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⑪ アデル



悪夢の様な夜が明けた。








警鐘が鳴り響いたかと思うと、統率のとれた船乗りたちがアリスとルイの救出に向かった。

彼らが戦国時代と変わらぬ騎士の訓練を受けている戦士であることは、初めて領地に来た時から知っていたから、私はずっと自分に「大丈夫だ」と言い聞かせていた。


後少しで沖を出てしまう船にも向かっていった小舟を見ていた頃、お父様とお母様、そしておじい様が浜辺に駆け付けた。

震えて声を出せない私の肩をギュッと抱きしめながら、ラファエル様が説明をしてくれる。





たった数時間で、全ての景色が変わってしまった。まるで世界が意地悪をするかのように・・・。




目の前に愛する妹が血まみれで運ばれて来た時に、母と私が気を失ってしまったと、後から聞いた。




目を覚ますと、自室のベッドに居て、私の手をずっとラファエル様が握っていてくださっていた。



「代わりにはならないけど・・・」



ずっと、アリスの名を呼びながら、手をさ迷わせていたようだ。



私が気を失っていたのは数時間だったようで、外はもう夕暮れ時の茜色に染まっていた。

昔アリスが、赤く染まる空に怖がって、泣き叫びながら私に縋りついてきたあの日を思い出した。

小さなもみじの様な手で私にしがみつき、大きな声で泣きながらイヤイヤをする。その姿があまりにも可愛くて。

そうだ。

あの頃はまだアリスを抱っこしてあげられたの。

あの子はまだ二歳になったばかりで。



行かなきゃ。アリスが泣いているわ・・・。





アリスとルイの処置が無事に終わったのは、夜が深くなった頃。

ルイはまだアリスより傷が浅く、また普段から騎士としての訓練を受けていた事も功を奏したのか、すぐに目覚めた。そしてまだアリスの処置が終わっていない事を知ると、あの場で起こった事を話しだした。あの船乗りに落ち度は無かったと・・・。

どんな理由があろうと、コンフランの娘を守れなかったあの男に、お咎めが無い訳が無い。あの男も自死を望んでいるという。

しかしルイは許さなかった。

あの男に何かあったら、アリスが悲しむからと・・・。


海賊たちは一人残らず地下牢に囚われている。アリスを傷つけたあの少女もだ。


どういう処断を下すのかは父の仕事だ。


私とお母様はアリスの専属メイドのキキと共に、交代でアリスの傍に居た。

アリスはほとんどを寝て過ごしていた。ずっと熱が出ている状態で体が熱い。

目覚めても傷の痛みで泣き叫び、そして耐え切れずに気を失う。




「アリス・・・、アリス・・・」



母が泣きながらアリスの汗を拭ってあげる。



「アリス。スーパーハニーになるんでしょ? こんな事で負けちゃダメよ」



私も涙を堪えてアリスに声を掛けた。




そんな日々を送っている間に年が明けた。




ルイは動ける様になると、すぐにお父様とおじい様と何かを相談していた。

アンニュイな雰囲気で、儚げに微笑んでいたルイは、もうどこにもいなかった。

海賊たちの処刑にも、彼は立ち会ったという。

鋭利な刃物の様に、神経を張り詰めている彼を見ると、彼の心がとても危うく、まるで崖の淵に立っているように感じられた。


ルイが、アリスと二人になりたいと言ったので、眠るアリスの部屋をお母様と私達は出た。

一体眠っているアリスに何を話すというのか。私は少しの好奇心と、そして、今まで弟の様に可愛がっていた彼の、危うい雰囲気に危機感を覚えて、そっとアリスの部屋を覗いた。


