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見えざる者  作者: 駄犬
7/12

体裁

 引き戸の下部に備え付けられたローラーは、細かい砂の上を滑りながら、暗澹とした景色が目の前に現れる。ワタシはさながら、舞台袖で幕が上がる瞬間を待ち侘びる役者のような気分で、一歩踏み出した。すると、丸い電球がポツリと明かりを灯す。物置き小屋という前提に立って現れた空間は、ぽつねんと口を開けたままお預けを食らっているかのように、手持ち無沙汰に相応しい殺風景さがワタシを迎え入れた。よほど利用される機会が乏しいのだろう。出入り口でありながら、ワタシはそこで蜘蛛の巣に引っ掛かった。トタンで建てられた物置き小屋は、風が吹くたびに恐ろしげに軋む。

 

「おっ、早いね」


 恐らく、「降霊会」に参加する者にとって、ワタシの背中は蹴りたいはずだ。一つしかない出入り口で凝然と固まったまま、動かないのだから。


「どうも!」


 焦りを多分に含んだワタシの振り返りに対して、成人を迎えて間もないといった具合の童顔の男が、少しだけ驚いた顔をしながら応答する。


「どうも。初めまして」


 動揺はしっかりと表情に出ていたが、声色を低く繕い、ワタシとの初対面に於ける気受けに気を配った。


「畠中さん……だよね?」


 阿るように尋ねてくる男は、自室から飛び出てきたかのような軽装具合にあった。合わせて、目尻の垂れ下がり加減や、こじんまりとした鼻口と、顔貌の印象はきわめて薄いことから、畏まった態度を誘因する厳格さはまるでない。


「そうです」


 愛想に欠けるワタシの返答は、事務的な自己紹介のきっかけとなる。


「犬山です」


 男はそう言って、お辞儀に相応しい角度まで腰を折り曲げた。ワタシもそれに付き合う形で、頭を会釈させる。


「一番乗りみたいですね」


 わざとらしく頭を掻いて、面映い思いを演じて見せた。男もとい犬山は微笑し、ワタシが“感じている”恥じらいに慰めを送る。


「さすがです」


 「降霊会」に於ける草の根活動の一翼を担う一人として、敬意らしきものを犬山からもらった。その瞬間、眉間に稲妻が走るのを感じた。愚鈍な兄を目の前にしている訳ではないのだ。表情や仕草、些細な言葉が如何に他人へ影響を与えるかを承知しているワタシは、ご機嫌伺いの白々しい笑みを浮かべた上で、


「どうも」


 歯の浮くような台詞も吐いた。


「さっき連絡があって、他の参加者達もそろそろ着くと思うよ」


 犬山は先走ったワタシを慮り、「降霊会」に出席する同志の動向を伝えてきた。


「そうですか」


 オカルトに傾倒する者同士が集まったとは思えない、バツの悪い雰囲気が目の前に横たわる。長物たる閉口の兆しを感じ取った犬山は、すかさずこう切り出す。


「畠中さんは、誰かと話したい相手が明確に居ますか?」


 この場に集まる人間にとって、趣旨に適った質問なのだろう。兄に連れてこられた手前、犬山からされた質問への正確な答えは持ち合わせていなかった。


「誰と……」


 亡くなった祖父や祖母に特別な思い入れはなかったし、近しい人間が非業の死を遂げたなどの悲哀に満ちた経験をしてこなかった。死別を憂いて、「降霊会」に出席した訳ではないワタシの立場は、最も軟派な人間になるかもしれない。


「僕はね、小さい頃に亡くなった姉と話がしたいんだ」

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