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アレクシスとエレノアの結婚式はもう間近に迫っている。その仕切りをエレノアは任されていて、実務的な部分をアレクシスが担当している。
これだけ聞くとエレノアがものすごく大役を担わされているかのように感じるが、実際はそうでもない。
結婚式という夢の舞台、もちろん国民にこの国を治めるだけの権威と財力があるのだと正当性を主張することも大事だが、エレノアが仕切り役なのでエレノアの意見が最大限尊重される。
どんなドレスを仕立てるだとか、どのぐらい楽師を呼ぶのか、国民に対する施しの内容、多くの事をエレノアの好みで選べる。
そういう風にするべきだという風潮を作ったのが現王妃であるグラディスだ。
彼女はまだうら若い乙女であるが、立派に王妃としての役目をはたしている。ちなみにアレクシスとエイベル国王陛下の父親であった先王は、早くに体を壊し、王太后とともにご隠居している。
国政に口出しするということもなく、それなりにつつましく暮らしているのだ。
……だから、正式にはアレクシスは第二王子ではなく王弟という立場にあるが、即位してからそれほど年月が経っていないために第二王子と呼ばれることが多い……だったか?
そして結婚して爵位を賜った暁には、新たなる性を名乗って王子という立場は捨てて新たに生まれてくるグラディスの子供たちの中から次の王を選ぶ。
それが一番正当な王位継承だ。
「それで、祭壇の装飾の花は何にするか決めましたの?」
そしてその若き王妃様は、エレノアの目の前にいて問いかけてきていた。
「……とにかく青い花でいこうかと」
「あら、そんな漠然とした注文でよくて? 好きな花ぐらいあるでしょう、貴方の結婚式なのですから自分の望むようにするべきですわ」
おっとりとしていながらも、美人らしくとても迫力のある顔立ちをしている。それにいつも少しだけたじろぎながらも、エレノアは言葉が男の子のようにならないように気をつけながら返す。
「いえ、花なんて……」
興味ない、そういうとまた女性らしくなさいと怒られてしまうので、唇を引き結んで慣れないおしとやかな笑みを浮かべる。
「花はええと、アレクシスの瞳と同じ色なら何でもうれしいと思っているというか」
ぎこちなく答えたけれども、グラディスは少し意外そうな顔をしてからウフフと笑みを見せた。
「そういう事でしたら構いませんわ。実際に発注するのはどうせアレクシスですものね。貴方の好きそうなものを選ぶでしょう」
「はい」
「では次にキャンドルのデザインついては考えてきましたか?」
「……はい」
言われてエレノアは持ってきた書類つづりの中から、その資料を探してパラパラとめくる。
こうして、結婚式の監督をしてくれるのは大変うれしいし、こうして色々な確認をしてくれるおかげで、失敗するかもしれないとかそういう不安はない。
早くにアレクシスの母親である王太后が隠居されていて簡単には会えない、王族の結婚式について誰に聞いたらいいのかと困り果てていたところへの配慮だったために彼女には頭が上がらない。
しかし、少しばかりエレノアはグラディスの事が苦手だった。迫力のある美人を見ていると妹を思い出すので。
「悪くありませんわ。この調子でどんどん行きますわよ」
「はい」
そんな苦手意識など押し流すようにグラディスは次々と話を決めていく。それに合わせるようにエレノアもちゃっちゃと結婚式の内容を詰めていくのだった。
一通りグラディスから与えられていた、決めごとに対してのすり合わせは終わり、仕事終わりに彼女の部屋でお茶休憩を取ることになった。
王宮はどこもかしこもギラギラしていて財力の塊みたいな場所なので、あまり長居はしたくなかったのだが、彼女に話もあったので素直に受け入れて向かい合って紅茶を飲む。
美しい所作で背筋を凜と伸ばし紅茶を楽しむその姿はまさしく高貴、マナーなんて最低限しかないエレノアから見るとグラディスはぴかぴか光って見えた。
そんな彼女は、借りてきた猫のようになっているエレノアをみてそれから以前、会った時との違いに気がついたらしく少し視線を移動して聞いてきた。
「そういえば、エレノア、今日は魔法武器をつけているのね。女の子らしい令嬢ではないと思っていたけれど、貴方戦いの心得があるのかしら」
言われて、自分の腰から下げている風の魔法の剣を見る。出来るなら常日頃からこうして下げておくと抑止力になるとクライドに言われてからは最近この調子だ。
「はい、それなりには」
短く答えるとそうと、少し考えてから、グラディスはその表情をほころばせる。
「……そうね。アレクシスの妻になるのだもの、そのぐらいでなければ務まらないわよね」
それからしみじみとそんなことを言った。
しかし敵が多いという話は何度か聞いていて、エレノア自身も用心しようということで本格的に稽古をつけてもらっているが、実際問題どうしてそうなのかという話は聞いたことがなかった。
それにせっかく話題に上がったのだからと聞いてみることにした。本当は今日は彼のいう”本当の意味での愛情”について聞きたかったのだが時間はまだある。
「あの、グラディス様」
「なにかしら」
「……アレクシスには敵が多いというが、その理由について私はしらないんです」
言葉少なにそう伝えると、彼女はやはり少し考えてから、ふと窓の外へと視線をおくる。綺麗な晴天と暖かな午後の日差しが差し込んでいる。
「あまり、大きな声で言えることではないのだけど……あの子の魔法は知っているわよね」
「はい」
「あれはとても使い勝手もよくて、便利でしょう? たくさんの用途で使うことが出来る」
含みを持たせてグラディスは言う。アレクシスが持っている魔法はたしかに色々なことに使えるだろう。黒魔法というのは、他人を操ったり、時には呪いを掛けるようなこともできる代物だ。
それをそんな風に言うということは、きっとまっとうな使い方をしていないという事だろうか。
「エイベル国王陛下は王位継承から今までずっと、国も貴族たちもうまく抑えて平穏を保ってきている。それは知っているわよね」
こくんと頷いてグラディスに視線を送る。
「力強く導いてこの国の光として役割を果たしている。でも、大きな光がある分、その陰になった者たちもいるのは事実。そういう人間はエイベルの治世の障害になる。アレクシスはその障害を上手く回避するように昔から役目を背負ってきた」
……障害を回避……黒魔法で?
なんとなく彼の王族としての役回りが理解できた、だからこそ敵が多い、とも納得できる。
「王都に住んでいる貴族ならアレクシスの事は多くのものが知っている事実ですわ。貴方も用心して過ごすに越したことは無いのよ」
「わかりました」
「驚かないのですね」
平然と返事をするエレノアにグラディスは意外そうにそういった。たしかに驚きはしたのだが、そういう問題ではないというか、上手く言語化するのは難しい。
「……何をしててもアレクシスはアレクシスだから」
言ってみるとしっくりとくる。ただそれだけだ。エレノアにとってのアレクシスは変わらない、それにエレノアはそんなに繊細な質ではないし。