春の朝
三題噺もどき―にひゃくよんじゅうはち。
季節が変われど、相変わらず太陽はお元気なようで。
凍えるような冬をこえ、ようやくやってきた春。
人々はそれを歓迎するように、宴を開き、やんやと騒ぐ。
「……ふぁ……」
我が家の近くにも、そういう公園なるものがあるのだが。
おかげで、こんな時間に目が覚めた。
桜を愛でるのはいいが、もう少し静かにしてもらえないだろうか……。
睡眠妨害もいいところだぞ。
「……んん……」
まぁ、しかし。
普通、彼らはこの時間に寝てはいないから、仕方ないのか。
こんな時間に寝こけているやつは、そうそういないと聞く。いても少数派だと。
あまり詳しいことは知らない。
何せ興味がない。
「……っるさ……」
なんだ、こんな時間から酒でも入れているのか?騒がしいにもほどがあるぞ。
この辺りに住んでる人間は、比較的静かなものだと思っていたのだが。だから、この辺に越してきたのに……。
この時期は、どうあがいてもうるさいということか。
最悪、この国から出たくなる、五月蠅さだぞ……。
「……」
それはそれで、こちらに利はないのだが。
ここまで治安が安定している国はないし。夜に出歩いていても、咎められにくいし。
夜は基本的に静かでいいし。明るすぎるとは思うが。
日中も、早朝の時間を覗けば、比較的静かなのだ。
車の音はあれ個、今日ほどやかましくはないし。
今日が異常なだけだ。
「……」
それに何より。
この国の、食はものすごく好みなのだ。食べねば生きていけぬのは、何でも同じだ。
ならば、それにかかわる食は、何よりも第一にしなくてはいけまい。
個人的な趣味として、料理をすることは多いので、質のいい食材が集まるこの国は、何よりもありがたい。
「……」
おぉ。
そんなことを考えて居たら、腹が減ってきた。
この時間に食べることはあまりないのだが……。
しかし、寝直そうにも腹が減り始めていて、眠くもならない。
仕方ない。
本格的に腹が鳴きだす前に、何かを入れておこう。幸い、食材は何かしらあるはずだ。
「……ん…?」
そう思い、ベットから降りようと体を起こすと、居るはずの影が、なかった。
ピタリと閉じられた、遮光カーテン。
部屋の中には、ただ暗闇が広がる。外はきっと、この数倍明るいだろう。
―そんな寝室なのだが。部屋の端の方に、1つの鳥籠を置いてある。そこには、いつも寝ているはずなのだが。今日は、扉が開いていた。
「……?」
どこかに出かけでもしているのだろうか。
確かに、アイツは陽の光にはたいして弱くはないから、この時間に出ても何ら支障はないが。
そうだとしても、普通主人に言わず、何も書き置きもせずに、出ていくことはないだろう。
―ああ、まさかリビングの机にでも置いているのだろうか。
「……しょ」
きっとそうだろう。
では早速、リビングに向かうとしよう。
片手間に、鳥籠の扉を閉めて置く。全く、開けっ放しにするなというに。
普段はしっかりしているのだが、こういう所は抜けている。
「……?」
ガチャ―と、寝室の扉を開くと、何かの匂いが鼻をついた。
もしや、キッチンで何かしているのだろうか。
んん。
鼻が少々利きづらい……。花粉症とやらになってしまったかな。
「……なにしてる?」
案の定。というか。当然のように、キッチンにいた。
何やら作っているようだが……。
「ぉ、吸血鬼様がこんな時間にどうしたんですか。」
特に騒ぐでもなく、驚くでもなく、こちらを振り返りもせずに。そんな言葉がよこされる。
まぁ、コイツはこういうやつだ。今に始まったことじゃない。
が、それは人に対する態度ではない。全く……。
「外がやかましくてな……」
「あー。お花見してますからねー」
とんとんと、何かを切りながら話す。
ホントに何しているんだ?
「……スープでも作っているのか?」
ひょいと肩越しにまな板の上を見てみる。
小さめに切られた、色とりどりの野菜。あっちには、固形のコンソメ……。
「ポトフですよ」
「あぁ、だろうな」
野菜の並び的には、そうだろうと思った。
この間適当に買ってきた、サイズがバラバラの野菜たちを使っているのだろう。
今度、カレーにでもしようと思ったが…まぁ、いいか。食べられれば、何も問題はない。
「食べます?」
「あぁ、よければ。腹が空いて仕方ない」
「はいはい、じゃ、できるまで待っててください」
後は、鍋に野菜を入れて煮込むだけだろうか。
どのあたりまで調理が進んでいるかは分からないが。
後数十分はかかるだろう。
「……散歩でもしてくるか」
「やけますよ?」
「平気だよ」
夏程日差しは強くないし。冬程寒くもないし。
玄関に向かい、靴箱の横にかけてある、コートを羽織る。
真黒の、大き目のコートだ。
「いってくる。」
「30分後ぐらいには帰ってきてくださいねー」
「あぁ……」
さて。
人間の愛でる桜を、少し見に行ってみよう。
お題:野菜・コート・吸血鬼