段問題では無かったようだ。

愛娘の体に異常が無い事を確認した侯爵は、次は心のケアをする。


「怪我はしていないようだが・・・。誰かに何かされたのか? 意地悪とか? それならパパに言いなさい」

「ありしゅにいぢわるするやちゅがいるの? それならそいちゅがわるいことたくらむまえに、このありしゅが、こてんぱんにしてやる!」

父親を下から睨み上げながらガッツポーズを作るアリス。


「なんだ。意地悪をされた訳でも無いんだな」

侯爵はホッとしているが、こてんぱんにしてやると鼻息を荒くしてガッツポーズをしている娘を直視して欲しい。

そして侯爵は、自分の娘が純真無垢な天使では無いことを、そろそろアップデートした方が良いと思われる。




「パパにはなしがあってきたにょよ」

「そうか、パパに話があって来たのか」


娘に異常があったわけでないと分かった侯爵は、デレデレしながらアリスを抱っこして執務室に入っていく。乳母は、今回の事が不問になった事にホッとしながらも、アリスが何をやっても許される事に少し危機感を覚え、今日中に奥様に知らせておかなければと早急に予定を立てる。


執務机の前にある来客用ソファにアリスを座らせてから、侯爵は鈴を鳴らして執事を呼んだ。

執務室に来た執事のセバスチャンにアリス用のお茶とお茶菓子を頼んだ後、侯爵はアリスの横に座って、優しく愛娘の頭を撫でながら訪ねる。


「それで、我が家の天使はどうしたの?」

「パパにおねがいがあって。ありしゅのこんにゃくしゃはポンコツにしてほしくって」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」


ホットミルクとクッキーをサーブしていた執事も、アリスに付いて来て今は執務室の壁際に寄っている乳母も、侯爵と同じように目をかっぴらいてアリスを凝視した。


「だーかーりゃ! ありしゅのこんにゃくしゃをすぱだりにしちゃったら、おいえをのっとられりゅから。ありしゅがこーしゃくけをつぐから、ありしゅのおっとはポンコツがいいのよ」


そこまで言って、アリスは目の前のホットミルクをフーフーしながら飲み始める。

その間も侯爵は目が点になったまま、愛娘の言い放った内容を咀嚼する。

アリスはクッキーを手に取って、父親を見上げる。


「パパも、このいえのちをうけついでないやちゅがこーしゃくになって、すきかってやったら、やでしょ?」

「もちろんだよ! でも、なんでそんな発想になっちゃったの?」

「しょれが、セオリーだからよ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・セバス。後でアデルを執務室に呼びなさい」

「・・・・・・・かしこまりました」


セバスチャンは知っていた。

今現在、アデルが侯爵夫人に呼び出されて、アリスに一体どんな読み聞かせをしていたのか問い質されていることを。


(アデルお嬢様。本日はダブルパンチでございます)


