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まだアレクシスたちは子供で、魔力の多い大人は操ることは出来ない。だからこそ慎重に見極めて操る相手を決めている。
しかし、子供で操れなかったことなどないし、さらには黒魔法を使われてこんな反応をされたのも信じられなくて、むきになって魔力を込めた。
普通は自分が操られそうになっていただなんて恐ろしいだろう。たとえ大人であっても嫌悪を向ける魔法なのに、それを何のためにさせたいのかという疑問を持って問いかけてくる。
それにエレノアはたしかにアレクシスの事を性格が悪いといったが、それだけでアレクシスの事を軽蔑したりしていない。
むしろ言ってしまっていたこと、そう思ったことを謝罪してアレクシスとまた話をしようとしてくれていた。
それなのにアレクシスはどうだろう。
「何も言わないで誰彼構わず操ってるのか? そんなことしてたら、流石に性格悪いって思われるだろ」
……そんなの、分かってる。
彼が言った正論が耳に痛くて、魔力をこれでもかというほど込めた。しかしまた顔をしかめて「それやめろって」と軽く口にするだけで彼はアレクシスと向き合うことを止めない。
呆れて席を立って居なくなればいいのに、なんでかここにいて、当たり前のようにしゃべっていた。
「なんとか言え、本当にお前性格悪いやつなのか?」
再度聞かれて、アレクシスは何も返せずに視線を逸らす。
……そんなこといわれても、好きでこんなんじゃ……ない。
でもどうせ、アレクシスたちがどんなに頑張って好かれようといい子でいたって、愛されない事をわかっている。
そもそもアレクシスたちの存在を知っている人間だってごくわずかだ。
「っ、ちがうっ、俺たちはっ!」
アレクシスが何も言えずにいると、隣にいたアレックスがテーブルにドンと手をついて前に出た。それにエレノアが声を出して驚いて、咄嗟にアレクシスはアレックスのローブの裾を引っ張った。
「??」
使用人だと思っていた人間が急に口を出してきてエレノアは固まる、しかしそれでも耐えられないとばかりにアレックスは口にした。
「……あ、アレクシス殿下はただ……ただ、本当の意味ではどうせ大切にされないから……仲良くしないだけで」
一応従者として体を保ってアレックスは言ったが、その時点で怪しすぎる、今すぐにでもこの場を去るべきだと分かってる。
しかし、あまりに確信的な発言にアレクシスもエレノアがどんな反応をするのか気になって動けずにいた。
「どうせ誰もアレクシスの事なんて分からないから……」
アレクシスにとってもアレックスにとってもそれはとても勇気のいる言葉で、エレノアの問いに対しての精一杯の答えだった。
「なんだそれ、意味わからん」
しかしまったく意味不明だと、考える素振りもなく一蹴された。
……やっぱり、誰にも。
結局理解などされないし、アレックスとアレクシスの事情も分かってもらえない、だからこうして一生、他人を操る対象としてしか見れないまま、生きていくのだ。そこまで考えた。
しかしエレノアは続ける。
「性格悪い奴じゃないって思ってほしくて仲良くしたいなら、好きにしたらいいだろ。お前たちにとって本当だろうが嘘だろうが、私にとってはそれが本当だ」
それはとても自己中心的な考え方で、アレクシスたちの事情など一切汲んでいなかった。しかしまた聞く。
「今目の前にいるお前に聞いてる。ここにいるお前がアレクシスだろ。性格悪いやつなのか?」
……違う。
純粋に問いかけられて、そんな風に思ってほしいわけじゃないと反射的に思った。
それならそれが真実なのだろうと考えて、アレックスを見た彼もきっと同じように答えたいと思っている。
それがわかってしまうと、エレノアの知らない事情でかってにたくさんの理由をつけて、酷く接する事はまるで意味がなくて、そして彼自身もきちんとアレクシスだけを見ているのだと思える。
何かに左右されたりせずに、アレクシスにも操られずにエレノアは目の前にいる自分だけを見ている。
だからこそ今の自分がやることが重要で、もしかすると彼なら、”本当の意味での情”をアレックスにもってくれるかもしれない。
そう思えた。
「……性格悪くなんかない。……ただ少し、なんていうかイラついてて」
苦し紛れにそう答えるとエレノアは「なんだ」と笑って、さらりと金髪を揺らした。
「それなら仕方ないか、私もそういう時あるぞ。最近は剣を習ってるからそっちで発散してるけどな」
それから、何事もなかったかのように当たり前の会話を始めた。
黒魔法を使われそうになった相手にそんな風に接するだなんて、やっぱり普通はありえない。
けれども彼となら、きっと普通の友達みたいになれるかもしれない。そう思えた。
「そう、なんだ。いいな。……そうすると爵位を継ぐまでは騎士にでもなるのか?」
当たり前のように話す彼に合わせてアレクシスはそう返した。しかし、エレノアは苦笑して髪を耳に掛けた。
「いや、流石にあまり強くなると、婿さんを見つけられないだろうからってクライドに止められてる」
「……婿?」
……嫁ではなく?
急に変なことをいうものだから驚いてすぐに聞き返した。すると言い間違えではなかった様子で頷いてから、エレノアはああと納得したようにポンと手を打ってから目を細めた。
「こんな格好してるけど私、女だからな」
そういった彼は、どうやら彼女だったらしく、その笑みは無駄にキラキラして見えた。性別を聞いただけで薄情なものだが、急にかわいい気がしてきて、ごくっと息をのむ。
「よく間違われるんだ。まったくこんなんで婿さんが来てくれるかって父上や母上にどやされてるよ」
彼女の言葉からしてまだ、婚約相手も決まっていないのだと理解できる。
そしてアレクシスの中でエレノアに対する固まっていない微かな好意が形を変えてこれが恋かと問いかけてくる。
「俺の……」
「ん?」
「俺のところにお嫁さんに来てほしい」
そう考えたらつい彼女の手を取っていた。まだ、出会ったばかりで多くは知らない、それでもこんなに好感を抱いたのだから沢山を知っていきたいと思えた。
突然の求婚にエレノアは呆然としてアレクシスを見つめ、そのままアレクシスの猛アタックによってエレノアの婚約は成立したのだった。