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あらためて自己紹介

 屋敷に着いて、エリからたっぷりの説教を受けながら靴ずれの手当てをしてもらった。そして、お客様を迎えるための華やかなドレスを着つけられる。


 久しぶりの畏まった格好に、窮屈さを感じる。


「いいですか? ランサム侯爵様がお優しい方だからと、礼儀を欠いていいわけではありません」

「わかっているわよ」

「わかっていないから、このような事態になるんです。逃げ出さずに、断るならきちんと誠意をもって」


 エリの小言が止まらない。久しぶりの説教を神妙そうな顔をして聞き流す。エリの言葉が切れたタイミングで、口を挟んだ。


「ところで、閣下はどうして予定よりも早く来たの?」

「理由を聞かなかったのですか?」

「ええ」


 素直に頷けば、エリがため息をついた。


「坊ちゃまがお嬢さまの性格を見越して、違う日程をお知らせしていたのです」

「どういうこと?」

「ですから、お嬢さまには明日の日程を、ランサム侯爵様には今日をお知らせしたわけです」

「……」


 明らかにデイジーが逃げ出すことを想定しての行動だ。その様子だと、きちんとデイジーの性格を説明した上で許可をもらったに違いない。自分の行動を読まれたことが不愉快で、むっと唇を尖らせた。


「お嬢さま、今すぐ結婚しろとフェルトン伯爵家の皆さまは言いたいわけではないのです。ただ、引きこもってばかりいないで、外に目を向けてほしいと願っているのです」

「それが余計なお世話だというのよ」


 突き放すように呟いて、すぐに後悔した。だけど、謝る言葉は出てこなくて唇をかみしめる。エリはとんとんと優しく肩を叩いた。


「結婚のことは少し忘れて、交流してみたらいいのではありませんか」

「でもお見合いに来たのでしょう? 結婚を断るのなら早い方が……」


 難しい顔をして呟けば、エリが心配そうに表情を曇らせた。


「もしかして生理的に受け付けませんか? 厳つい兜をつけていますしねぇ。あの兜はアンティークでしょうか? 価値あるものだとは思うのですけど恐ろしく思っても仕方がありませんよね」

「兜は確かに気になるけど、恐ろしいとは思わなかったわ。それに嫌な感じでもなかったし」


 フルフェイスの兜をかぶっていて顔も表情も分からなかったが、全体的な雰囲気が優しい。楽しんでいるような、面白がっているような、そんな様子が全身から溢れていた。きっと人当たりの良い人なのだろう。


「本当にお知り合いから始めてもいいの?」

「大丈夫じゃないでしょうか。とにかくお嬢さまがここから出ることを考える、それが第一歩です」


 大きく頷かれて、もしかしたらイベリス自身もデイジーとの結婚を考えているわけではないのかもしれないと思い至る。そう考えれば、彼の心の広さは納得できたし、顔合わせもしてもいい気になってくる。


 デイジーは気持ちを切り替えると、イベリスのいるサロンへと向かった。


 サロンではイベリスが長椅子にゆったりと座っていた。もちろん兜を被ったままだ。あまりの異物感に、デイジーは唖然とした。


 彼は入り口で立ち尽くすデイジーを見ると、すぐに立ち上がった。


「……どうして兜を被ったままなの?」

「実は私の顔には醜い傷跡がある。よくよく考えてみたら、この顔を見て卒倒する令嬢が多かったのを思い出して」

「はあ、それで気を遣って兜を被ってくれたのですか」


 理由はわかったが、だからといって兜を被ったままではお茶を飲むことすらできない。


「わたしは気にしませんから、お取りになってください。折角のお茶が冷めてしまいますわ」

「お茶は香りを楽しめるだけで十分だ」

「……えっと、取りたくないということですか?」


 答えはなかったが、そういうことなのだろう。


 イベリスのエスコートで腰を下ろすと、向かいの席に彼も座った。

 王都にある屋敷ほどではないが、居心地の良いサロンに、武骨な兜をかぶった紳士。


「既に知っていると思うがイベリス・ランサムだ。隣国の侯爵家の当主をしている」

「改めまして。わたしはデイジー・フェルトンですわ」

「先に言っておきたいのだが、無理に私との結婚を決める必要はない」


 そう言われて、デイジーは首を傾げた。


「理由を伺っても?」

「私は体中に傷を持った人間だ。今まで接した女性たちの反応からとても好ましいものではないと理解している」

「体中?」

「そう。随分前になるが事故に遭ってね。生きていること自体が奇跡だと言われた。私を生かすためにすべての幸運は使われてしまったのだろうと考えている」


 淡々とした言葉に、この考えに至るまでどれほど辛かったことか。

 デイジーは自分が婚約者を亡くした時に向けられた同情と憐憫の眼差しを思い出した。そしてそれが次第に嘲笑に変わっていったことも。


 一時期の同情は次第に形を変えて、最後にはこちらの傷を抉ってくる。新しい婚約者を作らない、社交界にも出てこない、役に立たない令嬢として陰で笑われていた。もちろん直接そういうことを言ってくるわけではないが、知らない間に負の言葉は集まってきて耳に入る。


 イベリスは男性だが、こうして怖がらせないようにと兜をかぶっているところを見れば色々なことを言われているのだろう。それこそ何を言われても、当然の感情だと思えてしまうぐらいに。


 理解できてしまうから、何を話したらいいのかわからなくなる。


「困ったな。それほど深刻に受け止めなくてもいいんだが」

「だって」

「あなたが優しいことはよくわかった。だけど気にせず普通に話してもらった方がありがたい」


 そう思うのなら、話してほしくなかったと唇を尖らせた。


「十日ほど、こちらにお世話になることになっている。ほんの少しだけ、話し相手になってもらえないだろうか」

「泊まるということ? でも、それは」

「フェルトン伯爵には許可をもらっているよ」


 そうだろうなとは思っていた。

 父親の顔を思い出し、禿げて足臭になって嫌われてしまえと呪っておく。


 当主の許可があるのだから、拒否することもできずに渋々頷いた。


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