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⑥ アデルの窮地をスーパーハニーが助ける!


「おはよう」

「おはよう」




侯爵家のエントランスホールにピンクのハートが舞う。

初々しいカップルは、関係性が変わった中で先週と同じ制服に身を包んでいることに、急に恥ずかしさを覚えた。

モジモジし合うカップルを微笑ましく見つめる人々の中に一人、歯噛みをする侯爵。


「早く行ってらっしゃい。遅刻するわよ」


ニマニマした侯爵夫人に追い出された二人は、手を繋いで馬車に乗り込んだ。もちろん言わずと知れた恋人繋ぎである。

横にピッタリと座ると、どちらからともなく少し相手に体重をかける。


言葉もなく、見つめ合わない。

だけどお互いの重みが昨日までとの違いを明白にする。



教室に着くと、イザベラが異変に気付いた。



「な、なんですの? 何かピンクのハートが飛び交っているような・・・」


初恋もまだな女だが、察しの良いイザベラ。


その日ずっと、イチャイチャベタベタするカップルに見せつけられる一日を、過ごす羽目になってしまった可哀そうな公爵令嬢だった。



ランチを終えた、午後一番のクラスは別々だった。

ルイは騎士科で剣術の訓練で、アリスは淑女科でマナーのレッスン。

アリスは名残り惜し気にルイを見つめていた為、イザベラに首根っこを掴まれて連れて行かれた。


マナーレッスンは今日は刺繍だったため、教師も居ずにクラスの皆でお話をしながら刺繍をする。


話は昨日のアデルの結婚式についてだ。


「素敵でしたわ~、昨日のアデル様」

皆がアデルを褒めそやす中、声を荒げたのはイザベラだった。

「本当に美しかったですわ! 女神の様でしたわ!」


イライザは昔からアデルのファンであった。


「しかしこれから王宮で暮らすなんて、心配ですわね」


イザベラが心配そうにアリスを見る。


「何が?」


キョトンとするアリスにイザベラが驚く。


「昨日もちょっとひと悶着ありましたでしょう?」


アリスが何も分かっていない事に気付き、そして他の女子も理解していないこともあり、イザベラは話を逸らした。


「それより、あなた。昨日の式の時はそうでもなかったのに、今朝来たらあっまあまのベッタベタだったじゃございませんこと?」


方向転換した先が、全ての女子の大好物な話題であると知りながら、イライザはかじ取りをする。

案の定二人のクラスメイトも、アリスに食いつき気味で問い質す。

「わたくしも思いましたの!」

「わたくしも! ルイ様は前からアリス様に甘々でしたが、今日はアリス様まで!」


「「何がありましたの!?」」


アリスは照れながら昨日の話をして、また教室中にピンクのハートが飛び交った。





授業が終わり、いつものクラスへ戻る時にアリスがイザベラを呼び出した。


「さっきの。教えて欲しいの」


話題を逸らしたのに、まさかお馬鹿なアリスが気づいていたとは思わず、イザベラはどもってしまう。


「な、な、な、なんのことですの~?」


イザベラは演技が下手な女だった。


「お願い」


真剣なアリスの顔に絆されて、イザベラは自分の知っている事をアリスに教えた。




イザベラは、アリスが自分と同じ様に、何も教えて貰えていないことに気付いたのだ。

それが親の愛情。

イザベラもそれは知っている。

王家の事は、イザベラには関係が無いから教えて貰えただけの事。

知らずに首を突っ込んでしまわない様に。距離をとるために知識を与えられた。

だけど、もしもイザベラがアリスの立場だったら、きっと親はイザベラには何も言わず、そして真綿に包んで守ろうとしただろう。


それは有難いし、感謝もしている。


だけどイザベラも、もう子供ではいられないのだから。


色々な事を知りたいのだ。

のけ者にされたくないのだ。



だから、アリスの気持ちが分かった。




*****




その日、帰宅する馬車の中でアリスは、横に座るルイをじっと見つめた。


「どうしたの?」

「私が今、何を望んでいるか分かる?」


アリスがルイを上目遣いで見つめる。


「もちろんわかるよ」


当たり前のことだと言わんばかりに、ルイが普通に返してくる。


「え!? マジ!?」

「うん」


ルイが笑顔でアリスにチュッとキスをした。


「何で分かったの!?」

「だって、アリス。馬車に乗ってからずっと、唇をつきだしてたよ」


笑いながら指摘されて、アリスは真っ赤になって俯いた。


恥ずかしいのを堪えてチラッと横目でルイを見ると、アリスが大好きな、優しい瞳でアリスを見つめていた。

少したれた二重の大きな目に、長いまつ毛が影を作る。

アリスを見る目はいつだって優しい。


「もう一回・・・」

アリスが望むと、何でも叶えてくれる。


ルイは、閉じたアリスの瞼にキスを落とし、そして深く口づけた。





部屋に戻ったアリスは制服から普段着に着替え、そして宿題をするからとメイドを部屋から出した。


イザベラから教えて貰った事は、アリスが想像もしていない事だった。



