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しばらく、そうしていれば、アレクシスの事に触れないままにパーティーは穏やかに進んでいく。だれもが黒魔法に操られて醜態をさらすのを恐れてアレクシスの方を見向きもしなかった。
しかし、終盤に差し掛かって、そろそろ席を離れて会場を後にしてもいいようなころ合いに、おもむろに草臥れた表情で一人の少年がアレクシスのテーブルへと寄ってきた。
「そこ開いてるか? 座ってもいい?」
金髪に金色の瞳をしている少年は人懐こい笑顔でアレクシスに軽くそんな声をかけた。
同性に話しかけられたのが久しぶりで、アレクシスはキョトンとして固まった。
隣にローブをかぶった不気味な状態のアレックスもいるのに彼はまったく気にしていない様子でテーブルに腰かけて、はあっと息をついた。
許可していないのに勝手に同じテーブルに座ってきたことにも驚いたし、なんだか気の抜けた様子も不思議だった。
普通の子供だったら、親に言われてアレクシスに気に入られようとアレクシスの事をよく観察して媚びるような目線を送ってくるが、彼は自分が来た方向をみて憂鬱そうに眉間にしわを寄せた。
「悪いな、突然声をかけて。でもこんなに人が多いと疲れるだろ、なんでか知らないがお前の周りが一番人がいなかったからつい来ちゃったんだ」
短髪の髪を揺らして首を傾けてアレクシスにいう。
快活に笑みを浮かべて、無邪気そうに笑う彼に、アレクシスはまた少し苛立ったが、打算なく話しかけてくれたという事には、少しだけ好感を持って口を開く。
「……このパーティーにいるのに俺の事を知らないみたいな口ぶりだ」
「!……ごめん。妹の付き添いで来たんだ、何か身分違いの事をしたなら謝る」
アレクシスの言葉に彼はやらかしたとばかりに顔を青くして、視線を逸らした。反応を見るからして本当にアレクシスに取り入ってどうこうしようという事ではないことがわかって「べつに、いい」と短く返した。
「やった、助かる」
「……名前は?」
ほっと息をつく彼に少しだけ興味を持ってそう聞くと、きちんと座り直して背筋を伸ばしてから答えた。
「エレノア・リトルトン。伯爵家跡取りだ、よろしく」
……エレノア……女性みたいな名前だ。
そうは思ったが、エレノアは言葉遣いも男の子らしいし、ドレスも着ていない顔は多少なりとも愛らしかったが、男の子としての可愛いの範疇だった。
きっとかわいい顔をしていてこの名前なので、女の子みたいだとからかわれることも多いだろう。それをわざわざ言っても機嫌を損ねるだけかもしれない。
そう考えて、アレクシスは指摘せずに自分も名乗る。
「よろしく。俺は、アレクシス」
性までは名乗らずに、名前のみを言っていつこのパーティーの主役だと気がつくかと少し楽しみにした。しかし、エレノアはすぐに驚いた顔をして口を開いた。
「え、アレクシスってあの、性格が悪いって噂の……王子……。あ」
そして彼は本当にわざとではないのかと疑うぐらいあからさまな失言をしてすぐに自分の口を覆って、視線をぐるぐると彷徨わせた。
どう見ても社交慣れしていない様子だし、王子の顔も知らないような子供が上手くとりつくろえるはずもない。そんなことはアレクシスの頭の中でも分かっていたが、それを簡単に受け流せるほどアレクシスには余裕がなかった。
「ごめん。いや、噂だけでお前の事を決めつけるつもりはないんだ、ただ、つい思ったことが口から出たっていうか」
「……」
必死に弁明しようとするエレノアに意識的に黒魔法を使っていた。
何かとんでもなく恥ずかしい思いをさせてやろうと彼の事を見つめた。それはアレックスも同じな様子で、イラついているのが見なくてもわかる。
「良くないよな、そういうのは。お前が性格悪いかどうかなんて人から聞いてわかるようなものでも……ないって……」
言葉が止まってエレノアはふと顔をしかめた。
それから、アレクシスをまっすぐに見据えて、口をへの字に曲げて眉間にしわを寄せた。金の瞳は色を変えずにアレクシスの事を見透かすように向けられている。
「いま、魔法使っただろ」
責める様な言葉に、何故魔法にかからないのかと何度も魔力を込めた。
「頭痛くなっちゃうからやめろ。なんだ急に酷いな。たしかに私も悪い事言ったと思ってるけど、話ぐらい聞いてくれたっていいだろ」
何度魔力を込めて操ろうとしても、エレノアはうっとおしそうにするだけでまるでアレクシスに屈する様子もない。
躍起になって魔法を掛けようとするアレクシスにエレノアは、眉をしかめたままいった。
「……黒魔法だっけ? 操って私に何させたいんだ?」
「っ……」
「言ってくれなきゃわからない、謝らせたいなら謝るし」
今までも操れない人間はそれなりにいた。