⑦ 王家の闇
現在の国王、シャルルには二人の男児がいた。長男のアンリは王位に興味が無く、勉学や読書が好きな穏やかな少年だった。
国王は次男を王太子にしようかと思ったが、その年代で最も王妃に相応しいと思われる少女とアンリが、恋人同士になったのだ。
その少女は、若くして国王となったシャルルを支え、導いてくれた宰相の孫であり、彼女自身もかなりの女傑であった。
少し気の弱いところのあるアンリを支えてくれるであろうと思い、アンリに「マノンと結婚したいなら王太子になるように」と諭した。
そうしてアンリが王太子となった。
次男は友好国の王女の王配になることが決まった。
北にある大陸の、帝国との戦争が終結して五十年が経つ。
しかしまだ警戒を解くことが出来ないと感じていた国王は、お忍びでコンフラン港を訪れた。
そこで見たのは、海の男に扮した戦士・剣士達の存在だった。
お忍びであってもコンフランの情報網を搔い潜ることは出来なかったようで、港でコンフラン侯爵(現在の前侯爵)に迎えられた国王。
その時に、コンフラン家が終戦から心にしていた言葉を聞いた。
”和平は結ばれた。しかしそれは未来の平和を約束するものでは無い”
国王はコンフランの考えに共鳴したが、帝国の目があり表立っては対策を取れなかった。
そうやって国王が外に目を向けている間に、内に新たな火種が起きたのだ。
アンリの婚約者で宰相の孫であるマノンが、学園の階段から落ち命を落としたのだ。
国王が驚き調べさせると、アンリがとある子爵令嬢と仲良くなり、それに嫉妬したマノンが彼女を階段から落とそうとして自分が落ちたのだという。
マノンらしくないと思いつつも、気の強い彼女であればあり得る事かとも思った。
国王は、息子が他の娘に目移りしたのかと舌打ちしたい気分であったが、マノンの亡骸にしがみついて泣く息子に違和感を覚えた。
しかし学園で多くの者がその事件を目撃していたこともあり、本件は事故として片づけられ、宰相は一言も恨み言を言わずに職を辞して、孫娘の遺体を連れて領地に戻って行った。
既に次男は隣国の王女と婚約を交わしていたため、アンリが王太子から降りる事は許されず、彼は亡霊の様に無気力に生きていた。
国王は、子爵令嬢など王妃にすることは出来ない為に急ぎで婚約者の選定に入るが、ほとんどの高位貴族の令嬢は婚約者がいたため、どこかの縁を結びなおすことも視野に入れた。
そんな頃、とある伯爵令嬢の婚約者が病気で亡くなった事を知った国王は、伯爵家と令嬢について調べ始めた。
そこは歴史のある伯爵家で、伯爵位の中でも裕福であった。
令嬢は物静かではあったが読書が好きで、知性もあり学園での評価も高かった。
大急ぎで伯爵家と婚約を結んだ。
国王にとっては最善ではなかった。
気の弱い王太子と物静かな伯爵令嬢。
マノンが亡くなったのが悔やまれた。
(あの豪傑なコンフラン家に妙齢の娘がいれば・・・。)
国王が頭の痛い日々を過ごしているころ、また事件が起きたのだ。
伯爵令嬢がかの子爵令嬢に嫌がらせをしているという。
国王は、あの物静かな令嬢の姿を思い浮かべ、その噂を一笑に付した。
しかし噂は収まらずにどんどんと広まり、挙句の果てにとある伯爵令息が、嫌がらせをしていたその令嬢の手を掴んで地面に組み伏せたという。
伯爵令嬢は恐怖で気を失い、そのまま心を病んで学園に戻って来なくなった。
その時も周りで見ていた者の目には、伯爵令嬢が泣いている子爵令嬢に掴みかかろうとしたところを、その伯爵令息が取り押さえたように見えたという。
国王が頭を抱えているところに、コンフラン侯爵が長男を連れて王宮に訪ねて来たのだ。
コンフラン侯爵からの話は驚く物だった。
来年学園に通う予定の長男であるが、学園がどんなものか知りたくて、連日訪れては上級生に話を聞いていたそうだ。
