65.考え直してみる
竜族会議で下位竜ないし中位竜300体の討伐について了承された俺だったが、ホーリアさんにその生息地を聞いたところ、人里を離れた何箇所かにひっそりと隠棲しているとの事である。所謂、竜の里の様なところがあるらしい。さすがにその様な場所で大人しく暮らしている竜たちを乱獲する様な行為は憚られた。
Sランク冒険者にはなって見たいが、そこまでしてなりたいか? と思い直したのである。今更何をと言う話であり、独善にすぎる話でもあるのだが……。
取り敢えずは、各地のAランク依頼を探して回るのもいいのではないかと考え直してみた。基本、今まで辺境の街と王都にしか行ったことがないし、クレメンツ王国国内に限れば、ホーリアさんの部屋の転移魔法陣を使わせて貰えば、各地の代表的な領主館に行けるみたいだし。飛行魔法で飛んで行ってもいい。
そう言えばこの間、ドラゴン形態の飛行でどの位の速度が出るのか、調子に乗って全力で飛んでみたのだ。かなり速度が出た筈なのだが、客観的にどれだけ速度が出たのかはサッパリ分からなかった。ただ、地上で見ていてくれていたルドラの話によると、「お空で『ドォーンって音がしたの』」と言う事だったのでひょっとしたら、音速を超えたのかもしれない。
まあ、それはともかく、先ずは辺境の街の冒険者ギルドに向かってみた。
「おっ、<鉄塊>さんだ! こんにちはー」
「<鉄塊>さん、チーッス」
「こんにちは、<鉄塊>さーん」
冒険者ギルドに入ると周りの冒険者たちから挨拶が飛んでくる。ここで冒険者登録して大体4ヶ月、もう誰も俺の事を貧弱な坊やとは呼ばない。あ、いや、外見は相変わらず貧弱な坊やなままなんだが……。そう言えば、俺の冒険者登録を担当した目付きの悪いオバちゃんって、結局その後見てないな……まあ、どうでもいいか。
「ステラさん、こんにちは」
「こんにちは、アマノさん。お久し振りです」
受付嬢のステラさんに挨拶。すっかり俺の担当っぽくなってる。
「今日はどうされました?」
「実は、Aランクの依頼が何かないかと思いまして」
「Aランク依頼ですか? うーん、ちょっとないですねえ。と言うか合ったら逆に大騒ぎですよ。なにせこの前の北東の村での緊急依頼がAランク依頼だった訳ですし」
あー、あのワイバーン討伐か。緊急依頼がAランクなら、通常依頼だとそうそうAランクの依頼はないって事か。
「なる程、分かりました。もしAランクの依頼が出た時は声を掛けてください」
「勿論です」
「あ、そう言えば、その後、北東の村から依頼とかは出てないですか?」
「そうですね、復興関連で建築関係や土木作業関係の依頼はありましたが、討伐系はありませんね」
「分かりました。ありがとうございます」
北東の村と言えば、その先のイストニの街の様子も見に行ってみるか。アースドラゴンは討伐したし、東の山脈からの魔獣の流入も止まったと思うが。
俺は例によって、ベルを抱っこして飛行魔法でイストニの街に向かう。
「こんにちはー」
「あら、アマノさん、お久し振りです」
受付嬢のハルナは俺の事を覚えていてくれたらしい。
「その後どうですか? 東の山脈からの魔獣の流入は?」
「それが、ある日を境に、パッタリと止みました。お陰で冒険者の皆さんもマイペースで狩りにいけるようになりました」
「それは良かった。そうすると、こちらでもAランクの依頼などはありませんか?」
「Aランクの依頼はありませんね」
「そうですか、それでは」
聞きたい事も聞けたし帰ろうとするが、ハルナさんに引き止められた。
「お待ちください、アマノさんが来たら必ずギルドマスターにお通しする様言われてますので」
ああ、それで覚えていてくれたのかな? 俺はギルドマスターのアッガスさんの執務室に通された。尚、ハルナさんに懇願されベルは受付に残してきた。
「おお、アマノよ。久し振りだな」
「お久しぶりですアッガスさん」
「その節は世話になった。もうすっかり元通りになったよ」
「ええ、ハルナさんから聞きました」
「そうか、それで今回は?」
「こちらの様子を見に来たのと、Aランクの依頼がないかを探しにきたんですが、ハルナさんによるとAランク依頼はないそうで」
「うむ、たしかにここにAランク依頼はないな」
やはりないか、残念。
「だが、ここから北に徒歩4日の位置にあるイスノリスの街に行けば、塩漬け案件になってるAランク依頼がまだ残っている筈だ」
塩漬け案件とは、依頼に対する報酬が少なかったり、依頼の難易度が高かったりするせいで、依頼を請け負う冒険者がいないまま放置されている状態の依頼の事である。Aランクの塩漬け案件となると、後者あるいは両方かも知れない。
「それはいいことを聞きました。ありがとうアッガスさん」
「いやなに、まあ依頼の詳しい内容については向こうで聞いてくれ」
受付窓口でベルをモフモフしていたハルナさんが名残惜しそうにしていたが、イストニの冒険者ギルドを辞去し、俺はイスノリスの街を目指した。
イスノリスの街には飛行魔法で1時間も掛からずに到着した。街の規模はイストニの街と然程変わらず、辺境の街を二回り小さくした感じであった。
俺は門番に冒険者ギルドの場所を聞きそちらに向かった。
冒険者ギルドの中に入ると、やや閑散とした感じを受けた。時間的なものだろうか? 俺は受付の男性職員に声を掛けた。
「こんにちは、こちらに塩漬けになってるAランク依頼があると聞いてきたのですが、まだありますか」
「あぁん? なんだお前? ヒョロッとした身体しやがって」
随分と態度の悪い職員だな。しかし、久々に「ヒョロッとした」とか言われたな。なかなか感慨深い。
「一応、Aランク冒険者なんですが」
冒険者ギルド登録証を取り出し提示してみる。
「なに寝言行ってやがる。寝言は寝て……、ふぁっ? マスター! ギルドマスター!」
なんか、俺を放り出して奥の方に消えていく男性職員。なんなんだ一体?
