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結局、アレクシスの言う本当の意味での愛情を見つけられないまま、エレノアは日々を過ごしていた。
正直なところお手上げ状態だった。何かがあるということはわかっているけれど何がというのは具体的には分からない。
しかし、刻一刻と結婚式が迫ってきて、準備を途中でやめるわけにもいかずにグラディスとの打ち合わせを行っていた。
秘密を暴かれた後でも愛せるのか、それを選ぶ権利はエレノアにあると言われてはいるがタイムリミットが迫っている以上、見つけなければならない、そんな切迫した状況だったが、まあ何とかなるだろうとエレノアは割と適当に構えていた。
そして今日も今日とて打ち合わせの日だ。
午後からグラディスがこの離宮にやってきて、エレノアのスピーチの内容を一緒に考えてくれる約束だったのだが、何故だか昼前にエイベルがやってきた。
予定外の事に、グラディスが来るまでエレノアと一緒に昼食を食べる予定だったアレクシスも固まっていた。
義妹であるエレノアとの親交を深めるためにやってきたなんて言われれば拒絶することなどできるはずもなく、急遽、エイベルも含めた昼食会を開催する流れになる。
あわただしく使用人が動き回り、準備ができるまでの間アレクシスがエイベルの対応をして、エレノアは国王陛下と同じ卓に座るのに失礼がないような高級なドレスに着替えた。
そして、食事会は始まったがアレクシスはなんだか少しエイベルに対して接し方が固く、緊張している様子がうかがえた。
「急におしかけて悪かった。私もつい先ほど思い立ったのだ」
「そうですか、兄上。何かきっかけでもあったのですか」
食事をとりつつも、彼らは言葉を交わして、一見しただけでは一緒に食卓を囲むのは家族らしい朗らかな光景なのだが、それほど親しいというより職務上の上司と部下のような関係性に思える。
「なに、グラディスが未だに其方たちの心配をしていたから、私も様子を見に行こうと考えたわけだ」
「姉上が……なるほど」
納得した様子でアレクシスはエレノアの事を見た。
たしかにグラディスに相談したのはエレノアだ。しかし今の会話だけでまさかそれがばれたりしていないだろう。
けして悪い事をしたとは思っていないが、エイベルが出てきたとなると話は少し厄介になってしまったかもしれない。
「それで? 其方たちの挙式ももう近いだろう、あれほどグラディスが手を貸しているんだ、まさかその前の破談にするなんて義理を欠くことはしないだろうな」
エイベルは視線を鋭くさせてアレクシスを見やる、それに彼は少し苦い顔をしてそれでも笑顔を浮かべて答える。
「兄上。そのようなことは無いとは断言できませんが、そうなっても責任は俺にあります。ですから、エレノアの前ではそういったことは……」
「はっ、何を言っている。そのような繊細な理由が大衆に伝わると思うか? どれほど丁寧に説明したとしても、貴族連中も国民も誰もが、エレノアに非難の目を向けるだろう」
エレノアはそれをサラダを黙々と食べながら聞いていた。たしかに、急遽破談になれば、何か問題があったはずだと誰もが思う。
ただ結婚すると言ってもたくさんの労力を使う事だ、それはエレノアとアレクシスに限った話ではない。関わっている様々な人間はその結末の原因を探すだろう。
それに対して王族であるアレクシスの滅多の事がない限り言えない秘密を明かして、それのせいだというわけにもいかない。つまりは結局エレノアが非をかぶることになる。
「そんなことも理解できないほど、間抜けでもあるまいな。まったく予想出来ていなかったというのならば、其方には相当重要な教育が抜け落ちているのだろうな」
グラスに入った水を飲みながらエイベルはそういい放った。それにアレクシスは何も言い返せずにただ、食事をする手を止めて険しい顔でエイベルを見ていた。
