⑤ 初めてのキッス
本日の品書きは、アデルの結婚、初めてのキス、そしてたわわがたわわる、の巻。
それからの日々、ルイはアリス以外の女性には全く笑顔を見せなくなった。
話し掛けられても言葉少なく返事をするだけ。
その姿を見て、アリスはまた悶々とする日々を過ごした。
アデルの英才教育は、全くアリスの中で芽吹く事は無かった。
それから少し経ったとある秋晴れの日曜日。
侯爵家のアデルの部屋にノック音が響き、メイドが扉を開くとそこに現れたのは、黒いドレスに金色の刺繍が美しく施されている、ルイの執着という名のドレスを着たアリス。肩ひもがないビスチェスタイルのドレスは、最近の世代に人気のドレスだ。胸元がハートカットされたドレスは、アリスのデコルテを美しく見せると共に、彼女の大きな山を隠し切れずにいた。
今日は彼女の美しい顔にも、デビュタントの時と同様に軽く化粧がされていた。
学園の女子が驚愕してしまう新事実が、巨匠レオナルドの描く天使の様なアリスは、学園に行く時やお茶会に行く時も、ほとんどすっぴんだった。
イザベラがハンカチを噛んで地団駄踏みそうだ。
その美しい妹は、姿見の前で最高級のウェディングドレスを着た美しい姉に大興奮だ。
真っ白な総レースで覆われたマーメイドスタイルのウエディングドレスには、数えきれないほどの真珠が縫い込まれている。
それは儚い美貌を持つアデルを、さらに純真に見せた。
「お姉様、素敵! すっごく綺麗だわ!!!」
嬉しすぎてぴょんぴょん跳ねだしたアリス。一瞬で笑顔から驚愕の表情に変えたアデル。
「止めなさい、アリス!」
アリスがぴょんぴょん跳ねるたびに、アリスのたわわな果実がたわわったのだ。
(なんちゅー・・・羨ましい・・・)
アデルはアリスに近づいて、そのたわわな果実に堂々と触れた。
「今日は絶対にルイルイの傍から離れない事。
あと、嫌らしい目で見てきた奴の名前を、あとでおねえちゃまに言うのよ」
「・・・はい」
なんでこんなドレスを作ったのか、ルイを叱らなければとプリプリし出した姉に、アリスは抱き着いた。
「今日の式が終わったら、お姉様はここにはもう戻ってこないのね・・・」
アリスが涙目でそんなことを言うから、アデルは優しく妹を引き離し、アリスの顔を優しく撫でる。
「大丈夫。大急ぎで王宮を大掃除するから。すぐにアリスが来やすい環境を作ってあげるから。そうしたら毎日王宮に遊びに来たらいいわ」
「? ・・・うん」
麗しい姉妹の感動(?)的な会話に、周りにいたメイドたちも目頭を熱くさせる。
キキだけはアデルの意図を理解して、軽く身震いをした。
玄関ホールにアリスとアデルが降りて行くと、侯爵も侯爵夫人も、アデルの美しいウエディングドレス姿に涙を浮かべて、そしてすぐ横のアリスのたわわな果実が、階段を降りるたびにたわわる姿に涙をひっ込めた。
「アリス、今日変な目で見てくる奴がいたら、お父様に言いなさい」
「大丈夫よ。ルイルイが全員の名前をリスト化するはずだから。だけどあの子はお説教ね」
「お父様、お母様。初めてドレスを贈ったのだから、こうなることは分かっていなかったのよ。あまり責めないであげて。
どうせあの子が今日一日、思い知ることになるのだから」
「???」
そんな会話を最後に、アデルは侯爵家の扉をくぐった。
執事長セバスチャンは何とも言えない気持ちになりながらも、一人会話について行けずキョトンとしていたアリスに「今日はルイ坊ちゃまと離れ離れになりませんように。お花を摘みに行く時も、近くで待っていて貰ってくださいませ」とだけ、伝えた。
アデルは両親と一緒の馬車に乗って教会に向かう為、アリスは迎えに来たルイと一緒に公爵家の馬車に乗った。
アリスをエスコートした後、ルイは首根っこを掴まれて侯爵家の面々に囲まれて、ドレスについてお叱りを受けていた。
その間、アリスはボーッと馬車の中で待つ。
怒られていたルイが解放されて馬車の扉を開けると、満面の笑みで振り向いたアリス。
自分の色のドレスを着たアリス。首元にはデビュタントのお祝いに上げた自分の色のチョーカー。
ルイはちょっと泣きそうになって、それを堪えてから馬車に乗り込んだ。
そして、何度もたわわな果実に目をやってしまう。
アリスの姿を思い浮かべながら作った初めてのドレスは、成功でもあり失敗でもあった事に気付いた瞬間だった。
教会には、王太子の一人息子であるラファエル王子の結婚式とあって、多くの貴族と王家の縁戚者が集まっていた。