(馬鹿野郎! あれ程、人を外見で判断するなって、いつもいってるだろうが! とっととお連れしろ)
奥の部屋から怒鳴り声がしてきた。因みにベルは欠伸をしていた。
「す、すいやせん。こちらにどうぞ」
先ほどの男性職員からギルドマスターの執務室へと通される。中にいたのはガタイのいいおっさんだった。
「俺がここのギルドマスターでザルラスと言う。うちの職員が失礼したようで申し訳なかったな」
「いえいえ、お気になさらず。俺はアマノと言います。一応Aランク冒険者です」
「そうか、ちょっと冒険者ギルド登録証を見せてくれるか」
「ええ、どうぞ」
ザルラスさんに冒険者ギルド登録証を手渡す。登録証を矯めつ眇めつするザルラスさん。
「そうか、お前さんがヘイグストの<鉄塊>のアマノか」
うっ……、登録証に二つ名の情報とかのってるのか?
「なぜそれを?」
「いやなに、俺もギルドマスターの端くれだし、王都やヘイグストの冒険者ギルドに足を運ぶ事があってな、その時に注目株の冒険者の名前や二つ名の情報は集めているのさ」
「そう言う事でしたか」
登録証の情報じゃなかったらしい。登録証をザルラスから受け取りながらホッとする俺。
「それでAランク依頼の件なんですが」
「ああ、そうだったな、では説明しよう」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そのAランク依頼はイスノリスの街の領主から出された物だった。
イスノリスの領主は、領地を広げる為、東の方角に新たな村を開墾、開拓する事にした。7、8年前の事である。開拓は難航したが何とか軌道にのり、住民や家畜も充実してきたそうだ。
そこに災厄が現れた。Aランク魔獣のブラックワイバーンである。ブラックワイバーンはドラゴンではないが亜竜と称される凶悪な魔獣で、ワイバーンの様に群れで行動する事はないが、非常に狡猾な事で知られる。
実際に村を襲った後の行動がそれを示していた。ブラックワイバーンは村人や家畜を襲ったが、畑などの作物に興味は示さず、村の家屋や畑を荒らす事もなかった。そしてそのまま、村から飛び去った。
村の家屋や畑に被害がなかった事から、領主は折角苦労して村を開拓したのだからと、第二陣の住民と家畜を送り出した。するとそこへ待ってましたとばかりにブラックワイバーンが飛来し、住民と家畜を食い散らした。そして、またしても村の家屋や畑には手を付けずに飛び去った。
ブラックワイバーンは村の家屋や畑に手を付けさえしなければ、また人間どもや家畜が集まるのだと分かっていたのだ。
領主は村を諦めきれず、今度は冒険者や領兵を護衛につけて、第三陣を送り出した。護衛がいる内はブラックワイバーンの襲撃はなかった。だが、護衛は食料を消費する。屯田兵ではないのだから冒険者や領兵に畑作業をさせる訳にもいかなかった。このため2度目の収穫を終えた時点でもう大丈夫だろうと言う事で、護衛を引き上げる事になった。実際には、護衛を維持するための費用が村の収穫分では賄い切れなかったのである。
こうして護衛が撤収した訳だが、その直後、三度ブラックワイバーンの襲撃があった。
とうとう領主は匙を投げた。護衛をつければブラックワイバーンの襲撃はない。だがそれでは護衛の費用で、村からの収入分を加えたとしてもマイナスになってしまう。
領主はやむなく、ブラックワイバーンの討伐をAランク相当として冒険者ギルドに依頼を出し、討伐が済むまでは東の村を放置する事にした。これが4年程前の事であり、そのまま依頼は達成される事がなく塩漬け案件となったのであった。