……言い返さないっていうより、言い返せないが正しいな。エイベル国王陛下の言うことは正しい。
「そもそも、愛情が欲しいという時点で其方は傲慢が過ぎる」
「それは……」
「元より、誰からも愛されなかったのだから何をいまさら望む。其方は駒だろう。なんのために生かされているのか忘れ、女にうつつをぬかし私は頭が痛い思いだ」
……愛されていない……。
エイベルの言葉を聞いて、エレノアは少し考えた。どういう意味か分からなかったからだ。しかし、アレクシスの生い立ちを考えればおのずと答えは見えてきた。
アレクシスの母親だった正妃は、アレクシスを産んですぐになくなっている。だからこそ先王からの愛情も母の愛も受けられずに育った。そういう話をしてるのだろう。
しかし、それだけで駒だなんだ、生かされているなんて言うのはアレクシスにある秘密が関わっているのだろうか。
どこかで口を挟もうかと考えるが、彼らの間にはとても緊迫した雰囲気が流れていて安易に口出しすることも憚られる。とりあえずエレノアはお魚のソテーを黙々と食べる。
酸味の聞いているソースがついていてこれがまたおいしい。
「私は其方に所帯を持たせるつもりはそもそもなかったし、今でも其方が腑抜ける様であればエレノアを利用しようとも思っているぞ」
「っ、兄上、もしもの話は、やめてください。俺は……ただ」
「ただなんだ? もらえなかった愛情を求めて、エレノアに真実を話し、不幸にするつもりか?」
……そんなに受け入れがたい秘密なのか。
当たり前のようにエレノアが受け入れられない前提で言うエイベルにそんな風に思う。もしかしたら全然まったく問題ない可能性もあるのに不思議な話だ。
しかし、アレクシスはその言葉に黙り込み、ぐっと拳を握った。
その表情にエイベルは優越感に浸っている様子でにんまり笑みを浮かべて、ハッと鼻で笑う。
「結婚してしまってから、明かして逃げ場をなくしてしまえば私とてこんなに其方たちを心配せずに済んだというのに、其方はいつも私を困らせる」
「……」
「わがままも大概にするべきだ」
エイベルは形だけは、説教の体を崩してはいない様子だったが、その表情はどこまでも楽しそうであり、説教というより憂さ晴らしとかそういう言葉の方がしっくりくる。
……何だろうとあまりアレクシスをいじめないでやってほしいが、国王陛下だしな。
それに文句を言っても秘密を知らないエレノアは蚊帳の外だ、何を言っても説得力はない。それに、たしかに結婚ぎりぎりで言いだしたアレクシスも悪いのでかばいきれないだろう。
「しかし、言ったうえで愛してほしいのだろう? だがその様子だとまだ伝えていないのだな」
「兄上、どうか俺の自由にさせ貰えませんか」
「自由だと? 母を亡くし立場の弱かった其方に利用価値を見出して守ってやったのは私だ、どうしようが私の勝手、其方は口答えをするな。結婚を言い出した時からずっと其方の行動が目障りで仕方がない」
絞り出したアレクシスの唯一の言葉にもエイベルは異常にいらだった様子で言い返し、静かに食事を続けていたエレノアへと視線を向ける。
そして心底優しそうな笑みを浮かべて、エイベルは口を開く。
「其方はずっとアレクシスに振り回されて私は不憫だ。愚弟の戯言もここで終わらせてやろう」
「……はい?」
「しかし、祝言は必ず上げさせるし、私はグラディスのように甘くはない、もう婚約破棄など出来ないのだからいつ知っても同じだがな」
婚約破棄などするつもりなどなかったので、本当にできるかなど気にしていなかったのだが、どうやらエイベルはエレノアを逃がすつもりは微塵もないらしい。
しかしそれもグラディスの尻に敷かれている彼が本当にすべてを決められるかどうかは甚だ疑問ではあるが。
「兄上っ」
「其方たち、今日はどちらなんだ?」
声をあげてイスをけ飛ばすように立ち上がったアレクシスに、エイベルはそんな風に言った。