そうして、あの伯爵令嬢の事件の時も、たまたま居合わせたという。
しれっとそう国王に伝えた侯爵の横には、金髪碧眼の線の細い子息。
彼はたいそう美しい顔に、人懐っこい笑みを浮かべていた。
人好きのする彼の雰囲気は、話す者の警戒心も一瞬で溶かしてしまうだろう。
国王は、次期コンフラン侯爵でもあるその少年を、まじろぎもせず見た。
国王に射貫くように見つめられても飄々と立っている姿は、腹立たしくもあり、そして頼もしくも見えた。
その子息が言うには、確かに伯爵令嬢が子爵令嬢の方に手を出していたとの事。
しかしそこには、危害を加えようという意思のない行動であったうえに、伯爵令嬢は泣いている子爵令嬢に心配そうな表情をしていた。
つまり子爵令嬢に嵌められたのでしょう。
子息は心底嫌そうな顔でそう言った。
そして子息が調べた結果、マノンが階段から落ちる瞬間を見ていたのは全員下位貴族であったこと。
そして驚くべき新事実は、国王が聞いた調査結果で、王太子と子爵令嬢が仲良くしているという噂であったが、それは下位貴族の教室内でしか噂になっていなかったのだという。
調査員は事件の目撃者に話を聞いたために、その様な偏った噂しか見つけられなかったが、コンフラン侯爵子息が高位貴族に確認すると、王太子とマノンの同級生達は、皆が二人は恋人同士であると知っていた。
伯爵位のクラスでは、王太子とマノンが恋人同士であると知っていたものは半分ほどで、王太子と子爵令嬢が恋仲であると信じている者も半分ほどだった。
王太子とマノンがあまり一緒に居る所を目撃したことは無いが、王太子が子爵令嬢と話している姿を見かけた者がいたため、その噂が広まったようだ。
そして低位貴族のクラスでは、王太子と子爵令嬢は隠れた恋人同士であるというのが、公然の秘密であった。
マノンに近しい令嬢に確認を取ると、マノンと王太子はお互い支え合っていたようで、その為に別行動が多かったらしい。
王太子の執務が多い時はマノンが学園に残り生徒会に参加をし、マノンの王太子妃教育が忙しい時は、王太子が学園に残り生徒会に参加をしていたのだ。
その為、クラスが違う生徒達にとってはあまり一緒に居ないイメージが付いてしまったが、クラスでは二人はいつも一緒で、確かに愛し合っていたのだという。
国王は、その子爵令嬢の罪を暴く為に多くの影を動かしたが、何も見つけられなかった。
学生の時に見張りを付けるのは可哀そうだと、王太子やマノンに影を付けなかった事が悔やまれる。
側近達に話を聞いても、確かにあの子爵令嬢がよく王太子に話掛けてきたがそれだけで、怪しい動きをしたことも無かった為、気にもしていなかったという。
低位貴族の子供達が、雲の上の存在である王太子と同じ学年になれば、少し浮かれて話掛けてくることはよくある。
王太子は気さくに誰とでも話した為に、特にそういう事が多かった。
儚げな美少女がしょっちゅう話しかけてきても、目くじらを立てる程でもない。
側近たちは全て高位クラスに所属していた為、低位貴族のクラスでその様な噂が立っていることすら気づかなかった。
調査員や影が調べても、子爵令嬢が罪を犯した証拠は見つからなかった。彼女は、一言も自分と王太子の関係について、クラスメイトに話した事は無かったのだ。
だが、低位貴族のクラスでは、皆が彼女を王太子の恋人だと思っていた。
何故その様に勘違いしたのか聞いても、誰も何故だかは覚えていないという。
国王が頭を抱えている間に、三年生だった王太子は学園を卒業した。
そして卒業パーティの次の日、王太子の部屋のベッドで眠る子爵令嬢が侍女の手によって見つけられた。
王太子は自分の横で裸で眠る彼女に気付いて、そのまま嘔吐してしまったという。
侍医が調べた結果、王太子には酩酊させる薬物を飲まされた形跡があり、そして確かに二人が一線を越えた事が明らかとなった。
