緑陰の誓い
たまに香霞の回想シーンに入るので読みにくかったらすみません( ˊᵕˋ ;)
「......香霞...様......?」
心配そうに顔を覗き込んでくる緑陰に香霞ははっとしたように顔を上げ、肺の中が空になるまでゆっくりと息を吐き出して力なく首を振る。
「...なんでも、ない。少し、考え事をしていたの。」
「......そうですか......。」
聡い緑陰のことだ、きっと香霞の考え事の内容など分かっているのだろうが、彼は何も言わずに悲しそうに目を細めただけだった。
❄️ ❄️ ❄️
あの時緑陰らによって助け出された香霞は疲労困憊の上、心身ともに衰弱しており、かなり危ない状態だった。
2年もの間、飲まず食わずでも生きていられたのは、彼女が双瑠璃だったからに他ならない。
それほどまでに双瑠璃とは妖力も生命力も何もかもが桁違いな化け物じみた存在なのである。
それでも闇は2年という長い時をかけてゆっくりと幼かった彼女の心を蝕み続け、彼女から生きる気力や喜怒哀楽といった感情、希望など子供ならば持っていて当たり前のものを全て奪ってしまったのだった。
そんな彼女に常に寄り添い、不器用な優しさと真っ直ぐな愛情を注いで凍えた心をゆっくりと溶かしてくれた存在が居た。
それが、緑陰とともに彼女を救い出したもう1人の男性ーー緑陰の弟である。
そこまで思い出して、香霞はふっと表情を曇らせる。
そう、忘れてはいけない。
この命は、ーー今生きている私は、多くの大切なものの犠牲の上で成り立っているのだ、ということをーー
凍えきった心は一度溶かされ、再び、今度は以前よりも遥かに固く悲しく凍りついた。
今もこれからも彼女があの光景を忘れることは1度たりともないだろう。目の前で大切なものを奪われた苦しみは、どす黒く重たい傷となり今も鈍い痛みを伴って心の奥底でずぶずぶと彼女を蝕み続けている。
爪が掌の肉を食い破るほどきつく握りしめた拳をふんわりと包む温かさに、香霞はびくりと肩を震わせた。
いけない。今日はどうも悪い感情ばかりが頭にこびりついて離れてくれない。
「香霞様、」
どこまでも優しく、温かな声に香霞は未だに拳を握りしめたまま泣きそうな顔で緑陰を見やる。
「...っ......」
どうして。どうしてそんな優しい顔で、優しい声で、私を慰めてくれるの。
だって、だって私はーー
堰を切ったように溢れ出した感情は止まらなくて、彼の前で泣くことは許されないと自己を戒める香霞をひどく苛む。
ぐっと奥歯を噛み締めて涙を堪える香霞を彼は壊れ物を扱うようにして優しくそっと抱きしめる。
「大丈夫ですよ。あなたは私がお守りします。」
そう言ってゆっくりと握りしめて血の滲む拳を開かせ、柔らかく微笑する緑陰は幼子にするように香霞の頭をぽんぽんと優しく撫でる。
「...ねぇ、1つ聞いてもいい......?」
暫くして少し落ち着いたのか香霞は緑陰の腕の中でぼそり、と遠慮がちに呟いた。
酷く小さいその声は、しかし、しっかりと緑陰の耳に届いていたようで、彼は笑って応じる。
「ええ、なんなりと。」
きっとこれは彼にとってとても答えにくい質問だ。それでも彼女は聞かずにはいられなかった。
「緑陰は、どうしてあの日私を助け、今も尚私に仕えてくれているの?......私は、あなたにとって居ない方がいい存在なのではないの...?」
不安そうに揺れる美しい瑠璃色に、吸い込まれそうだなと独りごちて、緑陰は先程のような酷く優しい笑みを浮かべる。
彼女が不安にならないように。
迷いなどないのだとわかってもらえるように。
これは、彼が自ら選んだことなのだと伝わるように。
優しい彼女がこれ以上自分を責めることのないように。
「私はあの日、命を懸けてあなたをお守り申し上げます、とあなたに誓いました。その気持ちは、今もーーこれからも変わることはございません。」
これが私の香霞様に対する誓い。
どこまでも優しい表情で、香霞を安心させるようになんの躊躇いもなく緑陰が言い切った誓いは、口にするのは容易いが実行するのは決して簡単なことではない。
どれほどその意味が重いのか、それは本人が一番よく知っているはずだ。
それなのに。
「...どうしてそこまでできるの.....私はあの日美紗渚様をあなたから奪った上に、彼女の命を貰って死を逃れた全ての元凶とも言える存在のはずよ!憎まれることはあっても守る理由なんて何処にもありはしないわ......」
美紗渚。ーーその名が出てきた瞬間、緑陰は切れ長の目を大きく見開いて一瞬言葉に詰まる。
「......あれは決して香霞様のせいではありませんよ。むしろあの時油断していた私達にこそ非はあるべきで、香霞様が気に病まれることなど何も無いのです。」
そこで言葉を切って、不安そうに瞳を揺らす香霞と視線を合わせ今一番伝えるべき言葉を口にする。
「私があなたをお守りする理由は、あなたの命が美紗渚のものであることももちろん理由の1つではありますが、私自身が香霞様を大切に思っているからこそお守りしたいと思うのですよ。」
嘘偽りのない言葉に香霞はただ一言、
「そう。」
と呟いたきり、変化の疲労と張り詰めていたものが幾分か和らいだのとでぷつり、と糸が切れるようにして夢の世界へと吸い込まれていった。
途中で切りづらくていつもの2倍くらいの分量になってしまいましたが、香霞と緑陰のターンはもう少しだけ続きます。