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 ラースへルキア国の王宮には現国王であるエイベル国王夫妻以外に、第二王子のアレクシス王子が住んでいた。


 アレクシスはとある地方貴族の令嬢に恋をして必死のアプローチで婚約をしたのが五年前、それから月日は流れてアレクシスは離宮を与えられ、伯爵令嬢エレノアを呼び寄せた。


 これから結婚までの間、恋人として蜜月を過ごすのが通常なのだが……。


 目の前にいるアレクシスは心底機嫌が悪そうにアクアマリンの美しい瞳を歪めてじとっとエレノアの事を見ていた。


「あのさぁ、アレクシス」

「ん」

「なんでそんなに機嫌悪そうなんだ」


 エレノアが遠慮なく彼の不機嫌を指摘すると、彼はさらに機嫌が悪そうに口をへの字に曲げて「別に」という。


 ……なんだその乙女みたいな態度は。

 

 彼の態度にそんな風に思いながらもエレノアは紅茶をこくりと飲む。


 夕食も終わって、それぞれ好きに過ごしていいはずの時間に、こんな風に呼び出したのだからもっと楽しそうにしてほしい。


 アレクシスがどうしても話をしたいというから来てやったのに、この調子なら部屋に戻って勉強をしていた方がまだましである。


 なんせ、エレノアはただの伯爵令嬢だ、本来であれば王室入りなんてありえないそんな身分だったので第二王子とはいえ国を運営する側に回るつもりなどみじんもなかった。


 だからこそ、新しく勉強しなければならない事ばかりで、結婚式の準備から勉強まで、日がな忙しくしているのに婚約者の彼と来たら。


 そんなことを考えると腹が立ってきてソファーを立つ。


 ただでさえ夜にアレクシスの部屋に呼び出されて侍女に期待され、湯浴みから化粧までたくさんの時間を浪費してここにいるというのに、ねぎらいの一つもないのなら出ていっても当然だろう。

 

 しかし、機嫌の悪いアレクシスを気にせずさっさと歩き去ろうとするエレノアを彼は焦った様子で呼び止めた。


「ま、待って! 普通、何にこんなに機嫌悪いのかもっと聞かない?」


 それから焦ったように身を乗り出してアレクシスは言った。それに仕方なく振り返ってエレノアは彼をジトッと見つめる。


「なにその顔、そんなに俺に構いたくないって事?」

「別に!」


 アレクシスがさっき言ったように返してぐっと眉間にしわを寄せた。すると彼もググっと顔をしかめて、それから今まで座っていたソファーを指さして言う。


「座って、エレノアに話があるんだ……まったく、こんなに女の子らしい容姿してるのになんでこんなに気が短いんだろ」

「一言余計だ」

「分かったから。座って」


 年上であり身分も相当うえであるアレクシスにエレノアは食って掛かり、本来の貴族間では、その時点でエレノアが折れるのが当たり前であるが、さらにアレクシスは「お願い」と付け加える。


 それに満足してエレノアはこの時間の為だけに着せられた可愛いネグリジェの裾を丁寧に直しながらソファーに座る。それからアレクシスを見た。


 しかし、やはり機嫌が悪そうにアレクシスはエレノアを見つめたまま小さくため息をついて独り言のようにエレノアから視線を外して言う。


「はぁ、本当ならこうして一緒に生活している時点で気がついてもおかしくないと思うんだけど」


 言ってから、エレノアに視線を移してエレノアの金色の瞳を見据えて言うのだった。


「あのさ、エレノア」

「なに」

「君さ、俺の事愛してる?」

「なんでそんなこと、唐突に聞いてくる」

「いいから答えて」


 質問の意図が分からずに怪訝そうにするエレノアにアレクシスは真面目に言った。いつになく真剣な様子のアレクシスにエレノアも茶化すことなくまともに返そうと考えて、その整った顔を見た。


 エレノアはアレクシスにアプローチを受けて、承諾する形で婚約をした。つまりは彼の方に好意があってそれをエレノアの実家であるリトルトン伯爵家が呑み、無事にエレノアは嫁に出された。