その中、儚げな美貌を持ち、才色兼備で知られるアデルの美しいウエディングドレス姿に、多くの参列者から感嘆の声が漏れる。
淡い秋の日光が教会のステンドグラスに降り注ぎ、虹色になって教会の中に降り注ぐ。
そのあまりにも美しい光景に、ラファエルは胸が震えた。
そしてそっと参列者の席から、自分の両親、王太子と王太子妃に視線を走らせた。
自分は一度アデルに酷い行いをした。
その罪が消えることは無い。
彼は再度アデルの方へと視線を向け、心の中で誓う。
(もう間違えない。絶対に守ってみせる)
侯爵の手から自分の手へ渡された大切な宝物。
アデルが自分に向けて笑顔を浮かべた時に、ラファエルは心の底から幸せを感じた。
教会での式が終わり、参列者が外に出る。
ここでこの国恒例の、ブーケトスが始まる。
いそいそとブーケトスに参加する少女たちが、キャッキャ言いながら集まってくる。
教会の入り口付近の親族の立ち位置、新しく夫婦となった二人の傍にいたアリスがソワソワし出した。
そんなアリスにいち早く気づいたルイが、大きな声で言う。
「アリスも参加しておいで」
「え? いいの?」
「もちろん! 家族が参加してはいけない決まりはないよ?」
その一言に、満面の笑みでアリスは参加する少女たちの輪に入った。
この国で今一番のスパダリの一声に、誰も文句は言えない。イザベラでさえも。
さらにコンフラン家を良く知るイザベラは、アデルがアリスに的を定めた事も目ざとく気づき、「何この出来レース」と呟いた一言は、誰の耳にも届かなかった。
それでも少しは申し訳なさを感じたのか、アリスは輪の一番外、アデルから一番遠くに陣取った。
しかし興奮しすぎてまたピョンピョン跳ねてしまうため、たわわな果実が激しくたわわる。
焦ったアデルは早くに終わらせようと大急ぎで後ろを向き、力いっぱい投げた。
そのせいで、ブーケは放物線も描かずに空の彼方へ飛んで行きそうになったが、ダッシュしたルイがアリスの背後に周り、世界記録を出すかのようなジャンプでブーケをブロック。
そのブーケがアリスの手元に優しく落ちてきた。
(((ナイス! ルイルイ!!!)))
侯爵家一同の心が一つとなった。
しかし、ブーケをキャッチできたアリスがまた、喜びのピョンピョンをし出したから、ルイはアリスを宥めながら周りに殺気を飛ばしながら、アリスの肩に手を置いて、優しくアリスのピョンピョンを封じ込めた。
(((それはお前自身の尻ぬぐいだ)))
侯爵家はそれぞれ微笑み合い、そしてアデルは何も分かっていないラファエルと微笑み合った。
その後晩餐会は、王宮で一番華やかなホールで開かれた。
そこで結婚式には参加していなかった国王が、アデルとラファエルに祝辞を述べた。
アリスはその美貌と美ボディを惜しみなく晒し、国王はアデルとアリスに終始デレデレだった。
ルイは国王がついアリスのたわわな果実に視線を送ってしまった時に、国王にさえ殺気を送った。
さすがにそれには国王が苦言を呈す。
「男の習性なんだから仕方がないだろう? そもそもお前が贈ったドレスだろう? お前の失敗じゃないか。男の習性をちゃんと踏まえて次からはちゃんと考えなさい」
文句を言いたかったルイだが、周りをみたら叔父である王太子も侯爵夫妻もアデルとラファエルも、目で「その通りだ!」と伝えてきた。
やっぱり何も分かっていないアリスだけが、黙ってしまったルイの頭を撫でてあげた。
そんな和やかな中、一人の女性が席を立つ。
「気分がすぐれないので、先に失礼しますわね」
そう言って、ラファエルの母である王太子妃がその場を後にする、前にアリスに毒の含む一瞥を送った。舐めまわすように見られてアリスは背中に悪寒を感じる。
しかし瞬時にアデルが動く。
「王太子妃様が戻られます」
その一言で、近くにいた騎士がすぐにエスコートの手を差し伸べた。
そのせいでもうその場に居られなくなった王太子妃が、冷ややかな視線をアデルに送り、そしてその場を離れた。
身内の次は爵位順で座っていたため、イザベラもこの光景を見ていて、「っこわぁ」と小さく呟いた。
この一言は、イザベラの両親である公爵夫妻に聞こえていて、両親はイザベラの口を塞いだ。
しかし小さな声で囁き合う。
「イザベラが王子妃にならなくて本当に良かった」
