閑話.剣士ベスター
アシモフのパーティーの剣士ベスターは悩んでいた。Bランク冒険者であり<閃光>の二つ名を持つベスターは剣豪系の剣士でありスピード系の剣士であった。
その半面、硬い魔獣の相手が苦手であった。速度と手数で魔獣を翻弄するのだが、硬い魔獣が相手だと、ダメージが通りづらいのだ。
ある時、<鉄塊>さんの持つ黒剣の切れ味に興味を持ち、一度貸して欲しいと願い出た。<鉄塊>さんは別にその黒剣をメインの武器とはしてないようだったので軽い気持ちで願い出たのだが。
「ベスターさん、貸すのは吝かではないのですが、この武器はベスターさんをダメにしますよ」
どういう意味だ? アマノの言葉を理解できないベスターだったが、その黒剣の恐ろしいまでの切れ味を体感する。
凡そ斬った、と言う感触がないのだ。オーガであろうが、レッサーコカトリスであろうが、レッサーワイバーンであろうが。なのに魔獣の首や胴体は、あっさりと切断されていった。斬った、ではなく、切断した。
そこでベスターはアマノの言葉の意味を理解する。余りにも切れ味の鋭いその武器に俺は慢心してしまうだろう、容易にAランク冒険者になれると思うまでに。だが、それは武器に頼りきった力であり、己の実力では決してない。
ベスターはアマノに、その武器を返しながら言う。
「<鉄塊>さんの言う通りだったよ。過ぎた武器はその持ち主をダメにするのだな」
そして思う。<鉄塊>さんはその過ぎた武器をメインとして使ってすらないのだ。<鉄塊>さんは遥か高みに居るのだな、と。
ベスターのその言葉に、感心したらしいアマノは黒剣をこそベスターに渡す事はなかったが、代わりに解体用のナイフを贈った。黒剣と同じ色をしたナイフだった。
ベスターはアマノに厚く礼をを言い、その解体用ナイフを大事に仕舞い込み、普段使いする事はなかった。
だが、その解体用ナイフはその後、ベスターを含むアシモフのパーティーを救う事となる。
「くっ! 何でこんなところにBランク魔獣のキラーマンティスが出る」
完全な遭遇戦であった。Bランク魔獣のキラーマンティスは、硬い甲殻が厄介な上に魔法も通りづらい魔獣であり、アシモフのパーティーにとっては鬼門と言えた。
今は盾役であるアシモフが抑えているが、正直言って、攻め手がなかった。弓師の攻撃も魔術師の魔法も弾かれ、槍使いと剣士であるベスターが微々たる攻撃を加えていたが、ついにはベスターの剣も根元から折れてしまい、槍使いも蟷螂の鎌の攻撃で吹き飛び気絶してしまった。アシモフの盾による防御も、もう限界だった。
「俺が抑えている内に、お前らは撤退しろ!」
アシモフがそう叫んだが、それはリーダーであるアシモフを犠牲にして逃げろと言う事であった。
何か手はないのか! ベスターは必死に考えるが、剣が折られてしまったベスターに攻撃する手段はない。
いや待て! <鉄塊>さんに貰った解体用のナイフがまだある!
ベスターはその解体用ナイフを普段使いこそしていなかったが、お守り代わりとしていつも持ち歩いていた。
解体用のナイフなどでキラーマンティスをどうこうできるとは思えないが、ナイフで牽制してアシモフと連携すれば、共に撤退できるかも知れない。
そう考えたベスターは貰った解体用ナイフを取り出し、牽制のための攻撃をキラーマンティスに振るった。するとキラーマンティスの前足がスッパリと斬れて吹っ飛んでいった。
それを見たアシモフは驚愕したが、無我夢中のベスターはそれに気が付かず、次々とキラーマンティスの足を切り払っていき、ついには魔石のある胸に止めの一撃を撃ち込んだ。
「ベスター、おいベスター!」
「えっ? ああ、アシモフ」
「キラーマンティスはもう死んでるぞ」
アシモフは、キラーマンティスを油断なく見つめて攻撃の用意をしていたベスターにそう言った。
「命拾いしたぞベスター。しかし何なんだそのナイフは? 硬いキラーマンティスの足を簡単に切り飛ばしていたぞ」
「あ、ああ。これは<鉄塊>さんに貰った解体用のナイフで……」
「解体用のナイフってお前……」
呆れた顔でベスターを見つめるアシモフ。
「どうやら、また<鉄塊>さんに命を救われたようだな」
「あ、ああ。そうだな」
幸いに吹き飛ばされて気絶した槍使いも、他のメンバーも命に別状はなかった。一番危なかったのは、魔獣を引き付け盾で防御をしていたアシモフと、最後まで残ったベスターだったのだ。
「ここに居もしない<鉄塊>さんに命を救われるとはな」
「全く、背中を追うどころか、背中が見えないよ」
命を永らえたパーティーメンバーは、笑い合いながら<鉄塊>さんに感謝の念を贈った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ぶぇっくしょーんっ!」
あるえ? ドラゴンも風邪をひくのか?
「どうしたの? アマノのおじちゃん?」
「ん、いやなんか、急にクシャミが出てな。ルドラも風邪には気をつけろよ」
「風邪ってなんなの? ルドラ、分かんないの」
ベルはルドラの腕の中で欠伸をしていた。




