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家出したのはいいけれど町は遥か彼方

 一本道ではあるが、思った以上に町までが遠い。


「はあ、どうしよう」


 デイジーは屋敷を抜け出して、すぐにへばった。

 馬車で移動した時には大した時間はかからなかった。だからちょっと歩けばいいかと、こっそりと抜け出してきたのだが。


 町までの道は王都の道とは違い凸凹が激しく歩きにくい。いくら動きやすいように軽装をしていたとしても、普段歩かないデイジーの足には辛いものがあった。


 次第に足の痛みが無視できなくなって、デイジーは道の端にある大きな石に腰を下ろした。そしてまだまだ続く道を見て、ため息が出る。


 踵がジンジンと痛むので靴を脱いでみれば、赤いトマトを潰したような踵になっていた。靴擦れの足で町まで向かうのは無理だ。かといって、屋敷に引き返すのも辛い。


 大人しく誰かが迎えに来るのを待つか、それとも多少は無理をして屋敷まで歩くか決めかねていれば。


「どうかしましたか?」


 突然背後から声を書けられた。驚きにぱっと後ろを振り返れば、そこには騎士がいた。正確に言えば、兜をかぶった騎士がいた。甲冑は身に着けておらず、普通の詰襟タイプの騎士服にマントという普通の格好だ。頭部をすっぽりと覆った兜が異様に目を引く。


「えっと……騎士様?」

「困っているように見えたので、声をかけてみたのだが」


 戸惑っているのはデイジーだけではなかったようだ。声をかけてみたのはいいが、デイジーの反応が思っていたようなものではなくて焦っている。


 デイジーはすぐ側に立つ騎士をじっと見上げた。随分と鍛えられているのかごつい体をしている。その上、顔が全く見えない兜である。怪しい人かと思いながらも、恐らくこの人は――。


「もしかして、イベリス・ランサム侯爵閣下でしょうか?」


 名前を突然呼ばれて、びくりと大きな体を揺らした。厳つい様子なのにどこか可愛らしい反応に、デイジーは思わず口元を押さえ、ふふふと笑う。


「当たりのようですわね。当家にようこそ。デイジー・フェルトンですわ」

「私の出迎えでここにいるわけではなさそうなのだが」


 彼の視線が地面に転がる靴に落ちる。デイジーは恥ずかしがることなく肩を竦めた。


「その通りですわ。閣下とのお見合いが嫌で、逃亡中ですの」

「……逃亡中」

「ええ。ですが、想像以上にわたしの足は役立たずでして。屋敷からほんの少し出たこの場所で動けなくなりましたわ」


 何とも言えない空気が場を支配する。デイジーはこんな破天荒な娘を嫁にできないと、彼が婚姻の申し込みを引き下げてくれないかと期待した。目先の婚姻話が潰れれば、デイジーの目的は達成だ。修道院へ行かなくていいのなら、ここでまったりと暮らしたい。


 だいぶ間があってから、イベリスは声をかけた。


「……足を怪我したのか?」

「怪我というのか。ただの靴擦れですわ」

「ああ、それは痛そうだ。見せてもらっても?」


 返事をする前に、彼はデイジーの足元に膝を突いた。そしておもむろに彼女の右足を掴む。


「きゃあ、何をするのですか! 流石に淑女の足を掴むのは礼儀違反でしてよ!」

「心配いりません。私のことは通りすがりの置物だと思ってもらえれば」

「置物がしゃべるわけないでしょうっ! 手を離してちょうだい!」


 なんとかして彼の手から足を引き抜こうとするが案外しっかりと握られている。素足を間近で見つめられて、流石のデイジーも真っ赤になった。スカートの裾を掴み、ぷるぷると震える。


「皮は剝けていないが、少し水膨れになっているな。無理して靴は履かない方がいい」

「わかったから、手を離して」


 とにかく早く離してほしくて、おざなりな返事をする。イベリスは小さく頷くと、丁寧に足を離した。デイジーは心からほっとした。流石に優しそうだとは言え名前しか知らない相手、しかも顔すらも分からない相手と触れ合いは望んでいない。


「屋敷の者は?」

「黙って出てきたからまだ気が付いていないかも。もしお手数でなかったら、屋敷の者に迎えに来るように伝えてもらいたいのだけど」

「わかった」


 そう言って、彼は立ち上がるのと同時にデイジーを抱き上げた。いつの間にか横抱きにされ、唖然とする。


「えええ?」

「流石に一人でここに待ってもらうわけにもいかないから」

「そういうことじゃないのよ!? 見ず知らずの女性を抱き上げるなんて、破廉恥だわ!」

「破廉恥?」


 イベリスがよくわからないと言った様子で言葉を繰り返す。デイジーは恥ずかしさと相手の無頓着さに顔を真っ赤にした。


「だってそうでしょう? わたしは靴を履いていないし、初対面で男性に抱き上げられているなんて!」

「うーん、よくわからないが、普通うっとりする場面では?」


 うっとりと言われて目を剥いた。


「なんでそうなるの?!」

「劇場では窮地に陥った令嬢を救う騎士は大抵横抱きにしている」

「それは劇での話でしょう? わたしは窮地に陥っていないし、どちらかというとこうして横抱きにされていること自体が窮地だわ」


 やっぱりよくわかっていないのか、兜に覆われた頭が傾く。デイジーは彼の腕を軽く叩いた。


「とにかく! わたしとしては誰かを連れてきてもらいたいの」

「屋敷の者を連れてきたとして。あなたを抱きかかえて運べる使用人はいるのだろうか?」


 デイジーは固まった。三人しかいない使用人はデイジーを抱えるだけの力はない。低く呻くと、イベリスは笑った。


「変なことは何もしない。大人しく運ばれてほしい」

「閣下が不届きなことをするとは考えていませんわ。ただ……このまま屋敷に着いたら大変なことになりそう」

「大丈夫。怪我をして歩けないだけだから誰も咎めないよ」


 その怪我が自業自得の靴擦れとか、エリに知られたら激怒ものだ。ちらりと兜に覆われた顔を見た。顔が全く見えないのに、今にも笑い出しそうな空気を感じる。


「面白がっているでしょう?」

「正直に言えば。聞いていた話と違うので」

「お父さまから何を聞かされたか知らないけれども、わたし、こういう性格なの。別に世界を悲観して引きこもっているわけじゃないのよ」

「他に理由が?」

「だって、この人と結婚して、一生側にいるのだと思って過ごしていたのよ? 死んでしまったからってわたしの中から彼への気持ちがなくなるわけないじゃない」


 偉そうに言い切れば、イベリスの雰囲気がさらに和らいだ。


「……心の底から愛していた相手だったと聞いている」

「そうね、愛しているわよ。今までも、これからも」


 だからあなたとは結婚しない。


 そんな気持ちを込めてデイジーは答えた。イベリスにも言葉にしない気持ちが伝わったはずなのに、彼は何も言わなかった。

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