帰宅
過去話書こうと思ったらそこまで行けなかったので過去の手前までとなっております( ˊᵕˋ ;)
森に入るなり変化を解いて雪女に戻った香霞の身体がぐらりと傾ぎ、その場に倒れ込みそうになるが、一陣の風が吹き抜けたかと思うと彼女の身体は力強い腕に抱き抱えられていた。
「お帰りなさいませ。随分と遅かったですが、大丈夫ですか?」
心配そうに覗き込んでくる夏空の青に香霞は緊張を解いて彼に身体を預け、息をついた。
「ありがとう、緑陰。...ちっとも大丈夫じゃない、限界。......早く慣れるといいのに。」
ボソリと呟かれた最後の一言に緑陰はそうですねぇ、と苦笑する。
人間に変化するのはただでさえ力を使う。
生半可な力の持ち主ではできないことであるが故に、変化できるだけで凄いことだが、彼女を守る立場の者としては人間の中で生きる彼女に甘い顔はできない。
無理はして欲しくないが、これは彼女が生きるために、彼女の未来に必要なことであると信じて、緑陰はそのもどかしさごとその思いを飲み込んだ。
「私に......友達になって欲しいと頼んでくる人間がいたの。」
俯いてか細い声で告げる彼女の瑠璃色に長い睫毛が影を落とし、辺りの闇に溶け込むような色を湛えていた。
不安や迷いから身を守るようにして腕の中で身を固くする彼女の頭を優しく撫でながら、緑陰は双眸を緩め、穏やかに微笑する。
「友になって差し上げたのですね。」
それは問いかける、と言うよりもどこか確信めいていて、香霞がどうしたのか、その答えを分かっている様子だった。
こくり。
そんな緑陰に香霞はまだ不安そうな表情で小さく首肯する。
みゃーーー。
「おいで、祐乃。」
広げた腕にふかふかの毛に包まれた子猫が飛び込んでくる。香霞は祐乃が寒さで震えないようにマフラーで優しくくるむ。
柔らかい毛並みを冷気を抑えて慎重に撫でながら、香霞はふと口を開いた。
「緑陰......あなたは、人間は本当に信じてはならないものだと思っている...?」
その声はどこか震えていて、今にも消えてしまいそうだった。
そんな彼女を優しく包み込むような温かな笑顔を浮かべて緑陰は優しく問い返す。
「あなたは、どう思われるのですか?」
緑陰を見上げる瑠璃の瞳は不安と迷いに揺れていた。
「私には...分からない...だけど、...花音のことは、信じてみたい......他の子も、全員が信じられないわけではないと思うの...。」
でも、信じることはとても怖い。
彼女の過去が、重い記憶が、信じることを躊躇わせる。
「そうですね。...ですが、その答えはきっと、香霞様のお心が教えてくださるとはずです。」
何が彼女を震わせるのか、どうして彼女がここまで迷い、慎重になるのか。
それらを全て知った上で、彼女と共に在る緑陰は彼女の中に芽生え始めた小さな変化に喜びを覚えつつ、どこまでも温かな表情でそれだけを告げた。
香霞は黙って自分の胸に手を当てた。
同時に、数々の記憶が今も尚、鮮明に蘇る。
ーーそれは、香霞の悲しい過去。
次話は正真正銘の香霞の過去話です。