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見えざる者  作者: 駄犬
6/12

本懐

「どれくらいで着く?」


 凝然とした空気に気を病んだ訳ではない。ひとえに、「降霊会」との距離感を測りたいと考えたのだ。


「あと十分くらい」


 駅前を離れて、田んぼも散見できる殺風景な景色が町のハズレまで来たことを知らせてくる。ひいては、道路の凸凹の激しさが増してきており、タイヤが跳ねる度に座席を伝って臀部に刺激として影響を及ぼす。少ない街灯に照らされた窓越しに気怠げなワタシの姿が映り込み、どれだけ憂鬱に思っているかを物語った。


 擬態語にすれば、「ガタリ、ガタリ」と三文字で表せる粗悪な道路事情に、ワタシは嘆息した直後、ブレーキランプが点灯する。窓の外に目を向ければ、とある一軒家が視界に入る。郊外特有の広々とした敷地の中に、古ぼけた二階建ての木造住宅が凛とそびえ、緑色の苔が付着する石垣がまた厳然さを生んでいる。神仏を奉っていても不思議ではない立派な門構えから、わたしが当初予想した薄暗い部屋での禍々しさは、少しだけ和らいだ。


 ワタシは運転してきた軽自動車を側道にピタリと寄せ、交通の邪魔にならないように配慮する。妙に重苦しく感じる車の扉を開けば、日中に燦々と降り注いだ陽光の名残りに犯された夜気が、クーラーの効いた車内と軋轢を起こす。ワタシは一瞬、息を止めながら外へ出て、外界の環境に慣れようとした。


「随分、立派なところだね」


 ワタシはそう言って、「降霊会」に対する偏見らしきものを取り払おうと思った。


「そうなんだよ」


 家柄が特別にいい訳ではない。絵に描いたような中流家庭に生まれ、虐待に等しい躾を受けた覚えはないし、家畜さながらに習い事を股に掛けた経験もない。


「いくぞ」


 嬉々として歩き出す兄の先導に従って、おっかなびっくりに門をくぐる。石垣越しには気付かなかったが、一軒家の隣に物置き小屋と思しきトタンの箱が目に飛び込む。


「そこなんだ」


 ワタシがそぞろに向けた視線に気付いた兄の指差しにより、「降霊会」の場所が暗に示された。


「……へぇ」


 ほとんど嘆息に近い相槌を打って、ついに降霊会の舞台を眼前に据えたことへの悲哀が胸にこみ上げる。


「まだ他は来てないみたいだな」


 ワタシ達を除いた参加者達もまた、自動車を足にして現れることを兄は婉曲に言った。


「呼んでくるから、先に入っておいてくれるか?」


 苛立ちが表情に出てくるのを感じ、兄に背中を向けて物置き小屋を正面に捉えた。未開の土地に分け入るような、あてどない感覚を引きずるのに合わせて、地面に敷かれた砂利が音を鳴らす。「ジャリ、ジャリ」と。


 二枚の磨りガラスが配された引き戸は、藪を突くような不安を催す。おいそれと中に入ろうとは些か思えなかったものの、玄関の方へ歩いて行く兄の姿を一瞥すれば、徐に行動してばかりいられない。ワタシは引き戸に手を掛けた。小走りする胸の鼓動は、淡々と渦巻く感情を正確に把握するのを拒んだ。しかし、「降霊会」という数奇な状況を嬉々として受け入れる人生の歩み方をしてこなかったおかげで、この胸の鼓動の源泉が決して、「嬉しい」からではないことを明白にしてくれた。

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