「年齢が離れていますからね。もしも年齢が近くて、さらにコンフラン家が断っていたら、公爵家から選ばれていたでしょうからね・・・」
「あの毒婦にやり返せるのは、アデル嬢しかいないだろうなぁ・・・」
そんな会話が繰り広げられているとも知らずに、アリスは先ほどの王太子妃の視線が気になって俯いてしまった。
ルイがそんなアリスの背を優しく撫でてあげる。
「わたくし、何かしてしまったでしょうか?」
不安になってアリスが周りに尋ねるが、国王が優しく返す。
「気にするな。アリスに落ち度は無かった。
あれはいつでも注目の的で居なければ気が済まない女だからな」
国王が最後は吐き捨てるように言った。
「申し訳ございません、父上」
「お前のせいではない。あれに関してはわしの責任だ。お前は被害者だ。お前も、そして、ラファエルも」
国王は優しく、王太子とラファエルに視線を送る。
誰もが黙ってしまったその状況で、国王が何かに気付いて楽しそうに笑った。
「アハハハハ! あの女、地雷を踏んだようだのう」
そう言った国王の視線の先に居たのは、目が笑っていないアルカイックスマイルのアデル。
アデルは王太子妃が座っていた席を見つめていた。
「この老人を楽しませてくれるのか? アデル」
国王の問いかけに、アデルは誰もが見惚れるような大輪の華を咲かせて笑った。
「特等席でご覧くださいませ。
わたくしの愛しい妹を一瞬でも悲しませたことを、骨の髄まで後悔させてやりますわ。
もう、けっちょんけっちょんにしてやります!」
頭脳派のアデルも、啖呵を切るのは苦手だったようだ・・・。
しかしアリスには好評だったようで。
「かぁっくいい~~~!!!」と言いながら、また椅子の上でピョンピョし出して、ルイが優しく肩に手を置きそれを封じる、前に国王がまたたわわな果実に視線を送ってしまい、ルイが祖父である国王に殺気を送るという現象が繰り返された。
「しょうがないじゃないか。男は揺れるものを目で追いかけてしまう生き物なのだぞ」
国王が小さく呟いた。
晩餐会が終わり、馬車に乗って侯爵家へ戻る。
アリスはずっと興奮状態で今日のアデルについて語った。
「素敵だったな~、誓いのキッス」
そう言って、口を少し尖らせて目を瞑る。
前の席に座っていたルイが、熱の籠った瞳でアリスを見つめる。
ルイが何も言ってくれないから、アリスは目を開けた。
何時もと違うルイの表情に、心臓が跳ね上がる。
「アリスは結婚式で誓いのキスがしたいの?」
「うん、したい」
「俺とするんだよ」
「・・・うん」
ルイがアリスの横に移動してくる。
アリスの顔に手を添えて、親指でアリスの頬を優しく撫でる。
「想像してみて。俺とキスをするところ。・・・嫌じゃない?」
「嫌じゃないよ?」
アリスが当たり前の様に言うからルイは少しだけ理性を失い、
少しずつアリスに顔を近づけて行った。
欲にまみれた瞳を、愛するこの少女には見られたくなかったのに・・・。
「アリス、お願い・・・。嫌なら、逃げて。今なら・・・」
「嫌」
アリスの一言で、ルイが窓枠に手をついて、動きを止める。
手の中に囲うようになってしまった体勢から、早く動かないとアリスが怯えてしまう。
そう分かっていても、嫌だと言われた言葉が鋭い刃となって、ルイを切り刻む。
「私は逃げないよ」
強く瞼を閉じていたルイが、アリスの声で目を開ける。
アリスが自分の手を、ルイの頬に添える。
「私はルイから逃げないよ」
ルイの中の衝動が止まらず僅かに残った理性が、彼の動きをスローにすることしか出来なかった。
少しずつ近づいてくるルイの瞳に、歓喜と恐怖と、色々な感情が混ざっている事に気付いたアリスは、まるで全てを受け入れるかのように、聖母の様に微笑み、そして瞳を閉じた。
軽く重なる二人の唇。
長くは無い時間。だけどルイにもアリスにも、それは永遠の時間のように思えた。
唇が離れ、二人の間に距離が生まれる。
だけどそれは、今までに無い近い距離。
ルイはアリスの今の感情が気になって、探るように彼女の瞳の中から答えを見つけようと瞳を揺らす。
アリスは、今の気持ちを伝える言葉が見つからなくて、ただ、思った事を伝えた。
「もう終わり?」
ルイの中の最後の理性がどこかに行った瞬間だった。
ルイは両手でアリスの顔に触れ、そしてもう一度口づけをした。
今度はもっと深く。
何度も角度を変えて。
アリスは自分の感情に名前をつけた。
アリスが上手く呼吸が出来ずにいると、ルイがすぐに気づく。
