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その他の短編や、細々したもの等まとめ

作者: 出 万璃玲

 


この季節をなんと表せばいいか、あなたは知らない。

寝覚めの冷やりとした空気。毛布の内側に留められたじわりとした熱から抜け出れば、グラスのミルクに重ねたエスプレッソのように、境界線で僅かに二つが混じりあう。暖房を入れてもよかったかもしれないとあなたは思う。


手を洗い、あなたは再び寝床に潜り込む。首まで毛布をすっぽりとかぶり、端をくるっと折り込んで身体を包むようにしてみれば、じんわりと熱が戻ってくる。対して頬と、息を吸い込んだ鼻の奥は冷たい。まるで、屋外に設えられた湯殿に浸かっている気分になる。なぜ人は、両極端なものを同時に味わうことを心地よいと感じるのだろう。眠気はもうない。しかし瞼は少しだけ重い。夜更かししたあと、あるいは誰にも見られないようにひっそりと涙した翌日の、鈍い重さ。


カーテンの端に光が見える。細い筋が二本、白い壁紙の上を斜めに走り、天井にぶつかればなんの躊躇いもなく向きを変える。あなたは目を閉じる。いつしか頬に触れる空気は生温くなっている。グラスの氷が溶け始め、ミルクの上のエスプレッソがゆらゆらと、何本かの筋を作りながら下に落ちていく。


あとしばらくしたら。あとしばらくしたら、ここを出なければならない。隣人の目覚めの気配に部屋が微かに軋む。変わらなくていいのに。流れなくていいのに。頁にときどき差し込まれる白黒の挿絵のように、きみはずっと笑っていたらよかった。あなただけが、今もここにいる。


あなたは意を決して毛布を捲る。なるべく濃度が変わらないように。その場限りの今日を、また始めるために。まだ出られない。あなたの中のそれはあなたの肺を鈍く掴んで放さない。そこにあったときには大して見もしなかったくせに、勝手な話だ。


カーテンを開けることもせず、あなたは部屋を出る。みしみしと肌が乾く音がするのに、どこか湿り気を帯びた葉や土の匂いがする。再び頬と鼻の奥がつんとする。光はぼんやりと澄んで、少しだけ苦しい。


あなたは、この季節をなんと表せばいいのか知らない。










お読みいただきありがとうございました。




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― 新着の感想 ―
二人称なのですね。 なんとなく起きたくない。 その温かさを手放したくない。だけど、抜け出さなければならなくて。 一つだけ入れられる「きみ」がどこか切なく感じられて、何度も読み返してみました。 「あなた…
[一言] 何気ない朝の情景が、とても綺麗に描写されていて……すごく好きです。エスプレッソの喩えがとてもおしゃれで、素敵。 こんな朝、ありますよね。隣の部屋の気配、すごくよくわかります。読んでいて強く共…
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