セバスチャンは心の中でアデルに黙祷をする。



「コホン。 アリス、アリスのお相手はこのパパが、この国一番の男性を見つけてくるから任せなさい」

「あい。でもありしゅがこーしゃくになりゅからね」

「アリスが継ぎたいの?」

「うん。ありしゅは“すーぱーはにー”になりゅから」

「すーぱーはにー??? 何だい、それ?」

「あ、スパハニはなまえでいわないんだった。あたちっていわないと」


父親を丸っと無視して、アリスはもう一度宣言をする。


「あたちがスパハニになって、こーしゃくけをつぐからね。あたちのこんにゃくしゃはポンコツにしてね」


とりあえずよく意味は分からなかったが、天使の笑顔に丸め込まれた侯爵は、笑顔のアリスの頭をナデナデしながら了承をする。


「わかったよ。じゃぁ侯爵家を継ぐために、お勉強を頑張るんだよ」

「あい!」


返事だけはいっちょ前のアリス。

侯爵も、まだまだ先の話だからとこの時は適当に話を合わせていた。

それから間をおかずに、アリスの婚約者を決める事となるとは思ってもみずに。




その夜、母親と父親にダブルパンチでお叱りを受けたアデルは、アリスのせいだからと、嫌がるアリスを使ってリアル着せ替えごっこを楽しんだ。


「やっぱり天使は白が一番似合うわね」

「アデルお嬢様、瞳の色に合わせた薄い紫色のドレスも捨てがたいですわ」


アデルは自身の専属侍女と、アリスの乳母の三人で、アリスが寝落ちするまで着せ替えごっこを楽しんだのだった。

「・・・んがっ」

アリスは衣装を着たまま、白目を剥いて寝落ちしてしまった。






それから一ヶ月ほどが経った頃、侯爵は国王に呼び出され、アリスの婚約者を王命で指名された。


「カイゼルスベルク公爵家のルイ様ですか?」

謁見の間ではなく、王宮にある応接室で、アリスと公爵家次男のルイとの婚約を提示されたのだ。

カイゼルスベルク公爵家はヴィルフランシュ王国の最南端に位置し、気候が温暖で農作物の栽培に適していることから、この国最大の穀物層を担っている。

しかし昨年の大雨による川の氾濫で、多くの穀物が収穫期を迎える前に流されてしまったのだ。国民の食べる今年の分に関しては、王家が保管していた分を開放した為問題は無いが、カイゼルスベルク公爵家は大打撃を受けた。川の氾濫による土地の修復に莫大な費用が掛かるのに、今年の収穫がほとんど無いからだ。

さらに公爵の腹心であった侍従長が公爵家の資産の使い込みをしていた事が発覚し、公爵家は一気に存亡の危機に立たされたのだ。

そこで王家からの打診が、コンフラン侯爵家のアリスとカイゼルスベルク公爵家の次男であるルイを婚約させ、侯爵家に公爵家を支援して欲しいと言ってきたのだ。


国王がこの件に物を申した理由は、建国の王弟が起こした家である名門カイゼルスベルク家を守る為と、現カイゼルスベルク公爵夫人が、国王の娘だったからである。


コンフラン侯爵は正直面倒くさいと思っていた。

侯爵家はかなり裕福であったため、特別に公爵家に恩を売りたいわけでもないし、縁続きになりたいわけでも無いからだ。

しかしここで断ると、心証を悪くしてしまう。


つまり、侯爵家の回答は「拝受します」の一択しか無いのだ。

応接室で国王よりお願いをされているが、その実これは王命に近かった。



(まいったな~・・・)



侯爵は背に影を背負って、その日王宮を後にしたのだった。



そうして、アリスの希望は全く無視された婚約者が選ばれた。



*****




まだまだ夏の日差しが熱い頃、コンフラン家の応接室で、アリスとカイゼルスベルク公爵の次男、ルイの顔合わせが行われた。

国王の末娘で、白金の髪に王族特有の金色の瞳を持った儚げな雰囲気の公爵夫人と手を繋いでやってきたのは、カイゼルスベルク公爵家特有のふわふわの黒髪に、夫人から受け継いだ金色の瞳を持った、これまた巨匠レオナルドの手によって描かれた天使の様に可愛らしい幼児だった。

さらにルイはヤル気の無い子供なのか、夫人のおっとりとした気質を引き継いだせいなのか、大人しく恥ずかしがり屋だった。

少したれた目をほんの少し伏し目がちにモジモジすると、黒いふさふさのまつ毛が目に影を作り、アンニュイな雰囲気が出る。


人見知りでもあったようで、母親の後ろで顔を隠してしまう。公爵夫人が背中を押すと、母親のドレスを握ったまま、少しだけ顔を出して儚げにはにかんだ。

侯爵夫妻は、そんなルイにキュンキュンだった。



「じゃあ、アリス。ルイ君とお部屋で遊んでいらっしゃい」



侯爵夫人の計らいで、二人は親睦を深める事となった。


「わかった。ルイ、いこ!」


アリスは父親が自分の希望通りにポンコツを婚約者に選んでくれたと信じていた。さらにルイがぽやっとした子供だった為、アリスは最初からお姉さんぶった態度を取っていたのだ。

