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【4話】誰かと食べる楽しい食事


 翌朝、午前四時。

 

 夜の闇が明けていない中、シングルサイズのベッドの上で、ミレアは目を覚ました。

 

 ミレアが寝ているベッドは以前にラルフが購入したものらしいのだが、寝転がった時にどうもしっくりこなかったらしい。

 それ以来一度も使うことなく、ずっと放置していたのだとか。

 

 そういった経緯で余っていたベッドを、ラルフが昨晩、二階にあるミレアの部屋へ運び込んでくれたのだ。

 

「ラルフ様はどこがダメだったのかしら?」


 一晩寝てみたが、しっくりこないとかは特になかった。

 むしろ程よいフカフカ加減で、気持ちの良い眠りにつけた気がする。

 エルドール家で使っていた薄くてボロいベッドよりも、何倍も寝心地が良かった。


 ベッドに対するラルフの評価を疑問に思いつつ、体を起こすミレア。

 両手で頬をぱんぱんと軽く叩いて、気合を入れる。

 

 こんな朝早くに気合を入れて何をするのか。

 それはもちろん、仕事をするためだ。


 この家で家事をすることが、今のミレアの仕事。

 まずは掃除をするために、掃除用具が置いてある一階へと向かう。

 

「始めましょうか!」


 モップや濡れ雑巾を巧みに使い、一階の掃除を始めていく。

 

 エルドール家では、長年に渡って使用人の仕事をこなしてきたミレア。

 家事テクニックは、かなりの域まで達している。彼女にかかれば、掃除もお手の物だ。

 

 ほどなくして、一階はピカピカになった。

 掃除する前と後では、見違えるほど綺麗になっている。

 

「これでよし」


 一階の掃除を終えたミレアは、次なる家事に取りかかる。

 次は朝食作りだ。

 

 慣れた手つきで食材を扱い、調理を進めていく。

 高度な家事テクニックを持つミレアは、掃除と同じく、料理の腕前もかなり高い。

 

 とんとん拍子に料理が進んでいき、あっという間に朝食が出来上がる。

 

 ちょうどそのタイミングで、ラルフが二階から降りてきた。

 ピカピカのリビングとテーブルの上に置かれた朝食を見て、彼は目を丸くしていた。

 

「これは驚いたな……君が一人でやってくれたのか?」

「はい、それが私の仕事ですから」

「とてつもなく優秀な人間を俺は雇ったみたいだな」


 満足げに笑ったラルフは、朝食が置かれているテーブルに座った。

 

「とても美味しそうだ」


 トースト、ベーコンエッグ、サラダ、フルーツ。

 好みが分からなかったので、とりあえず一般的な朝食を用意してみた。

 

(お口に合えば良いのだけど)

 

 テーブルに座るラルフをチラリと横目で見ながら、反応を伺う。

 

 しかしラルフは、なかなか食事に手を付けない。

 じっと座ったままだ。

 

「もしかして、嫌いな食べ物があったのでしょうか。それでしたら、すぐに作り直しいたします」

「いや、そうではない。どれも美味しそうだ」

「……ではどうして座ったままで?」

「俺は君を待っているんだ。早く一緒に食べよう」

 

 ミレアの頭に疑問符が浮かぶ。

 

 エルドール家では、使用人と家の人間が一緒に食事するなんて有り得なかった。

 だからこの家で使用人同然であるミレアも、ラルフと一緒に食事をするなんて考えはなかった。

 

「ご一緒してもよろしいのですか?」

「もちろんだ」

「ありがとうございます。ご主人様は優しいのですね!」

「……待て、何だその呼び方は?」


 瞼をピクリと上げたラルフ。

 訝しげな顔になる。

 

「私たちは雇用契約を結んでいます。私とラルフ様は主人と使用人の関係ですし、一般的な呼び方かと思われます」

「確かに俺は君を雇用した。だが、上下関係なんて堅苦しいものを、この家に持ち込んでほしくない。対等な立場のルームメイトでいたいんだ。だから、その呼び方は辞めてくれ」

 

 上下関係の厳しい貴族家でずっと暮らしてきたミレアにとって、それは新鮮な価値観だった。

 

 すぐに受け入れるのは難しいかもしれない。

 しかしここで暮らしていく以上、価値観を合わせるべきるだろう。

 

「承知しました。では、ラルフ様と呼ばせていただきます」

「敬称もいらないのだが……まぁ、今はいい。それよりも、ご飯にしよう」

「はい」


 もう一人分の朝食を用意して、ラルフの対面に座る。

 

 そうすると、ようやくラルフは食事を口に運んでくれた。

 食事を口に入れたとたん、彼は真紅の目を大きく見開いた。

 

「うまい。こんなに美味しい料理を食べたのは初めてだ」

「ありがとうございます。でもそれは、いくら何でも褒めすぎですよ」


 ミレアはフフっと笑う。

 食事の席で笑うなんて、もしかしたらこれが初めてかもしれない。

 

「そんなことない。ミレアも食べてみてくれ」


 促されるまま、ミレアはベーコンエッグを口に入れる。

 

(私の作った料理がどんな味か、食べなくても分かるのだけどね)

 

 自分が作った料理は、これまでに何度も食べたことがある。

 だからこのベーコンエッグの味がどんなものか、ミレアはだいたいのところで想像がついていた。

 

 しかし、その想像は大きく外れる。

 

「お、美味しい……!」


 いつもと同じやり方で作ったのに、味がまったく違う。

 自分の料理がこんなにも美味しいと感じたのは、これが初めてだ。

 

 食材はごく一般的なもので、高級食材などはいっさい使っていない。

 それなのにどうしてこんなにも美味しく感じられるのか。

 

 その答えが、ミレアは何となく分かる気がした。

 

 笑顔のある楽しい食事。

 それが、いつもの料理を何倍も美味しくする、魔法のスパイスになっているのだろう。

 

「こんなに美味しい食事は初めてです。これもラルフ様のおかげです」

「どうしてそこで俺が出てくる? 食事が美味しいのは、ミレアの料理の腕が素晴らしいからだろう?」


 不思議そうにしているラルフに、ミレアは小さな笑顔をこぼした。

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