 今がそのお試し期間のような部類の同棲期間だが、ここまで来たらもう結婚したも同然、ここまで来て婚約破棄などよっぽどのことがない限りありえない。


 そのはずだが、返答によっては、そんなとこもありえなくないそんな顔をしていた。


 だからこそエレノアはまったく嘘をつかずに素直に今の気持ちを口にする。


「正直、アレクシスは結構面倒くさい」

「え」

「察してほしいって事ばっかりで、疲れる」

「……」

「でも、愛せない事もない。っていうか、愛する。だってそういう覚悟をしてきた、約束できる」


 きっぱりと言い切って、これでどうだと彼を見る。


 普通の令嬢なら、こんな風に好きだとか、好ましい部分をあげつらって第二王子の妃という立場の為に媚びだのだろうが、エレノアにはそんなものはどうでもよかったので思いつくままに口にした。


 それに、エレノアがこういう性格だとアレクシスだって知っているはずだ。


 その性格すら否定してくるようなら、エレノアはこの人との結婚生活はあきらめる。そういうさっぱりした人間だった。


 そんな自分の言った事よりも彼が何を考えて今の事を言ったのか、その方がよっぽど重要だろうとアレクシスの考えを読み取るためにじっと彼をみる。


 心を読む白の魔法が使えるわけではないが、心の動きは体に出ることもしばしばだ。注意深く観察していれば何かわかるかもしれない。


「嘘だ」

 

 また独り言のように彼は言って、その視線はエレノアの事を見て居ない。


 そういえばこうして一緒に暮らしているとわかるのだが、彼は独り言が多い。ふと、青い瞳がこちらを向く、その眼力に負けないようにエレノアも眉間にしわを寄せて彼を見た。


「君は俺を本当の意味では愛してない」

「……本当の意味?」


 そもそもこれから愛すると言っているのに、その愛を先取りして何を言っているんだと思う。


 もしかしたら、彼が考えていることと何か違うことになるかもしれないのに、エレノアのまだ生まれてもいない愛情を否定した。

 

 それは奇妙な事実でありオウム返しに聞き返すと、アレクシスはよくぞ聞いてくれたとばかりに深く頷いてピッと背筋を伸ばして座り直し続ける。


「そう、本当の意味での愛、俺はそれが欲しいんだ。エレノア」

「はぁ?」

「だから、エレノアが見つけて俺の事をきちんと愛してほしいんだ」


 ……何言ってんだこの人。


 何を言いたいのかまったく理解できずにエレノアは首をかしげて人相悪く彼を見た。


 流石に今の反応は実家の母に怒られると思うので、どうにか取り繕おうと咳ばらいをして少し訝し気に彼を見るだけに収める。


「まったく意味が分からなない」


 態度は多少改善したとしても口調は直らない。貴族の令嬢が美しい言葉を叩き込まれる中でエレノアの口調はどの家庭教師も値を上げた頑固なものだ。今更少し気を付けた程度で可愛らしい口調になったりしない。


 しかし、アレクシスもそのあたりは慣れっこだったのでスルーして本題を叩きつける。


「とにかく、本当の愛がないのなら……それがエレノアから与えられないなら……」


 無駄に溜めてからアレクシスはピッと指をさしてエレノアにいう。


「君とは婚約破棄だ」

「……」

「婚約破棄だ!」


 まったく変わらずに意味が分からないと言う顔をしていたエレノアに、わざわざ勢いをつけてもう一度同じように言った。


 ……聞き取れなかったわけじゃないんだが、とりあえず……。


「人を指さすな」

「あ……ああ」


 指摘するとハッと気がついて手を引っ込めて彼は、なんだか気まずそうにちらりとエレノアを見る。


 その仕草をみてどうやらエレノアの事を探っているらしいということがわかるが、本題の答えにはたどり着かない。


 忙しなく動く青い瞳、指をさしたのを指摘したせいで自分の手を手で握っている姿はどうにも幼い。しかし、これでももう成人済みの男性だ。現に立ち上がるとエレノアよりも背丈があって見下ろされる。


「……」


 そんな、エレノアよりも幾分年上の彼が、本当の愛がどうのと言っている。流石に、一生を誓わなきゃダメなんだとか、他の男と話しちゃダメなんだとかは大人の男性なので言わないだろうと仮定して、他に何かあるだろうか。





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