アデルに会いたいと手紙を出す。

昨日の今日でどうかとも思ったが、手紙に詳細を書くことは躊躇われた。


それから一ヶ月もの間、数度アデルに手紙を書いたが、アデルからの返事は「もう少し待って」とのことだった。


十二月に入ったら、家族みんなで領に戻ることになっている。

もう時間がないと思ったアリスは、アデルの誕生日プレゼントを持って王宮に突撃した。

今年のアデルの誕生日は結婚から数週間後だったため、ラファエル王子と二人で過ごしたらしい。




アリスは図書館でバッチリ王宮の間取り図を勉強して、とある日曜日に家族にもルイにも黙って王宮へ向かった。











アリスは気づいていないが、彼女は完全に迷子になっていた。

とうとう道を進むことを諦めたアリスは、生垣をどんどこ進んでいく。

スカートの裾が破れるのが分かったが、この美貌で十五年生きてきたアリスは知っている。ほとんどの人間はアリスの顔に目がいって、意外にドレスを見ていない事を。



何とか生垣を超えて目指す建物が近づいた時、木々の間から開けた広場が見えた。

どうやら庭園に辿り着いたようだ。

しかも遠くにお茶をしている女性がいる。


(ふぃ~、助かった!)


アリスも自分が迷子になった事に気付いていたようだ。


そちらに近づこうと歩みを進めると、全体を俯瞰で見ることが出来た。


何人ものメイドや騎士が、テーブルでお茶をしている女性についている。

その女性は白金に見える色のストレートの髪をしていた。顔は良く見えないが、結婚式の晩餐会で見た王太子妃だと思われた。

そして少し離れた所から歩いてテーブルに近づいたのは、


(アデル姉様だ!)


顔は見えなくても、大好きな姉は遠くからでも識別できる。

アリスは勇足(いさみあし)で生垣を越えて行く。



王太子妃の傍から人が離れて、アデルも付き人をその場に残し、二人で話しているようだ。アデルは立ったまま。

・・・そして、王太子妃がテーブルに突っ伏して泣き出した。

王太子妃の侍女と思われる女性だけが二人に歩み寄り、王太子妃を慰めるような感じでアデルに何かを訴えている。


大きな声を出しているのが分かった。


アリスはその場に緊張が走っているのが見てとれて、大急ぎで最後の生垣を跨いだ。


アデルの顔が真っ青だ。


「・・・———ひどいわ!」


「・・・———謝りますから・・・」


アデルの声は届かなかったが、泣き叫ぶ王太子妃の声は聞こえた。


(お姉様が王太子妃を怒っているの?)


でもそんな風には見えなかった。

二人が近づいて、あっという間に泣き出したような・・・。

お姉様もビックリした顔をしていたような・・・。


アリスは全く現状が理解できていなかったが、周りの目が、アデルを非難するような視線であることに気付き、とりあえずあの場を壊してしまおうと考えた。

そして・・・。










アデルは王宮でうんざりする生活を送っていた。

王宮の管理をするのは王妃の仕事だが、王妃様は既に身まかられていた為、王太子妃であるラファエルの母親が実権を握っていた。


その為、アデルにつけられた侍女とメイドは全てが王太子妃の息がかかった者だった。

その者達と、アデルがコンフラン家から連れていった侍女とメイドの間で対立が生まれたのだ。しかしここで実家から連れて行った者達だけを周りに置くと、どんな噂が立てられるか分からない。

疲弊しきったアデルが庭に散歩に出ると、王太子妃が午後のティータイムを楽しんでいた。


現在王太子妃の仕事をさせられているアデルにしてみれば、優雅にティータイムを取っている事にも腹が立つ。

彼女は王宮の管理以外、王妃・王太子妃の他の職務を放棄していたのだ。

そのため、そのしわ寄せが自分にきているのだから、はらわたは煮えくり返っている。

だけどアデルはそんな事もおくびにも出さず、彼女に挨拶をする為に近づいた。


そこで二言三言、言葉を交わしていると急に王太子妃が泣き出したのだ。

驚いたアデルだったが、泣き真似であることは分かっていたので白けた顔で立っていると、王太子妃の腹心が近づいて、王太子妃を慰めながら「お許しを!」と、頭を下げてきたのだ。

さっぱり意味が分からずにいたアデルだったが、そこで自分が嵌められた事に気付いた。


周りにいるメイド、騎士の数が尋常ではなく、そしてその全ての者が、眉を顰めてアデルを見ているのだ。

もちろん自分が連れているメイド達も。

ただの庭の散歩だったから王宮のメイドと侍女を連れ出した事に、今更ながら後悔をする。

ここにアデルの味方は居ないのだ。


意味の解らない難癖をつけて来たものだから、どう避けたら良いかも分からず、とりあえずアデルは王太子妃を落ち着かせようと手を差し伸べながら一歩近づいた。

そうすると王太子妃とその侍女が、まるでアデルに手をあげられたかのように「ひぃ!」と怯えた声を出した。


これには、王太子妃についていた騎士達の間で少し緊張が走り、それがアデルにも伝染した。


(こんな馬鹿げた方法を取ってくる相手に、どうやって立ち向かったらいいの?)