話し声は聞こえなかったが、ルイはアリスの手を握って、真剣に何かを伝えた後、眠っているアリスに口づけた。


部屋から出てきた彼と鉢合わせしてしまった時、彼が年相応の少年のばつが悪そうな顔をしたから、私は安堵した。


「女の子としては、勝手にファーストキスを奪われたらショックだけど、大丈夫よ。アリスのファーストキスはもう私が貰ってるから」


私がそう告げてやると、ルイは耳を真っ赤にして、だけど何とも言えない顔をしたので、私は少し笑ってしまった。


「強い男になって、アリスを守れる男になって帰って来るから。

それまでアリスの事、よろしくお願いします」



ルイはそういって、丁寧にお辞儀をして行ってしまった。





それから少しして、熱の下がったアリスは一日を起きていられるようになった。立ち上がったり、歩いたりすることは出来ないけど、普通の食事を取れるようになった。


いつもの様に笑い、いつもの様に文句を言い、いつもの様に甘えて来る。


自分の望みが叶えられないなどと、微塵も思わないかのように。



だけど、ふと気づくと、窓の外を見ている。



私はその時のアリスが、今までにない程に美しい事に気付いた。



今年のアリスの誕生日は、領地で皆で過ごした。

そして、私達は王都に戻った。



それぞれの思いを胸に・・・。









**********







気付けば半年以上も領地にいたコンフラン家は、王都に着くと、いつもの暮らしに戻った。

ただそこに、ルイがいないだけで。


十九歳のアデルは、もういつでも結婚をする事が出来る。

しかし、以前のラファエルの行動を重く見た国王が、結婚の時期に関しては侯爵家で決めて良いとした。

最近では、学園を卒業してから一度貴婦人としての社交や、職業婦人になってから結婚する女性が増えていた為、王太子の長男の結婚でも、アデルが学園卒業後に婚姻を結ばなかった事に対して、物を申す人間はいなかった。



侍従に連れられて王家の回廊を歩くアデルは、回廊の外の庭に薄い紫のライラックが咲きこぼれていることに気づいた。

そのあまりにも美しい光景に、アデルは足を止めた。


以前にルイがアリスの誕生日に、アリスの色だからと花束を渡していたのを思い出していた。


(アリスは、気づかずに笑っていたわね。鈍感な子・・・)



