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 アレクシスたちの部屋に到着すると、そこにはソファーで本を読んで待っていたらしいアレックスの姿があって、アレクシスの手を離れてすぐに彼の方へとエレノアは向かう。


 今日は、忙しい結婚式の事後処理まですべて終わってたまの休日だ。


 アレクシスの方の仕事も、しばらくは秘密をばらしたお詫びに入れないでくれるそうなので、自由にゆっくりと過ごすことが出来る。


 あの時はエイベルの事をエレノアは少しばかり酷い人間なのかもしれないと思っていたが、上司としては悪くない。


 文句も言わずに長期休暇を与えてくれるのだから。


 ……グラディス様の采配の可能性も大きいけど。


 本人たちは国の為に日がな休まず働いているのだ。 それなのに景気よく長期休暇などあのエイベルが出すだろうか。


 そう考えると誰にお礼を言って、誰を信頼するべきかおのずと見えてくるが、今はまだ、エイベルの名のもとにすべてを取り仕切っているグラディスの顔を立てて、エイベルに感謝してくのがいいだろう。


「おかえりエレノア、稽古は楽しかった?」

「うーん、うん」


 今日はあまり集中できなかったけれども、それでも気分転換にはなる。


 エレノアが笑顔で頷くとアレックスもこれまた少し微妙な顔をして「よかったな」といいつつアレクシスの方を見る。


 それだけで何か意思疎通をした様子で、エレノアに視線を戻してパタンと本を閉じてソファーから立ち上がった。


 エレノアの向こう側にいるアレクシスとアレックスは合流して、小さく言葉を交わした。そして二人は楽しそうにエレノアを見る。

 

 それからエレノアが、今日もどっちがどっちかをこだわっている話を聞いたらしくアレックスも笑みを浮かべる。


「エレノアは物好きだよな。俺らのことわざわざ見分けようだなんて」


 そう口にした。物好きでもなんでもないし、それに彼ら二人が合流しないようにアレックスの方へと寄ったのに、彼らは隣に並んでしまっている。


 これではまたどちらかを見失ってしまうかもしれないと思い、いっそ目印に色付きのリボンでもつけてやりたい気持ちになる。

 

 しかし、それではエレノアの中ではきちんと愛してるうちに入らないのだ。こんなでは、本当に夫婦とは言えない。


「……」

 

 どうにか見失わないように、右がアレックス、右がアレックスと考えていると二人は自分たちとの会話よりも、べつのことに集中しているエレノアに気がついて、顔を見合わせて前に進み出た。


「?」


 何事かと驚いていると、どちらかがエレノアの肩を抱いて、どちらかがエレノアの目元を覆った。


「ちょっ、これじゃまた。どっちがどっちか」

「分からなくてもいいし」

「分かってほしいって思ってないって」


 そのままくるっと体を回されて、ぱっと離され、背中を押されてすたすたと歩いてソファーに座る。


「もう! またどっちかわからないじゃんか」


 そう怒って主張するエレノアの隣に片方が座って、もう片方が飾り棚からティーセットを出して紅茶を淹れるために、お湯を沸かした。


「怒らないでってエレノア、俺たちはずっと言ってるだろ、俺たちのことを受け入れて愛してくれるだけで十分だって」

「そうそう。こうして結婚してくれただけでも、十分だと思ってる」


 受け流すように二人は同じ顔に笑みを浮かべて落ち着いた様子でそういった。


 それでもエレノアは一度決めたら頑固だった。


 見分けられるようになってから言おうと思っていたが、今日という今日は彼らに分かってもらうのだと口を開いた。


「……だって、今こうして隣にいる方の正しい名前も呼べない」

「どっちもアレクシスだしアレックスだからそもそも間違いがないんだって」


 諭すように隣にいた彼が言う。しかしそうではないのだ。


「間違ってなくても正しくない。お前たちを正しく呼べていない。それは大問題だ」

「そうかな」

「うん。……愛してるって感情は一人一人を知ってるから生まれる感情だ。私はそう思う。だから正しく知らない状態で愛は語れない。本当の意味で愛したいんだ」


 思いつくままに口にすると、いつの間にか、あの時の”本当の意味での愛情”という言葉がエレノアの口からもするりと出てきて、考えすぎて自分の考えのなかにも登場してしまうようになったのだと気がつく。


 しかし、一度そう思ってしまえばそれ以外に言葉は見つからないような気がして真剣に二人を見た。彼がいれたての紅茶を持ってきて、湯気の立ったそれがエレノアの前に置かれる。


 わざわざエレノアの為に入れられたそれは、とても良い香りをしていて、落ち着くのには持ってこいだった。


「ありがと」

「どういたしまして」


 彼はそう答えてエレノアの隣に座る。挟まれるようにしてソファーに座っていると、狭いわけでもないのになんだか窮屈な気がしてくるのは何故だろうか。


 手に取ってこくりと飲むと、柔らかい渋みと香り高い味わいが広がって思わず笑みがこぼれた。


 こうして彼が紅茶を淹れてくれるのは、何も使用人にこうして二人いることをバレないようにするためではないらしい。


 彼らと会っているときには、使用人は誰もいないのでエレノアはてっきり使用人にもバレないようにしているのかと思っていたが、そういったわけでもなく、信用のおける少数にアレクシスたちは専属で世話を頼んでいる。


