⑧ 再びのコンフラン領
多くの貴族が冬の間は領地へと戻る中、学生たちは十二月まで学園があるため、帰省は十二月に入ってからになる。
コンフラン家はアリスの終業式まで待ち、家族そろって領地に戻る事にした。
アリスとルイが共に揃ってコンフランの領地に戻るのは、あの事件以降初めての事だった。
少しアリスが興奮状態であったが、さすがのルイも、これがあの事件によるものなのか、ただ久しぶりのおでかけに興奮しているだけなのか分からなかった。
しかし、分かっても分からなくても、彼の瞳はいつだってアリスだけを捉えている。
ルイの心配が憐れに感じる程、アリスは恋人との初めての旅行に浮かれているだけだった。
親たちとは別の馬車に乗っている為、「新婚旅行みたい~」とキャッキャッとはしゃいでいる。
ルイはそんなアリスを優しい眼差しで見つめ、彼女のおくれ毛をそっと耳にかけてあげる。
実はアリスは、この行為が一番キュンキュンするので、最近はキキに必ずおくれ毛を作るようにお願いしている。
そしてルイも、女の子の髪形でこのハーフアップにしておくれ毛を作るスタイルが一番好きなようだ。
しかしキキ的には、計算しつくして作ったこの完璧なおくれ毛を耳にかけられると、自分の作品を台無しにされて感じがして好きではなかった。
だけどお給料を頂く側のキキは不満を飲み込む。
侯爵の命を受けたキキが同じ馬車に乗っていても、二人は気にもせずにキャッキャウフフと楽しそうで。
(あ~、・・・恋がしたい)
キキにとってつらい旅となった。
そうして一週間をかけて辿りついたコンフラン領。
小さな子供達は、領主様の馬車が通ると手を振って追いかけてくる。
アリスは無邪気な笑顔で、馬車から体を乗り出して手を振り返している。
ルイはそんなアリスを優しく見守り、そしてキキは、そんな二人をニマニマと見ていた。
始めは、独り身でカップルと同じ馬車に乗る拷問を受けていたキキであったが、旅路の途中で悟りを開き、領に着く頃には、観劇気分でカップルのイチャイチャをニマニマと見ることが出来るようになっていた。
要塞城では、久々の本家の姫様の帰還に、みんなの瞳に涙が浮かぶ。
あの事件は、それほど多くの人々に深い影を落としていたのだ。
しかしアリスはそんな事などなかったかのように、領地での日々を元気いっぱいに過ごした。
相変わらず変装して城下町に下り、誰にも気づかれていないと信じ切って、町娘の振りをして楽しんだ。
しかし領民は気づいていながら、知らぬふりをして我が領の姫様が恙無く過ごせるように力を注いだ。
年が明けると、侯爵はアリスとルイを海とは反対の農業地域にも連れて行った。
戦争前は貴族向けの高級なフルーツなどを作っていた畑であったが、戦争中になかなか物資が届かない事があった為、戦争が終わってから、当時の侯爵は領内で自給自足が出来るよう、農業にも力を入れた。
寒い地域でも育つ野菜などを、どんどん取り入れていったのだ。
特に平民が冬に好んで食べる白いシチューに入れるカブやじゃがいもに力をいれた。
ここでも、侯爵が一緒に居てさらに『お父様』と呼んでしまっているにも関わらず、町娘を気取っているアリス。
しかし農民は、初めて見る末姫様が目ん玉飛び出る程の美貌であるために、そちらに気を取られてアリスの変装ごっこには気づかなかった。
アリスは腰の曲がった老婆が畑で一生懸命にカブを収穫している姿にビックリして、手伝いを申し出た。
初めて重労働を体験したアリスは、その大変さに驚いた。
そして辺りを見渡して、さらに驚く。
「ご老人が多いのですね」
つい呟いた一言に、その場にいた全員の視線が集まる。
「残念ながら、若い男の子は海の男に憧れて、若い女の子は王都で働くことに憧れる。
だからここらは後継ぎが不足しとるんじゃ」
老婆が寂しそうに話したことが、アリスの心に引っかかった。
「何とかしてあげたいね・・・。せめて十代の子供でも残ってくれたらいいのに」
「この領は子供達に無料で字を教えているから、識字率が高いんだ。そして学校に通えない程の貧民も居ない。だからほとんどの女の子は学校に通う為に王都に行き、そこで就職してしまうんだな」
「そうなのね・・・。王都では子供が溢れかえっているのにね」
「「・・・そう???」」
アリスの言葉にルイと侯爵が首を傾げる。
「ええ。最近王都では孤児が溢れかえっていて、孤児院が満杯なんですって。
そのせいで、“ストリートチルドレン”という路上で生活する子供達が多くて、問題になっているのよ」
確かに、“ストリートチルドレン”が増えていて、治安悪化に影響が出ていると貴族議会でも問題となっている。
しかし男性の間では、その原因については認識がされていなかった。
ルイと侯爵は顔を見合わせた。
城への帰り道、農家の老人達や、近い将来起こるであろう少子化問題に、アリスは頭を悩ませて顔を曇らせた。
ルイはそんなアリスの肩をそっと抱いて、優しく慰める。
「大丈夫だよ。この件は俺に任せて。アリスは何も心配しなくていいよ」
「本当?」
「うん。解決の目途が立ったら、教えるから」
「うん。やっぱりルイは頼りになるね!」
アリスとルイが微笑み合う。
何ならちょっといい雰囲気が出てきた。
お互いが、もう少し触れ合いたいと目に熱が籠り始めると、
「お父さん、いるからね? NO! 不純異性交遊!!!」
侯爵が甘い雰囲気をパパッと手で払う。
「そもそも、この座り方もおかしいと思うんだ?
普通、ルイルイ一人で座るべきじゃない?
何でアリスはお父さんの横に来ないのさ!」
その後も、ぶちぶち文句を言い続ける侯爵を乗せて、馬車は暗くなった頃に城に辿り着いたのだった。
学園が始まる前に、コンフラン家は王都に戻った。
侯爵は今回の事をルイに任せた。
ルイはその年に、ヴィルフランシュ王国初めての私立の学校をコンフラン領に立ち上げた。
その学校では、王都の学校と同じ様な内容を学べて卒業資格ももらえる。
そして、孤児院の子供達やストリートチルドレンの中の希望者をコンフラン領の孤児院に移した。
まずは孤児院の子供達と、農家で養子縁組が出来るのが最良。
できなくても、子供達はそのまま孤児院で過ごし、十二歳になったら学校に通い出す。
その学校は、孤児院の子供達は無料で通えるが、その代わりに放課後に農場でのお手伝いが必須になる。
最初は上手くいかなかったこの事業だが、アリスとルイが卒業する頃には少しずつ歯車が噛み合うように順調に進み、アリスとルイの子供達の時代には、コンフラン家は一早くヴィルフランシュ王国の領土の中で、少子化問題を解決していった。
これにより、裕福な領を持つ高位貴族が、領内に学校を作る所が少しずつ増えていき、王都に子供を送れない家でも、近隣の領に受け入れてもらい、多くの平民が学校に通うことができるようになった。
そうしてこの国の識字率は格段に上がり、ほとんどの平民が学校に通うのが当たり前になっていったという。