国王は頭を抱えて、心の中でその子爵令嬢を毒殺したという。
しかし、王家の血筋を孕んだかもしれない女性をそのままにすることは出来ず、彼女は王宮に一室を与えられた。
彼女の父親が下卑た顔で謁見を申し出た時には、一族郎党この国の貴族名鑑から消してやると心に誓ったという。
どうせたった一度の過ちで子が出来るとは思っていなかった国王が、この世の不条理に言葉を失ったのはそれから数ヶ月後の事。
しかしそれでも信じていなかった国王は、王家の色を持たない子供が生まれたら、一族郎党処刑出来ると考え、生まれる前に始末をする事は考えなかった。
そして生れて来たのは、疑いようもなく、王家の白金の髪と黄金色の瞳をした、王子だった。
「王宮に来てから、あの女のやり方には気づいていたわ。
明確な事は何も言わないの。誰もが裏を読んで、意図を汲み取る様に仕向けるだけ。だから誰もあの女の罪は問えないの」
アデルは冷めた紅茶を一口飲む。
「そんなところが、恐ろしい程に頭がいいと思っていたのだけど。
今日の事を考えると、行き当たりばったりな感じもする。
だけど、煙も無い所に火を起こすのがとても上手だわ。
あんな手に出るなんて、誰も予想できないもの・・・」
「遠くから見た時、王太子妃様の声だけがやたら聞こえてくるの。そうすると、お姉様が王太子妃様に怒ってるような状況にしか見えなかったわ」
アリスも先ほどの現場を思い出しながら、状況を話した。
「そうね。普通貴族令嬢や夫人は大きな声を出さないし、そもそも人前で泣いたり喚いたりしないわ。そんな事をされて驚いている間に、彼女に都合のいい状況が作られてしまうのね。
今日は本当に痛い目にあったわ。
アリスが来てくれて、本当に良かった」
「嬉しい! お姉様の役に立てて!」
アデルがアリスに微笑みかけて頭を撫でたので、アリスは嬉しくってソファに腰かけたままでぴょんぴょん跳ねる。
アデルは真剣な顔でアリスの顔を覗き込む。
「だけど、やっぱり当分は王宮に来ないようにね。
あの女のやり方は卑怯すぎて読めないし、やり返すのが難しいわ。
あの女は現時点でこの国の頂点に立つ女性だから・・・」
「でも、女の戦いに国王様は太刀打ちできないでしょ?
お姉様も頭がいいから、頭の悪い王太子妃様との戦いは苦戦を強いられるわ。
だからこれは、コンフラン家の女三人でやっつけてやりましょうよ!」
アリスが握りこぶしを作ってアデルに笑いかける。
まだまだ子供だと思っていたアリスも状況を見て判断できることに気付いて、アデルは少し頼もしく感じられた。
「そうね。社交界を牛耳ってるお母様の権力と、私の頭脳。そして・・・」
「そして!」
アリスは、アデルが自分の良い所を言ってくれると信じて、ワクワクドキドキ次の言葉を待つ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ルイルイ(というスパダリ)に溺愛されているアリスの、ルイルイによる影響力で、戦いましょう!」
「うわ~~~~~~ん! ひどい~~~~~!!!」
泣き叫ぶアリスを、笑いながらアデルは抱きしめた。
「お姉様きらい~~~!!!」
「あははは。ごめん、ごめん」
この王宮に来て初めて、安心して心から笑ったと、アデルは気づいた。
*****
アデルと手を繋いで、アリスは馬車乗り場に向かう。
こんな場所にアデルを置いて帰ることが嫌だったアリスは、最後までアデルの手を離さなかった。
「大丈夫よ。国王様も王太子様も、そしてラファエル様も私の味方だから」
アデルはアリスを安心させるように笑いながら、妹の頬に手を当てる。
「何か困った事があったら、絶対言ってね!」
アリスは馬車の窓から身を乗り出して、姉の姿が見えなくなっても手を振り続けた。
アデルはそんな妹の姿に笑いながら、妹の姿が見えなくなってもその場で手を振り続けた。