ふふふと笑ったアデルに気付き、前を歩く侍従が足を止めた。

アデルは彼との距離を縮める為に歩みを進める。




紫のライラックの花言葉は、恋の芽生え。




侍従はアデルが追い付いたのを確認して、また前を見て歩き始めた。


今度は遅れないように歩きながら、アデルはもう一度美しく咲き誇る王宮のライラックを見つめた。




「陛下。アデル・コンフラン参上いたしました」




謁見の間ではなく、国王の執務室に呼ばれたアデルは、王族に対する最上級の礼儀でカーテシーをする。



「久しいの。息災か?」


「家族諸共、恙無く過ごしております」


国王はアデルに面を上げるように言い、そして執務室にいる侍従や騎士、侍女全てに部屋から出るように指示を出した。


「いつも通りにしてくれ」


国王に気安くそう声を掛けられたアデルは、微笑んでから執務室の角に用意されていた茶器セットを出してくる。

ため息をついて肩を回しながら、国王シャルル・ド・ヴィルフランシュは執務机の手前の応接セットのソファにどかっと腰を下ろした。


「お疲れですね」


アデルが笑いながら淹れたてのお茶を差し出した。



シャルルは利発なアデルを可愛がり、よく自分の執務室に招いてお茶を共にしていた。



「アリスはどうだ?」


あの事件は伏せられる事となった。



「元の生活に戻りましたわ」

「だけど、心の傷はそう簡単にはいかんだろう・・・?」


アデルは優雅に紅茶を一口飲むと、艶やかな笑顔を国王に向けた。


「アリスは強い子ですから。・・・わたくしよりもずっと・・・」



アデルは茶器をテーブルに戻すと居住まいを正す。


「どうして今回の件、公になさらないのですか? あの女に繋がるかもしれません」


アデルが無表情で国王に詰め寄る。


「これは侯爵からの希望だ」

「お父様が!? そんなはずありません! コンフランの娘が傷つけられて黙っているはずないわ!」


アデルは、相手が国王であることさえ忘れたかのように激昂する。


「公にしてどうするのじゃ? アリスが傷物であると国中に伝えて?」


アデルは怒りに顔を赤らめ、黙り込んだ。

アデルも分かっているのだ。

父親は、事件の裏に居る者を追い詰めるより、アリスの心を守る事にしたのだと。


アデルの唇が震える。


国王はそれを見て、大笑いをした。

アデルは、今の会話のどこに笑うポイントがあったのかと、不敬にも国王を睨みつけた。



「ファハハハハハ! ・・・悪い、悪い。

しかし、あの狸め。娘にも自分の本性を見せておらんのだな・・・」


国王は愉快そうにそう呟いた後、アデルに優しい眼差しを向けた。


「案ずるでない。お主の父親ほど恐ろしい男はいない。

人好きのする麗しい顔で近づいて、何の躊躇(ためらい)もなく相手を刺すような男だ。しかも笑顔でな」


アデルの中で父親は、確かにひょうひょうとしていてそつなく何でもこなす人間であったが、どちらかと言えば鬼嫁の尻に敷かれているタイプで、感動屋の優しい父親だ。

自分との評価の乖離に、アデルは少しとまどう。



「あの男が、自分の娘を傷つけられて黙っている筈がない。

ただ、それと事件を公にしない事は別だ」



「・・・今回の事件、裏にあの女がいるのでしょうか?」

「正直分からん。頭の悪い奴の考えは読めん」


国王は眉間をもみながら顔を顰めた。



「あいつの承認欲求は程度が低すぎて、何をしでかすのか分からんのだ。

あいつが学生の時には、自分と同じ名前の女が自分より高位にいるのが気に食わなくて、排除したような女だからな・・・」



国王は当時の事を思い出し、苦虫を噛み潰したような顔をした。



「アリスを攻撃したかったとして、それであいつに何の利があるのか分からん。

もしくは、アデルを狙ってだったのか、はたまたは・・・」



アデルの目がどんどんと座って行く。



自分の子供や孫には無い、施政者として必要な冷酷さも苛烈さも、どちらも兼ね備えたアデルを、国王は黙って見つめる。



「あの女をこの王家に迎え入れてしまったのは、わしの最大の過ちじゃ」

「ご自分の過ちはご自分で尻拭いして頂きたいところですが・・・。

あの女の卑怯なやり方は、殿方には歯が立たないでしょう」



アデルは、アリスが見たらお漏らしをしてしまうほどの真っ黒な、それでいて艶やかな笑顔で国王に言った。



「わたくしの大事な物に手を出したらどうなるか、あの女に教えて差し上げますわ。

ここからは女の戦いですから、殿方は高みからご見物くださいませ」



そう言って、誰もが惚れ惚れとする美しい所作で、紅茶を口に含んだ。



国王は、王家に関係のないアデルを巻き込んでしまった事に罪悪感を感じながらも、それでも王妃の居ないこの国で、あの女を止める事が出来るとすれば、コンフラン家の人間しかいないと確信していた。







国王の御前を辞したアデルは、行きと同じ回廊を通って帰る。

その途中に王族が入れる庭園があり、その庭園にあるガゼボから、可憐な少女の様な笑い声が聞こえてきた。

追随するかの様に、男達の笑い声も響く。



歩みを進めると彼らの姿が遠くに見える。

アデルは立ち止まってそちらに視線を送っていると、回路の前方からラファエルがやって来て、そのままアデルの横に立った。


アデルの顔を見てから、彼も遠くにいる人々に目をやる。




「殿下。どうかあの女に期待をするのは止めてください」


アデルの冷たい声に、ラファエルは隣に立つアデルの顔を窺い見る。

そして言い訳をするように、そっと返事をした。



「もうとっくの昔に分かっているさ」


そこで初めて、アデルはラファエルに向き直る。



「頭ではわかっていても、心はそうではないでしょう?」



現に四年前まで彼は、あの女の話に惑わされ、アデルに冷たい態度を取っていたのだ。

それを責められた様に感じて、ラファエルは悲しそうに眼を伏せた。



「責めているのではありません。酷な事を言っているのは分かっています。


しかしあなたが、あの女を切り捨てられなかった時は」



遠くから女の笑い声が、風に乗って二人の元に届く。

その声が耳にこびりついて、いつまでも響いて聞こえる。




「その時は、わたくしは生き残る事は出来ないでしょう」






これにて第一章完結です。

少ししたら第二章投稿始めますので、少しお待ちくださいませ!

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