74.結局、処分保留
魔族の国の王都は、あまり王都って感じがしない街だった。なんと言ったらいいのだろうか、他の国の王都のような雑多で雑然とした感じがしないと言うか、人は多いが整然としていると言うか。活気がないと言えなくもないが、それとはちょっと違うと言うか。
非好戦的な国民性によるのか大人しい感じの街と言えばいいのか?
ちょっと不思議な感じの街ではあったが、なんと獣人族の姿があった。クレメンツ王国の王都より多いかも知れない。
「ねえ、ラフィエルさん。魔族の国って、獣人族の扱いはどうなってるの?」
「どうって……、ああ、人族の国みたいに奴隷じゃないのかって事? 冗談じゃないわよ! 奴隷なんて野蛮な! そんな事をするのは人族だけよ」
「おおっ、そうすると、魔族の国では犯罪奴隷も借金奴隷もいないと?」
「犯罪者は懲役刑で労役を課せられるわ、そう言う意味では奴隷と言えば奴隷なんだろうけど……。でも借金奴隷なんてのはいないわよ。まあ懲役刑で収監されて借金返すまで労役を課せられるけど」
まあ、私的に奴隷になるのではなく、公的な奴隷になる様なもんか? 公的に扱われる分、大分マシな扱いなんだろうけど。
とは言え、獣人族を無条件で奴隷にする大多数の国に比べれば相当人道的だな――人じゃないけど。
「そっかー、俺の住んでるクレメンツ王国も獣人族の無条件な奴隷化は禁止してるけど、魔族国もそうなんだな」
「そういや、アマノはクレメンツ王国から来たんだっけな。あそこは他の人族の国よりマシって話は聞いた事があるな」
「なんだっけ? 聖女とか何とかってのが居るんでしょ」
「聖女ホーリア様ね」――中身はドラゴンだけど。
「そうそう、それそれ」
「でも、獣人族って魔族の国で何の仕事をして稼いでるんだ? 冒険者ギルドもないし」
「普通に肉体労働や農夫とかだよ。あいつらは魔族並に力あるしな」
なるほど……。
そうこうしていると、王城に到着した。
「んじゃ、ちょっと手続きしてくるからラフィエルとアマノはここで待っててくれ」
それから暫くすると、王城の兵士らしい一団が現れた。鎧と剣を装備している。魔族国でちゃんとした武装しているのは初めて見たな。
「では、こちらにどうぞ」
文官らしい人が先導する。俺はと言えば兵士たちに囲まれて着いて行く。なんだか、地下の牢屋……とまでは言わないが取調室って感じの部屋に通される。
「ここに座ってお待ちください」
暫くすると、隣室に気配があった。どうやら高ランクの看破スキルの使い手のようだ。ドラゴンイヤーで会話を傍受する。
「サイーヴァ様、あの人族です。お願いします」
「んむ……」
看破スキルの使い手は老婆のようだ。
「ぬっ? むむ……」
入国審査を行った場所でもそうだったのだが、俺は別に隠蔽スキル等を使ったつもりはない。そもそも隠蔽スキルなんてまだ会得してないし。
「むぅ、こんな事は初めてじゃ」
「と、言いますと?」
「ハッキリとは見えんのじゃ……、ただクレメンツ王国に住んでいる事、それと冒険者である事は嘘ではなさそうじゃ」
「では、トラヴィス王国の間者かどうかは?」
「それは分からぬ」
どうやら、嘘か否かを看破する事はできるようだ。ならば――。
「すみません、隣室のサイーヴァ様? 俺はトラヴィス王国に行った事もなければ、トラヴィス王国の人間に会った事もありませんよ」
突然、名指しされてビクっとするサイーヴァ婆様とお付の方。サイーヴァ婆様はお付の方の制止を振り切り、こちらの部屋にやって来た。
「なぜ分かったのじゃ?」
「耳がいいもので」
「馬鹿なっ! あの部屋には遮音の結界が張っておる」
あれ? そうだったんだ。でも聞こえたんだからしょうがない。
「でも、聞こえましたよ」
「うーむ……。お主は何者なんじゃ」
「いや、サイーヴァ様が看破した様に、クレメンツ王国の冒険者ですよ」
「なにを戯言を」
「それよりサイーヴァ様。さっき俺が言った事は、嘘ですか? それとも真実ですか?」
「……………………真実じゃ」
しばらく間を置いた後に、なんか観念する様に答えるサイーヴァ婆様。
「ふぅ……、ようやく疑いが晴れましたね」
「じゃが、お前は怪しい!」
「ええええええ。そりゃないでしょサイーヴァ婆様」
「誰が、婆様じゃっ!」
あ、やっべ。心の呼び名がポロリと……。
「その方の処分は保留じゃ。監視役の2人は、監視を続行するのじゃ」
「えー、それじゃあ、俺の潔白って、晴らし様がないって事?」
「己の行動で晴らすが良い!」
「じゃあじゃあサイーヴァ様。俺は潔白! はいっ、嘘か本当か?」
サイーヴァ婆様はツーンとして、看破をしないまま出ていってしまった。ちょっとー! 責任者を出せー!
