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割り切ることが出来る。
こういう性分なのだとアレクシスだって知っていると思うのだが、本当の意味での愛情の件でのエレノアが知らない事とは、果たして何なのだろう。まさかこのことではあるまいし。
それからうーんとまた首をかしげる、そんなエレノアにグラディスは目を細めて言う。
「やはりアレクシスがどうしても結婚したいといっただけありますわ。エレノアは本当に肝が据わっているというかなんというか……ただ、心配事はつきないのですけれど」
「心配事?」
「ええ、わたくしは幼いころからエイベル国王陛下との婚約が決まっていましたから、あの子の事も大方知っているのですわ」
「……うん」
「あの子は━━━━
グラディスが言いかけたその時、廊下の方から「おやめください!」という制止の声とともにバァン!と扉が開いた。レディの部屋にノックもなしに押し入って我が物顔で入ってくるのは、見慣れた男性だった。
「グラディス!」
険しい顔で彼女の名前を呼んで、大股で歩いてお茶をしているテーブルのすぐそばまでやってくる。
何やら怒っている様子で厳しい声だったので、エレノアはつい彼をみて困った顔をした。しかし、グラディスはそんな様子もなく平然としたままエイベルを見上げた。
「あら、エイベル、ごきげんよう」
「ごきげんようじゃない! エレノアとの仕事が終わったら、私とともに過ごすと言ったではないか!」
「あらあら、そんな約束していませんわ。エイベルが勝手に私の予定を入れていない時間は自分と過ごすはずだと勘違いされたのではなくて?」
鋭い瞳で彼を見つめ、きっぱりと言い返す彼女にエレノアはパチパチと瞳を瞬いた。
流石、小さな時からともに過ごしているだけある。権威の塊である国王に対する強気な姿勢はかっこよかった。
しかし、エイベルもここは譲れないと思ったらしく両手を腰に当てて、グラディスに言い返す。
「言わずともいつもはそうではないか。私は其方が来るのを部屋で心待ちにしていたというのに」
偉そうに言ってはいるが、ようは、グラディスが来なくて寂しかったので一緒に過ごしたいという事らしい。
それはなんだか不思議な言い分で、国王というだけで何となく横暴に見える彼もグラディスの前ではただの愛妻家だ。
「言ってはいないと認めるのですね。では、わたくしは、約束をたがえていない。違いありませんわ」
「それはそうだが」
「それに、わたくしだって貴方と過ごす時間を心待ちにしていますのよ」
「……」
「でもそれ以外の交流も大切。男なら自分の元へやってくるのを悠々と待っていてくださいませ。わたくしはいつでもエイベルの事を想っているのですから」
「……っ」
そういい放ってエイベルの事を見上げる。
そんな風に強気に言って怒られないのかとエレノアは考えたけれども、エイベルはグラディスの言葉に言い返す内容が思い浮かばなかったらしく、しょんぼりしてジトっとグラディスを見る。
そのしぐさに母親はちがうけれどやっぱりアレクシスと兄弟だななんて少しおかしく思って、彼らのやり取りを見続ける。
エレノアもグラディスぐらい強い女性になればアレクシスを御せるのかもしれない。
「だがしかし、こうして会いに来たのに一人ですごすごと帰るというのも気が引ける……」
「では、そこのソファーに腰かけて待っていてください」
「……わかった」
最後の抵抗とばかりにエイベルがそういうと、今まで彼を責めていた瞳を優しくしてグラディスは天女のような笑みを浮かべて彼にやさしく言った。
「エレノア、騒がせて悪かった、続けていいぞ」
「は、はい」
そうすると納得してエレノアに一言言ってからソファーに向かった。
ギシッと音を立てて座って、彼は退屈そうに頬杖をついてグラディスの事を待った。
それに彼も一応はアレクシスの家族であるし聞かれても問題ないだろうと考えて、エレノアは急いでグラディスに聞きたかったことを口にする。
「待ち人もいますし、最後に一つだけグラディス様にお聞きしたいことがあるんだ」
「そうね、気を使わせてごめんなさいね」
「いえ。えっと……アレクシスからひとつ言われていることがあって……」
「ええ」
「本当の意味で愛してほしい、と言われたんだ。グラディス様、意味わかったりしない?」
聞くと彼女はすぐにピンときた様子で、しかし考えるように間をおいて黙り込んだ。
けれどもその言葉に反応したのはソファーで話の内容を聞いていたエイベルであり、彼は若干馬鹿にするように意気揚々と言う。
「なんだあいつ、そんなことを言っているのか。愚かだな! ただでさえ無理やり申し込んだ婚約だというのに! 私と違って恋愛結婚でもないくせに」
……そういえばグラディス様とエイベル様は幼いころから婚約をしているのに恋愛結婚らしく今でも随分と仲良しだな。
こうして会いに来てかまってもらえないと文句を言ったりするのがいい証拠だろう。
というかなんだかエイベルの方が随分と幼い恋愛のような感じがするのだがグラディスは彼のどんなところに惚れたのだろう。
「やはり所詮は、正妃の子供といえどち━━━━
「エイベル」
エイベルの言葉をさえぎって、グラディスはとても怖い声で言った。それ以上喋るなそう言語外に言っているようなそんな声で思わずエレノアもドキッとして肩をすくめた。
「いい加減にしないと怒りますわよ」
「……ああ」
それから、優しく言われて気落ちした様子でエイベルは額を押さえてソファーで項垂れた。
ものすごい緩急にエレノアもやっぱりグラディスの事が苦手でちょっと怖かったが、彼女は真剣にエレノアに言う。
「エレノア、あの子はきっと貴方の事がとても大切で愛しているからこそ、知ってほしいと思っているのだと思います。受け入れられるかどうかは人それぞれ貴方にも選ぶ権利はあります」
「は、はい?」
「関係を絶つことのできる最後の時期だからこそ、明かそうと考えているのだと思うわ。結婚してからでは簡単には離婚できないしかし、婚約者というだけでは簡単に明かせない問題がアレクシスにはありますの」
……この時期というのにも理由があって、受け入れられないかもしれないような重大な問題?
考えてもすぐには思い浮かばない。
「知って、拒絶するも、愛するもあなた次第ですわ。だからわたくしは、貴方にヒントを一つ与えます」
そういって、グラディスは嫋やかに笑みを浮かべて一息ついてからエレノアに言った。
「同じ質問を二度すること。内容はなんでもいいのですわ。でも……ああ、何故エレノアを好きなのかと聞いてみなさいな。運が良ければ分かりますわよ」
「なにがですか?」
「それはわたくしの口からは言えませんの。ただ、些細な違いを見逃さず、アレクシスをきちんと見ていればわかることですわ」
「……分かった。ありがとう、グラディス様」
これ以上聞いても彼女は何も言わないだろう、そう思ったのでお礼を言って部屋を出た。
エレノアが去ってから、グラディスとエイベルがどんな会話をしてどんな風にむつみ合うのか多少気になったが、盗み聞きなんて事はやってはいけないので我慢して速足で離宮へと戻るのだった。