ルシファー
「もしもし? 声が小さくて聞こえなかったよ。ハッキリ言って下さい。ハッキリ」
『……やっぱり菊池さんは、昔と何も変わりませんね』
「ん? 怒っちゃったかな? 落ち着いてくださいね。そういうコーナーなので」
『昔、僕は抵抗したけど、菊池さんはお構い無しに、暴力を振るって来ましたよね』
「あなたは菊池の同級生か何かかな? ますますキモチ悪いなー」
『イジメる側は、イジメた相手やイジメた行為なんて、たいして覚えてないんです』
「あのさ、あんたは誰だい? どこの人?」
『誰だっていいじゃないですか。ルシファー菊池の粗暴を知っていれば、恨む人なんて山ほどいますよ』
「あんた失礼だね。口に気をつけな。これ生放送だからね」
『イジメだけじゃなく、タレントになったらスタッフにパワハラやセクハラ。仕事終わりの飲みの席では、酔っ払って新人を殴って流血させたり、家庭では奥さんにDV』
「あれは週刊誌のでっち上げ。事実無根です」
『でっち上げじゃないですよ。僕はこれまで、あなたのことを見てましたから』
「ディレクター! 収録を止めて! ちょっとこれ以上の話はNGだから。生とか関係ない。とめろっ!! 何? 止められない。バカ言え! お前が機材を操作してんだろ? 止めろよ!」
『無理ですよ。このラジオは僕が操ってますから』
「お前、頭おかしいだろ? アホみたいなこと言ってんじゃねぇぞ! テメェは誰だ!?」
『段々、本性が出てきましたね。これがルシファー菊池ですよ。暴力的で人間味がなく、弱い人間を傷つけることを楽しむ鬼畜』
「あーダメだ。我慢できない…………お前、マジで探偵雇って見つけてやるからな。弁護士に頼んで慰謝ふんだくってやる」
『出来ないですよ』
「やるよ。俺は」
『"この世にいない人間"と、どうやって裁判するんですか?』
「ふざけんなよ!」
『ふざけてませんよ。電波は時に時空を超えることがあるんです。異界から来た電波をラジオが受信して、亡き者の声を届ける。ありえますよ』
「お前、頭イカれてるのか?」
『そりゃ、イカれますよ。学生の頃、あなたの壮絶なイジメで僕は自殺したんですから』
「はぁ? そんな奴、知らねぇよ」
『そうですよね。イジメた側は自分が相手に何をしたか、覚えてないんですよ』
「あんたはその死んだって人の親戚? それとも友達?」
『だから、誰でもないですよ……もはや』
「さてはアンチだろ? 菊池をおとしめる為に、そんな嘘を言ってんだな。絶対にテメェを見つけてやるぞ」
『そろそろ番組も終わりの時間ですか』
「終わりも何も、この放送はストップさせる」
『えぇ、いいですよ。こちらも"使者"を送ったので、まもなく到着しますから』
「ディレクター? おい、どうした!」
『あなたの心無い話を聞いていたのは、僕だけじゃありません』
「ディレ……ディレクター!!」
『ああ、やり過ぎましたか。ディレクターの身体がチーズのように裂けて』
「な、な、なんだよ」
『ガラス張りの部屋が血まみれだ。ほら。早くスタジオの扉を押さえないと、"彼ら"が室内に入ってきますよ』
「あああぁぁぁー!!?」
『日本に自殺した人が毎年、何人いるか、ご存知ですか? 一年で約三万人。自殺の理由はイジメ、パワハラ、人に騙されて借金など、彼らは成仏することなく"こちらの世界"でさ迷ってます。毎年毎年、三万人づつ増えて、それが十年、二十年。世紀をまたいで増えていき、いつの間にか、日本の人口を上回る程に膨れ上がったのです』
「来るな! 来るなぁぁー!!」
『だから扉を押さえた方がいいと言ったでしょ』
「やめろぉ! やめろぉぉおお!!」
『抵抗してもムダです。今や彼らは無敵の人ですから。でも、人ではありません』
「あああぁぁぁーーーー!!!」
『こちらの住人は理不尽な社会へ、いつか復讐を果たしたいと、機会を伺ってました。弱者を間引き排除してきた社会にね』
「助けてぇぇええ!!」
『我々が壊したいのは今まで生きてきた、不条理な世界。あなたは世界を壊す、ついでです』
「が、があぁあ……ぐぁは……」
『彼らを止めることは出来ませんよ。だって死んでますから……菊池さん? ルシファー菊池さん。もっと大きな声で喋らないと、聞こえませんよ?』
「………」
『あーぁ、人の恨みは買いたくないですね』
《アァァア……グァアアァァ……》
『ラジオをお聞きのリスナーさん。ここからが大イベントですよ。他人に蔑まされ助けを求める人間がいても、自己責任や自業自得で社会は見てみぬふりをし、闇に葬った。それこそが弱者に対する壮絶なイジメですよ。今、その葬られた者達が復讐する為、墓場から蘇り、受けた苦痛を倍にして返す時が来ました』