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見えざる者  作者: 駄犬
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虚実

 時間というのは残酷である。待ち侘びれば詫びるほど、弛んだ糸を手繰り寄せるように鈍重さを帯び、腕を伸ばして拒絶すれば追い風が吹いて迫り来る。猫に引っ掻かれたかのように赤みを拵えた左腕は、ストレスの度合いを目視するのに役立った。


「早く乗れ」


 半ば、強制的に「降霊会」の参加を強いられたワタシの背中を兄が押す。目の前には、二年前に購入した新車の軽自動車が鎮座しており、洗車の煩わしさにかまけて、随分と薄汚れてしまっている。耳目を集める気はさらさらないし、隠れ蓑があればそれに準じる構えであったものの、一度でも億劫に思ってしまうと全くの手付かずになる。誰かの後押しがあって漸く、前進する出不精なワタシは、「降霊会」に出席するのにも、兄の先導がなければ足が進まない。


「今日は何人、参加するの?」


 一度も顔を合わせたことがない他人と、儀式を通じて邂逅するバツの悪さを思い、ワタシは心構えがほしかった。


「俺らと合わせると、五人かな」


 週末の貴重な休日を消費して、「降霊会」に参加をする人間達だ。さぞ、複雑怪奇なオカルトに傾倒する奇矯な性質の持ち主が集まってくるに違いない。よしんば、霊を視認できる人間がいるならば、辻褄合わせに話し合う期待が仄かにあった。幼少期、ワタシは居間の片隅を指差し、こう言った記憶がある。


「あれ、あれ」


 それを正しく表現する言葉を当時のワタシは、指示語でのみソレを指し示すことができなかった。すると、苦虫を潰すかのように顔を歪ませた母親がやおら口を開く。


「やめなさい」


 ワタシは度々、友人と話が合わないことがあった。何故なら、嫌な記憶を尽くなかったことにするきらいがあったからだ。だがまるで障がい者を笑い物にしてしまったかのように、厳格な鋭さと重さを伴った母親からの釘差しを、ワタシは心底恐れたのだと思う。その時のことをやけに鮮明に思い出せ、頸木となって今尚、ワタシを縛り付けている。母親の前でソレを指摘することはおろか、周囲にもソレを仄めかす真似はしなくなった。自分にしか認知できない存在を殊更にあけすけにすることは、“悪癖”と呼んで抑えつけ、出来るだけ平静でいることを心掛けた。それからというもの、生者と死者の区別がつかなくなり、拘泥することはなくなった。


 だからこそ、オカルト話を目の前にすると、どこか冷笑めいた口角の上がり方をしてしまう。だが、「降霊会」へと向かう車中のワタシの顔は、冷笑よりも口角は下がり気味で、窓の外の景色に釘付けとなっていた。


「いやぁ、楽しみだなぁ」


 開いた口の粘膜が、糸を引くように幾つも伸びる。視覚を通して得るこの不快感に比類はない。


「日本語を喋れない外国人の魂が降りてきたら、どうする?」


 ニヤニヤと笑みを浮かべる兄の横で、ワタシは神妙な面持ちで前方を座視する。寒暖差に例えても差異はない、ワタシと兄の温度差は、車内に奇妙な雰囲気を醸成する。

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