ルイは小さく頷くと、差し出されたアリスの手を握った。それに満足したアリスが、「こっちだよ」と言ってルイを引っ張っていく。乳母がその後を追いかけて行くまで、侯爵家の面々も公爵夫人も二人を微笑ましく見守っていた。



「ここがありしゅのへやだよ!」


アリスは初めての同い年の友達に興奮し、自分の部屋の説明を事細かにしていく。

アリスに引っ張られるようにして部屋の説明を受けるルイは、やはりここでもアンニュイなままだった。しかしルイも、初めての同い年の友達が嬉しかったのか、アリスには終始儚げな笑顔を向けていた。

二人はアリスの部屋にあった大量のぬいぐるみで遊び始めた。


「ありしゅがパパね。ルイはママ」

勝手に配役を決められたルイが、不思議そうに首を傾げる。


「ルイはおとこのこだから、パパぢゃないの?」

「ほんとーは、そうかもだけど、ありしゅが“すぱはに”だから、ありしゅがパパだよ」

「???」

「ありしゅがルイをまもってあげるってこと!」

「!!!」


ルイは小さな脳みそをフル回転させた。


ルイの母親はルイを産んだ際に体調を崩し、気候の穏やかな公爵領でルイと暮らしていた。

生れた時から人に傅かれて生きていたお姫様だった夫人は、かなりおっとりとしており、その夫人と四六時中一緒に居るルイも、おのずとおっとりとした。

気だるげでヤル気の無さそうなルイではあったが、大変聞き分けの良いお子様だった。

馬車の中で夫人から言われた事を反芻する。


「ルイ。今日会うアリスちゃんは、ルイのお嫁さんになる子だからね。仲良くしようね。

アリスちゃんは女の子だから、ルイが守ってあげないと、ダメよ」

「はい。おかーしゃま」


のんびりのほほんと、そんな会話をした。


「ちがうよ。ぼくがまもってあげるんだよ?」

「!!??」


ルイはそっとアリスの手を握った。それがルイの中の、守ってあげることを示す行動だったようだ。

しかしスーパーハニーを目指すアリスは、ルイの手をはらってしまう。


「ちがう! ルイはぽんこちゅだから、ありしゅがまもってあげるの!」

「でも、ぼくがおとこのこだもん」

「かんけーないもん!」

「あるもん。おかーしゃまとやくしょくしたもん」


なかなか聞き分けの無いルイにムッとしたアリスは、とうとう力業に出てしまう。

立ち上がってルイを押したのだ。座っていたルイはそのまま後ろにコロンと転がってしまった。

ビックリしたルイは、そのまま立ち上がれずにしくしくと泣き出してしまった。


乳母がルイを泣き止まそうと抱っこすると、アリスの闘争心にさらに火が付いた。


「ありしゅのうばだぞー!」


乳母の足許で、ルイの足を引っ張って下ろそうとしだした。

ルイはビックリして、火が付いた様に泣き出した。


「うわ~~~~~ん! おかーたま!!!」



メイドが慌てて応接室の主人の元に走る。

アリスの両親と公爵夫人が部屋にやってくると、火が付いた様に泣き叫ぶルイと、そんなルイの足を引っ張って、乳母の腕から引き摺り下ろそうとするアリス。そしてアリスを注意する乳母。なかなかのカオスだった。


