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カンッ、カコンッと小気味の良い音が鳴り響く。
ここは、アレクシスの離宮の小さな訓練場だ。本来なら小さな庭園を造る予定だったが、離宮を作っているときに手紙でエレノアが運動できる場所があった方がいいと言うと更地に芝生の場所となった。
そこでエレノアと幼馴染のクライドは慣れた様子で剣を打ち合う。
彼は本職の騎士であり本来伯爵令嬢のエレノアなんかに剣を教えるような身分でもないのだが、王室入りするとあって昔のよしみで定期的にこの離宮に来て剣を教えてくれる。
……いつもこの日を楽しみにしているんだけど、今日ばっかりは、昨日のあれが気になって、なんとも。
ハンデとしてエレノアは魔法武器、クライドは木剣で戦っているがエレノアが集中していないまま彼に剣を打ち込むと、簡単に打ち払われて、風の魔法武器を落としてしまう。
「っ、う~、痛った」
じ~んとした痺れるような痛みが広がって途端に体が重たい。
今までは風の魔法武器で素早く動き、いろんな動作を魔法でサポートしていた。しかし武器が無くなるとずしんと元の重力が戻ってくる感じがする。
「……集中しないからだ。本当に切りあってたら死んでんぞ」
「うん。でも、注意してくれればいいだろ」
「なんで俺がそんなにお前にやさしくしなきゃなんねぇんだ」
「それもそうか。気を付ける」
あっけらかんと言い放つ彼に、昔から変わっていないなと思いつつも剣を拾って魔力をこめる。
それにやさしくされても困ることを今更ながら思い出して集中した、アレクシスはどうやら敵が多いという話はよく聞く、いざというときにエレノアが動けるかどうかは大きな違いになってくるだろう。
「ちゃんと集中する。もう一回お願いします」
「おう、いくぞ」
そういってクライドは楽しそうに笑みを浮かべた。基本的にそっけない人物だが戦い好きのさっぱりとしたいいやつだ。
……それに比べて、私の婚約者は……。
昨日のあれを思い出してじっくり考えたい気持ちになるが、それは集中すると言った手前で出来ない。今はただ目の前のクライドを倒すために向き合って魔力を注ぎ込んだ。
エレノアが疲れ切ってもうできないというまで稽古は続き、終われば日陰に設置されているベンチに座ってアドバイスを聞く。使用人が果実のジュースを持ってきて水分補給をしながら汗を拭った。
「相変わらず魔法に頼り切った戦い方だが悪くねぇよ。ただ、予想外の方向から攻撃されると固まる癖は直ってない、反射的に動けるようにするには実戦あるのみとしか言いようがねぇな」
「実戦か……やる機会がないんだよな」
「そりゃそうだろ、何が楽しくて女を襲うんだ。俺がお前らを狙うならアレクシス王子殿下の方を狙うぞ」
彼は何故か襲う側の目線で話をして、エレノアは首を傾げつつもそれを聞いて、しばらくしてから納得した。
クライドは今はこうして騎士として職に就いているが、そのうちウェールズ公爵家を継ぐ後継ぎだ。大貴族と王室は、対立関係とまではいかなくともあまり良好な関係を持つことは無い。必然的にクライドと仲間となる可能性は低い。
そういった意味での発言だろうとやっとこの国の上層部の仕組みを理解してきたエレノアは考える。
……あれ、でもそう思うとクライドにこんな風に頼みごとをしている私って、何かこうまずいんだろうか。
「ま、認識できてる攻撃については反応できんだ。常に気を配りつつ生活して、いざというときの心構えをしてれば今のままでもそうそう負けないだろ」
そう締めくくってクライドは今日の稽古のアドバイスを終えて、講師としての接し方から幼なじみとしての気軽な態度に変わってベンチの背もたれに体を預けて、エレノアの長い金髪に触れた。
「それにしてもお前、やっぱり魔力量が異常だろ。なんで魔法持ちでもないのにあんなに風の魔法で長く戦えんだよ」
くるくると指に巻き付けてはぁっとため息をつく、そんなクライドにエレノアは自信たっぷりに腕を組んでエッヘンと言う態度で彼に言い返す。
「それだけが取り柄といっても過言じゃないんだ」
「お前、魔力あとどれぐらい残ってる?」
「半分ぐらい?」
「はぁ~、アレクシス王子殿下が欲しがるわけだな」
クライドの質問にエレノアは適当に答えた。なんせ正直なことろ全然魔力が減っていないからだ。エレノアの魔力は何が起こったんだか馬鹿みたいに多い。
しかし、騎士でもないエレノアは、そのおかけで助かったことは無いが、魔力量を見込まれて王子から求婚が来るようなことになっているのだから正直なところ厄介でしかない。
なのでできるだけ小さく見積もって他人には伝えるように心掛けている。
せめてこれで魔法道具がなくても魔力をつかえる魔法持ちだったらまた何か役に立ったのかもしれないが、そんな稀有なものはエレノアの体に宿らなかった。
魔法は、上級貴族なら一つぐらいは持っている人間もいる、例えば目の前にいるクライドは炎の魔法を持っているし、アレクシスだって黒魔法を持っているんだった……確か。