荒く呼吸を繰り返した後、アリスが一度も言った事が無かった言葉をルイに言う。
「大好き」
ルイの瞳に涙の膜が張り、黄金色の瞳がキラキラと光る。
「愛してるよ、アリス。もうずっと前から。
アリスが俺の前に庇う様に立ってくれた時から。
手を差し伸べてくれた時から。
ずっと。俺の全てはアリスの物だったよ」
初々しいカップルは、照れた顔で視線を合わせられず、馬車を降りて侯爵邸の扉を潜った。
その瞬間に、先に到着した侯爵夫妻が全てを悟る。
出来る子ルイは、馬車を降りる前にアリスの口紅の寄れた唇を指の腹で整えたが、恋愛初心者のルイは、自分の口にも口紅が移ってしまっていることには気づかなかった。
「アリス、もうねんねの時間だよ。キキとお部屋に行きなさい」
侯爵が笑顔で言ったので、鈍感アリスはその場の空気には気づかず無邪気に笑った。
「うん。ルイ、また明日ね」
小さく手首を振って、照れたように階段を登って行くアリスはとても愛らしかった。
締まりのない顔でそれを見送ったルイは、笑顔の夫妻に両脇から捕獲され、そのまま一階にある応接室へと連行されていった。
「ルイルイ。お父さんは不純異性交遊は許しませんよ」
応接室に着くなりソファにどっかりと座り手を組んだ侯爵は、上座の席から見て右手前方の席に座ったルイに威嚇するように先手を打つ。
「キスもだめだよ。学生だからね。小鳥キッスでも許しません!」
頑なな侯爵に、ルイは絶望の表情を向ける。
もうあの甘い果実の味を知ったのに、もうそれを味わうことなく短くとも二年を過ごさなければならないだなんて!!!
この窮地をどう切り抜けるか考えなければ。
ルイは膝に肘をついて、手を合わせて顔に添える。精神統一するかのように。
「あら。私はキスぐらいいいと思うわ」
女神が現れた。
ルイは縋るように夫人を見つめる。
「ママ?」
まさかの隠れた敵に、侯爵は固唾を飲む。
前方左に坐する夫人は、目の前に座るルイに視線を向けたまま、侯爵をスルーする。
「キスはいいわ。深くても。小鳥キッスでも。好きなだけしていい。首元にチュッチュもいいでしょう。
男の人は好きですからね」
「お父さんは許しませんよ」
「あなたもよく婚約時代に私の父の目を盗んで、私の首元をくんかくんか、していたでしょ?」
「ママ!」
「だけど! 着衣が乱れることは許しません」
ルイは、かなり希望の扉が開いた事に気付いた。だけど、こちらの希望も少しは叶えてもらいたい。
ルイは勝負に出る前に、一度生唾を飲み込んだ。
「アリスは、制服のボタンを二つ外しています」
「お父さんは、それもどうかと思うんだ! それって正しい着方じゃないよねぇ!? 学生なのに、いけないと思うんだ!」
「あなたは少し黙ってて。子供の教育は母親の仕事です」
夫人に睨まれて、侯爵は黙ってしまう。
「それに、制服を着崩すことは今時の子は皆やってるわ。少し開けた胸元から婚約者に贈られたネックレスを見せるのが、今の流行りなのよ? ルイが贈ったチョーカーは、この国のトレンドにまでなったのよ。私はチョーカーがすっごく好きだから、チョーカーをまた流行らせてくれたルイには感謝しかないわ」
そう言って夫人が微笑んでくれたので、ルイは勇気を持って勝負に出ることにした。
「そのボタン、もう一つ開けるのは」
「ダメです。もう一つ開けたら、たわわが始まるからそれはダメ」
ルイは引き際を知っていた。
手にした物を失ってしまう前に、引く。
優等生の顔で「わかりました」と、夫人に返事をした。
上座で侯爵がシクシク泣いている間に、夫人とルイは微笑み合った。
応接室でそんな会話が繰り広げられている事に気付かず、アリスはキキとメイドたちの手で磨かれていた。
しかし二十時にはおねむになってしまうアリスは、いつもより二時間も遅いせいで、お風呂で半目になっていた。
「お嬢様、後もうちょっとですから、頑張って。お風呂で寝ないで!」
キキが必死に声を掛けるも、アリスからの返事は無い。よく見ると半目で口が開いていた。
「お嬢様。口を開けて寝ないで。・・・じゃなくて、寝ないで!」
「・・・・・・・・・・・・・・んがっ」
「ダメだ。みんな急いで!」
メイド達は超速急でアリスを磨き上げ、何とかベッドに連れて行くことに成功した。
階下でどんな話し合いがなされているのかも知らず、アリスは能天気に夢の中だった。
あ~たわわ、たわわな果実が、たわわった(ルイ心の俳句)