 単純にエレノアと会うときには、三人きりになりたいから、こうしてはけてもらっているだけなのだそう。


 ……まぁそう聞くと、彼らの面倒を見てる使用人たちは、見分けをつけているのかという部分が気になるが……。


 そんなことを気にしてもっと自分にも時間があればとかもっと、彼らについてきちんと見ていればよかったと考える。


 しかしそれは今更過ぎる話であり、今こうして一番アレクシスたちに近く特等席にいるのはエレノアだ。


 かちゃんと音を立ててティーカップを置く。それから、右側を見て、左側を見てううんと悩んでから、ぱっと右を見た。


「よし、分かった」

「……」

「……」

「こっちがアレックス」


 そういって右側にいる彼の事を見つめる。すると彼は、少し驚いてそれからニコッと笑みを浮かべる。


 ……正解か。


「当たってる」


 そう嬉しそうに言う彼になんだか少し申し訳なくなった。


 だって、完全にあてずっぽうだ。それなのに当ててしまってこんなのは本当の意味での正解ではないと思う。


 ……指摘した時の反応で若干の違いがあるから分かるんだが、それ以外でどうにか見分けられないか……。


 また考えつつも険しい顔をすると、アレックスがエレノアに向かって少し倒れてきて小さいエレノアの肩に体重を預けた。


「それにしても、今度はエレノアが、”本当の意味での愛”ってのに拘るなんて思ってもなかったな」

「……いつまでも当てられなくてごめん」

「気にしてないし……それにそこまで言うなら、きっと当たり前みたいに当ててもらえたら、嬉しいんじゃないかって思ってきた」


 彼がアレックスだとわかったとたんに、なんだかその言葉も態度も彼らしいような気がしてしまう。


 ……うんうん。すこしアレックスの方が素直なんだ。


 そんな風に思ってその頭にエレノアもこてんと体重を預けて、自然とつながれる手に安心した。


 存在を忘れられては困るとばかりに、もう片方の手をアレクシスにつながれて、視線だけで彼をみると彼は試すような笑顔を浮かべていた。


「……エレノアがそんなに当てたいなら俺もそれでいいと思う、けど、それならもっと俺たちの事知った方が確率が上がるんじゃないか」


 アレクシスはそんな風に提案して自分の方へとエレノアを向かせてその肩を押した。


 ……まっとうな提案ではあるけど、もっと知るって……。


 よくわからなかったが、アレックスを背後にしてアレクシスと向き合うと、何か企んでいるような笑顔が不意に近づいてきて、唇に軽くキスをする。


「時間は沢山あるのだし、隅々まで……アレックスもそう思うだろ」


 ……なんだろう雲行きが怪しくなってきた、かも。


 エレノアの向こうにいるアレックスにアレクシスはそう問いかけて、エレノアの方を押し付ける。倒れこむエレノアを後ろから支えるみたいにしてアレックスは抱きしめた。


「……エレノアがいいなら」


 そういいつつも離すつもりはなさそうで、優しくエレノアの大切なカチューシャを丁寧に髪から外してテーブルに置いた。


「……えっと、うん。これは、どういう話?」

「そのままだ、そのままの意味で普通の事」

「夫婦だし、きちんと大切にする」


 アレクシスに軽く髪を整えられて、アレックスの手がエレノアの腰に回されて引き寄せられた。その手は力強くて、エレノアはごくっと息をのんだ。

 

 彼らを見分けることに夢中で気にしていなかったが、結婚してからの初めての休日、彼らと過ごす日。


 それがどういうことなのかやっと理解した。理解はしたが受け入れられるかどうかはまた別の話であり、すぐにどうにかしようと視線を彷徨わせる。


 しかしエレノアが思い至る前に、腰に差している剣を鞘ごと外されてアレクシスによって手の届かないところに移動させられる。


「あ……いったん、ストップとか、出来ないか?」


 伺うように聞くエレノアに二人は、声を漏らして笑って、エレノアの質問には返さずに、二人の男に挟まれて小さくなるエレノアの頬にキスを落とした。


「二人でかかって来いって言ったのエレノアだろ」

「それとも、もうギブアップ?」


 二人に煽るように耳元で言われて、エレノアは目を見張る。


 ……かかってこいとは言ったけど……ていうかその前に。


「馬鹿言わないで、私は無理だなんて言ってない」


 カチンと来て二人にそんな風に言った。それが思うつぼだということはうすうす気がついていたけれども、それでもつい口走った。


 まだまだまったく心の準備などできていないし、二人ともを愛するといった弊害がこんなところに出てくるとは思ってもみなかった。


 しかしこうなったからには仕方ない、エレノアが言った事なのだ。甘んじて受け入れるほかないだろう。


「流石エレノア」

「大好き、愛してる」


 甘ったるいセリフが耳に届いて、頭がしびれる。そうしてエレノアは、彼らに呑まれて身を任せた。


 だからと言って彼らの見分けがつくという事でもなかったが、これもこれで愛情かと思った。


 でも、いつかきっと彼らにも、エレノアの本当の意味での愛情が伝わるといいと思った。






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