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翌日、目を覚まして支度をして朝食を食べにダイニングへと向かうとアレクシスはいつもと同じような顔をしてエレノアに視線を向けてきた。
「おはよう。エレノア、昨日はよく眠れた?」
それからそんな風に聞いてくる、それに何と返したらいいのか困って、しかし、その余裕な態度に腹が立ってエレノアは不機嫌を顔に出してアレクシスに応えた。
「まったく、全然眠れなかった」
「そっか。それほど暑くもない日だったけど寝苦しかったんだな」
「……そうだな」
彼の反応に昨日の事は無かったことにするつもりなのだと気がついたが、それについては触れずに朝食を食べ始める。昨日はあんなに凹んでいる様子だったのにすっかりいつも通りだ。
そのすました態度に少し腹は立ったが、いつも通りなのはいい事だ、誰だって触れられたくない事はある。
それをわざわざ掘り返してつつきまわすなんて意地の悪い事はエレノアはしない。
エレノアも気持ちを切り替えて食事を始めると、目の前に座っている彼の異変にふと気がついた。
異変といえば異変なのだが、異変じゃないともいえる。しかし、昨日とは打って変わって反対になっているのでふとした違和感を感じた。
「今日は右利きなんだ」
その違和感を口にしてからアレクシスの顔を見る。すると当たり前だろうとばかりにパンをちぎりながら言う。
「両利きだって言ってあったじゃないか」
「うん。……うん?」
「どうかした?」
確かに聞いていたし、コロコロ利き手が変わっているのを何度も見てきた。しかし、今更、よくよく考えてみるとそんなに毎日違う手でナイフとフォークをもって頭がこんがらがったりしないのだろうか。
両方の手を使えるということは、どちらの手でも食べられるという事だろう。だからといって毎日変えるのだろうか。
普通は、食事は右利き、書き物をするときは左利きそんな風に分かれるのが当たり前ではないだろうか。
秘密がある、そんな風に言われてから些細な彼の個性として受け入れてきたことまでも、なんだかその秘密につながっているのではないかと思えてしまって、ならない。
けれども、そのことを今ここで言及しても答えてはもらえないだろう。
……そうだ、あの質問。
昨日したばかりの質問だ。それをもう一度、今するというのも怪しまれそうだが、昨日の話は無かったことになっている。それならばもう一度聞いても同じように答えてくれるのではないだろうか。
「なぁ、アレクシス」
「ん?」
「お前、私のどこが好き?」
直球に昨日と同じように彼に問いかけた。するとアレクシスはその青い瞳を少し大きくして驚いてそれから、すこし呆れたような顔をして、言う。
「昨日も同じこと聞かれた」
「私のどこが好き?」
わざわざそう返す彼にまったく同じようにして繰り返す。すると、アレクシスは、少し考えてから、慎重に口を開いた。
「そんなに聞きたいなら何回でも言うけど……エレノアの好きなところは、簡単には黒魔法にかかってくれないところ」
「……」
少し笑みを浮かべて強気に言う彼に、エレノアはやっぱり違和感を感じた。
……昨日と同じような言葉、昨日私が同じことを聞いたのも指摘してきて、何回でも言うといった。でも、確実にニュアンスが違う。
昨日のアレクシスは黒魔法が掛からない事がうれしい、操れないから良いのだとそういう事を言っている気がした。しかし、今日の彼はどうだろう。
簡単には折れない、思い通りになってほしいけど、なってくれないところがいい、そういっているように聞こえる。
ただの言い回しの違いかもしれない。しかし、同じ質問に違う答え。
「それ以外にも、いいと思ってる部分はたくさんあるけど」
「うん」
「なんだ、せめて喜んでもいいじゃないか」
「そうだな」
でも口調も声も、表情から何から何に至るまでアレクシス自身だ、これは間違いない。では果たして秘密とは……。
それから静かに朝食を食べつつも考えた。アレクシスはところどころで適当に話しかけてきて、なんとなく返答を返しつつ考えた。
そして食後のコーヒーを飲んでいるころには、すっかり朝食のエネルギーが頭に回って、あまり回転のよくないエレノアの頭でも答えにたどり着くことが出来た。
それはあまりにも突飛な考えであり、にわかには信じられなかったがそれが秘密だというのなら納得ができる。
これだと思って、その日は一日中ワクワクして過ごした。夜になったらアレクシスの秘密をババーンと暴いてやるのだと思いながら過ごした。