アデルが途方に暮れていると、ものすごい勢いで走って来たアリスが、そのままタックルするようにアデルに飛びついた。





「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!」



「「「!!!???」」」





全員が口をかっぴらいて呆然とする中、アリスだけが特上の笑顔でアデルに抱き着いた。



「びっくりした? ねぇ、お姉様。びっくりした???」



アデルですら呆然とする中、アリスの寸劇が始まる。


「お姉様への誕生日サプライズでですね、王太子妃様にお願いして、ちょっと“ドッキリ”を仕込んだんですよ~。

うふふ。ビックリした???

あ! 王太子妃様、ありがとうございました!

あ! 噓泣きはもういいですよ! あれ? 王太子妃様、めちゃくちゃ嘘泣き上手ですね!

アリス、ビックリしちゃいました~! アハハハ!

もしかしていつも嘘泣きしてるんですか~!? やり慣れてますね~!?

でも涙出てませんよ! アハハハハ!」


まるで王宮全域に響くかの様な大声で、アリスがなかなかに失礼な事を言う。


「何ですって!?」


怒りの声を上げる王太子妃だが、ハッとなって周りを見渡せば騎士やメイドがこちらを見ている。


アリスが、誰もが見惚れるような微笑みで、王太子妃にお礼を言う。


「本当に、ありがとうございました。

お姉様の誕生日にビックリさせたいと言う、わたくしの願いを叶えて下さって」


最上級の天使の笑顔に、何も感じない人間などいないのだ。

巨匠レオナルドの描く、天使の様な美貌の少女が無邪気に伝えた言葉は、それだけで地上の人間には真実となって聞こえる。



たとえその天界の住人(すみびと)である天使のドレスがボロボロで、頭に折れた枝が突き刺さっていたとしても・・・。



人間は、見たく無い物を瞬時に脳が察知して、視界からぼやかしてしまうのだ。

人類の神秘である。




そうして、その場にいる全ての人間にアリスは愛想を振りまいて、アデルと去って行った。


その後ろ姿を睨みつけていた王太子妃は、自分に心酔しきっていない人間たちが、アデルとアリスの美しい姉妹の後ろ姿を目で追いかけているのに気付き、彼女もその場を後にした。

彼女の後についてきたのは、数人の、彼女に心酔している腹心達だけ・・・。



王太子妃は儚げな美貌を般若の様に歪め、足早に庭園を去った。








「どうしたのよ、アリス!」

「私、お姉様を助けられた? さっきの、正解だった?」


アリスは心配そうにアデルの顔を覗き込む。怒られるのを待つ子供の様に。


アデルはアリスと組んでいる腕にギュッとしがみついた。


「ありがとう。本当に助かったわ」


それを聞いてアリスが笑顔になり、アデルは安堵で涙が出そうになったけど、スンッと真顔になってアリスの頭から折れた枝を抜き取った。


「また遭難したのね・・・」

「てへっ♡」




部屋に戻ったアデルは人払いをして、アリスと向き合った。

遭難しかけていたアリスが大量のお茶を飲んで息を吹き返した後の事。



「そう、イザベラちゃんから聞いたのね」

「私も知りたいの。私もお姉様を守りたい!」

「危険な事なのよ? 私達は、あなたを守りたいの。一度は、守り切れなかったから・・・」


その一言で、アリスは自分の右の脇腹をそっと撫でた。


あの時の恐怖が蘇る。

だけど、アリスはギュッと一度目を瞑った後に、開いた瞳に決意を浮かべる。


「大丈夫。私はスパハニだから」

「・・・ふっ。その設定、まだ生きていたのね」

「スパハニは皆を守るんだから」

「・・・・・設定は少し、スパダリから離れちゃったのね」


そう言いながら、アデルはどこから話そうかと頭で考えていた。



アリスはこういう子なのだ。

誰にでも手を差し伸べる子。

自分が傷ついても・・・。



「イザベラちゃんが全てを知っているとは思えないから、話は重複するかも知れないけど、私が知っている、コンフラン家から見た現状を話すわ」



アデルはそう言って、アリスの横に座り、アリスの手を取って自分の膝の上に置いた。



「まずは王家の話からね。今の国王様には二人の子息がいらっしゃって・・・」




そうしてアリスは、小説の中でしか聞いたことが無いような、ドロドロとした人間の汚い部分を、初めて知ることとなる。







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