「ルイ!」


母親の声で振り向いたルイは、大粒の涙を流しながら母親の方へと手を伸ばす。

侯爵夫妻はびっくりして、とりあえずアリスを落ち着かせようとし、侯爵がアリスを抱っこした。


「何やってるんだ、アリス! 泣かしたらダメだろ?」

「パパがわるいんだ! ちゃんとぽんこつをえらんだの!?」


父親の髪の毛を引っ張って猛抗議をするアリス。

母親が慌ててアリスの口を閉じさせようとする。




顔合わせは大失敗だったが、王命の為無かった事にも出来ない。

自分達より身分が上の公爵夫人に平身低頭で謝る侯爵夫妻。しかし公爵家もこの婚約で援助してもらう立場であるので、「お互い様だから」と水に流す。

まだお互い三歳児なのだから、今から婚約者としての交流をする必要も無いだろうということで、話は落ち着いた。



とんだお転婆に育ってしまったと、自分たちの育て方を猛省する侯爵夫妻とアリスを残して、公爵家の馬車は帰って行った。




遠ざかる馬車を見送り続けながら、侯爵は横に並び立つアリスの名を呼ぶ。


「ア~リ~ス~」

父親が低い声で呼んでも、アリスは口を尖らせて黙り込む。

「アリス」「あい」

母親が呼ぶと、口を尖らせていても返事をするアリス。

「いらっしゃい。お尻ぺんぺんよ」

母親の一言で地獄に落とされたアリス。


「だって、ルイがわるいんだもん!」

「それでも! 男の子を泣かしたらダメでしょ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あい」



かなり不服ではあるが、返事だけは良いアリス。




その日の夜。

アリスの部屋にやって来たアデルは、本の読み聞かせをする為に、最近はまっている本を開く。

両親からこってりと怒られたアデルは、恋愛小説をアリスに読み聞かせるのは止めた。暫くは幼児向けの童話を呼んでいたのだが、王子妃教育に疲れてきたアデル。最近また悪い虫が疼き出したアデルが先日より読みだしたのは、空を飛べる魔法使いが出て来る冒険ファンタジー小説だ。

どうやら空を飛んでどっかに行ってしまいたい程につらいようだ。



しかし少しすると、アリスの様子が変な事に気付いた。

実は夕食後に、侯爵夫妻から今日の出来事を聞いていたアデルは本を閉じ、少し元気の無い妹に声を掛けた。



「どうしたの?」

理由は知っているが、アデルはアリスの頭を優しく撫でながら訊ねた。

アリスは少しだけ逡巡したのち、たどたどしく今日の出来事を優しい姉に話す。

話し終えたアリスが、窺う様にアデルを見つめる。そんなアリスを優しく見つめたアデル。


「それで、ルイ君には謝ったの?」

「だって、ありしゅ、わるくないもん」

「本当に?」

「・・・・ほんとうだもん」

「ルイ君は何でこけちゃったの?」

「・・・・・・・」

「アリスが?」

「・・・おしたから・・・」


アリスは大きな瞳にうりゅりゅと涙を溜めて、口を一文字に閉じる。


「・・・・・・・・ごめなしゃい・・・」

「私に謝られても困るわ」


アデルが優しく微笑むと、アリスは目をごしごしとこする。

アリスの中で、“スーパーハニー”は泣かない強い女性なのである。そして、自分の間違いを認める事の出来る女。

それが真のスーパーハニー。


「ルイにあやまりゅ・・・」

「そうね。そうしましょう。イイ子ね、アリス」


アデルは優しくアリスをベッドに寝かせて、布団を被せてあげる。


「アリスがちゃんとごめんなさいしたら、またルイ君と遊べるわ」

「ほんと?」

「おねーちゃまが嘘をついたことある?」

「ない!」



アリスは明日になったらルイに謝る事を心に誓って、眠りについた。



しかし、それからアリスがルイに会えたのは、この日から一年が経ってからのことだった。







なのに、アリスの中ではもうルイに謝った事に記憶が書き換えられてしまった。

眠る前に謝る決断をし夢の中でルイと遊んだアリスは、すぐにルイと会えなかった事もあり、記憶があやふやになってしまったのだった。







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