「あーらら、サイーヴァ様、拗ねちゃった。ああなるとサイーヴァ様は意固地だからなー」
「他人事だと思ってゾフィエルさん。このまま監視役が続行になるんですよ」
「まあ、そうだな」
「あっ! ゾフィエルさん! さてはラフィエルさんとこのまま一緒に居られるからラッキー! とか思ってますね!」
「ちょっ! バッカ、何言ってんだ。アマノのバーカ、バーカ」
子供かよ! ちょっと、ちょっとお、ラフィエルさんもモジモジしながら満更でもなさそうな顔してんじゃないよ!
ヤダもー、このツンデレカップル!
「「「がうがう」」」――『まあまあ』
俺の足をポンポンと叩くベル。ベルにまで慰められたっ!
どうすんだこれ?
――――――――――――――――――――――――――――
と思っていたら、なんと国王に謁見する事になった。何でだ?
魔族の国の国王なので呼び方は魔王陛下になるらしい。
謁見の間で、ゾフィエルさんとラフィエルさんと共に拝謁する事になった。俺はゾフィエルさんたちを見習って片膝を付いて頭を垂れる。
特に魔王陛下入来の前ぶれもなく、魔王が入室した――らしい。
「頭を上げよ」
そう言われて、頭を上げると40代ぐらいのナイスミドルが居た。尤も魔族は長命らしいので見た目通り年齢じゃないかも知れない。
「その方が、サイーヴァ婆さんが看破できなかった人族か」
「ええまあ、その様ですね」
「サイーヴァ婆さん、プリプリ怒ってたぞ。くっくっく」
「なんか怪しいって言われたんですけど……、そんな怪しい奴を謁見させて良かったんです?」
割りと気さくそうな魔王だったので、ちょいと軽く挑発して見た。
「なる程、面白いなその方は。普通、怪しい奴は自分からそんな事は言わない」
「普通じゃないかも知れないですよ?」
「確かにその方は普通ではないな。サイーヴァ婆さん相手に真っ向から問答して言い負かしておる」
「別に言い負かすのが目的じゃなかったんですけど」
「そうであろうな」
「仮に俺が暗殺者で、王様の命を狙っていたとしたらどうするんですか?」
周囲の護衛と思しき兵士たちが剣に手を伸ばす。
「皆、止めよ。もしそうであれば、その方は既に我が生命を奪っておるだろうよ。違うか?」
「うーん、そうかもしれないし、そうじゃないかも知れません。こりゃ痛いところを突かれたかな?」
「はっはっは。本当に面白いな、その方は。本当に何者なのやら……いや、詮索してもしょうがないか」
「それで結局、俺の処分はどうなるんです?」
「うーん、そうだな。その方には申し訳ないのだが、サイーヴァ婆さんの言った通りかな」
なんだよ、結局、処分保留のままかよ。このままツンデレカップルのお守りかよ。なんか謁見するだけ無駄だったじゃねーか。
そう思っていたら、緊急の伝令が謁見の間に駆け込んできた。
「陛下! 一大事に御座います」
「謁見中に何事か!」
「それが、トラヴィス王国が急襲してきました!」
「んん? いつも通り、国境壁で防衛すれば良いだけであろうが。何を慌てておる」
「それが、国境壁が突破されました」
「何っ! そんな馬鹿な! なぜそうなる?」
「ド、ドラゴンです! ドラゴンに国境壁を突破されたのです」
「ドラゴンだと!? 奴ら下位竜か中位竜でも使役したのか?」
「そ、そうではありません。そのドラゴンは人語を喋りました。少なくても上位の竜です」
「なんだとぉっ!」
「なんだとぉっ!」
魔王と俺の叫び声が重なった。




